彼は知っている

 轆轤首さんの発言に、思わず私も耳を疑いました。彼女の言う事が正しければ、心紡ぎの宿を建て、更には弔いの祠まで作った張本人が、今目の前に居るこのお爺さんって事になりますからね。

 当然私は問い質しました。「お爺さんって、あのぬらりひょんさんだったんですか?」


「そこまで大げさに言う程の者でもないよ」

「いや……でも山城町でも色々となされてたとお聞きしましたよ?」

「ワタシがしている事は単に、ワタシ自身の自己満足に過ぎない。あまりそこは気にしないで欲しいな」


 やはり止める事の無い謙虚な姿勢、本当の事なんだ。そう実感しました。


「因みにコイツはいつか話した、アタシを妖怪にした張本人でもある」

「ええっ!?」


 ダブルショックです。轆轤首さんを妖怪へと転生させ、尚且つ恨み、憎しみを無くしたあのお方も、このぬらりひょんさんだったなんて、びっくりし過ぎてもう私、ショック死しそうですよ。


「なんだ、もうその事も彼女に話していたのか」


「ああ。色々とあってな」轆轤首さんは頭を掻きました。


「話してくれないか、これまでの事を。ワタシも今日はそれが気になってここへ来たんだ」

「なるほどそう言う事か。いいぜ、じゃあ何処から話そうかーー」


 こうして轆轤首さんと私は、ぬらりひょんさんにこれまでの事を話し始めました。ーー山城町での加胡川さんや天狐さんとの出会い、心紡ぎの宿、私が市松人形に取り憑いた霊であった事、私が人間だった時、火事にあって死んでしまった事を。

 彼は口出しを一切せず、私達の話を聞いてくれました。あの時と同じように相槌を打ちながら、彼は話を聞いてくれました。


 最後の思いを言い届けた後、私は胸の中で何かが消え去ったような感覚に見舞われました。それはおそらく、誰かに聞いてもらわなければ晴れる事のない、大きなモヤだったんだと思います。再びぬらりひょんさんに自分の考えをを聞いてもらって、私良かったです。

 そして轆轤首さんも、またぬらりひょんさんと出会えて嬉しそうでした。あなたの助言は間違っていなかった、彼女の言葉はそう言っていたように聞こえました。


「なるほど。君達はワタシの予想以上の苦難を乗り越えてきたんだな」


 ぬらりひょんさんは少し冷めたお茶を啜りながら、呟くように言いました。


「でもそれらがあったからこそ、今のアタシ達がいる。そしてこれからも、アタシは家族として、ツクモノと歩んでいくつもりだ」


 この時初めて、私は家族と言う言葉の真の意味を理解したような気がします。これまで天狐さんや加胡川さんと話していて、私の中で轆轤首さんが彼女達とはまた違った存在であるのは、薄々勘付いていました。ですが今になって、ようやくその理由がわかったんです。

 轆轤首さんは私にとって、もはや特別「過ぎる」存在になっていたのです。


 今思えば轆轤首さんと触れたあの時から、心の糸は紡がれていたのかも知れません。

 ある種平凡だった私が得たのは、動く体とかけがえのない家族だった。それを改めて、彼女の言葉は私に気付かせてくれました。


「もはやここまで来れば隠す必要もあるまい」ぬらりひょんさんは首をゆっくりと横に振ると、次に思わぬ発言を繰り出しました。


「ワタシが知る、ツクモノちゃんの全てを話そう」

「ぬらりひょんさんが知る、私の全て?」


 私は思わず彼の発言を復唱してしまいました。だってこの人の言っている事の意味、全くもってわからなかったんですもの。


 確かに私はあの日、ぬらりひょんさんと轆轤首さんについてのお話をしました。しかしながら彼と出会ったのはその日が初めて。それまでにぬらりひょんさんと出会った記憶なんて、私にはありません。一体全体、彼は何処から私の情報なんかを調べ上げたのでしょうか。


「ぬらりひょん、そりゃどう言う事だ? アンタはツクモノの人間だった頃の姿を知っているのか」


 当然轆轤首さんも疑問の声を上げました。彼の人柄的に嘘を吐いてはいないんでしょうけど、つい疑いの目を持ってしまうのは必然と言えます。何せこんなところで私に関する情報が、それもぬらりひょんさんから聞けるとは思っても見ませんでしたし。

 するとぬらりひょんさんは、少し言葉を選んでいる様子を見せましたが、すぐに顔を上げて私達の方を向きました。「多少はね」


「多少……って、どう言う事だよ」

「轆轤首。君と同じようにツクモノちゃんを地縛霊から解放させたのも、実はワタシだったんだ」


 またも衝撃の新事実が明らかになった気がします。ーーぬらりひょんさんが地縛霊であった私を解放させたなんて、そんなの憶えも無いし初耳なんですけど。

 しかし彼は表情を崩さず、真剣な眼差しを向けたまま話し始めました。


「ツクモノちゃん、君と初めて出会ったのは七年前だ。過去に火災があったと言う一軒家の空き地で、君は自分の存在がわからないまま、地縛霊として留まっていた。初めはワタシも疑問に思ったさ、何せ君は自分が誰なのかもわからないままで地縛霊になっていたんだからね。しかし話していく内に理解した。君には残留意識が無かった。だから魂の磨耗が激しく、自分が誰なのかと言う記憶さえ消え去ってしまっていたのだ」


「そんな事って……」轆轤首さんが口を挟みました。「残留意識が無い地縛霊なんているのか?」


「わからない。だが現に、ツクモノちゃんと言う存在がいる時点でそれも確証へと変わる。ワタシは長い間生きてきたが、未だにわからない事も多い。世の中にはまだ我々妖怪からしても、解明出来ない点は多いのさ」


 残留意識の無い地縛霊。その言葉を何故か私は、スッと受け入れてしまうような気持ちになりました。それはおそらく、自分がものとして動き始めたその時から、既に曖昧な存在である事を理解していたからかも知れません。


 本来地縛霊とは、自身の死に気付いていない、もしくは受け入れられない死者の魂の事を言います。けれどぬらりひょんさんが言うに、私は成仏したいと言っているのにその地に留まっていた。だとすれば何かしらの理由があったから、私はその地に留まっていたのではないでしょうか。ーー例えば誰かに何かを伝えなければと言う、使命感に駆られていたとか。

 けれど彼の話では、当時の私の魂は磨耗していて記憶が無かった。故に地縛霊になったばかりの私の思想を、今更知る術なんてありませんでした。


「それでは話を戻そうか」コホンと少し咳き込みを入れたぬらりひょんさんは、嗄れた声で言います。


「ワタシは君に問い掛けた。このまま残り少ない記憶をも擦り減らし、ここに留まり続けるのかと。そして君はこう言った。出来る事なら成仏したい、だけどそれだと何か大切な事を失ってしまう、そんか気がするとね。そこでワタシは、君を浮遊霊にして、しばらくの間様子を見てみようと考えた。妖怪にしなかった理由は、君の願いがあくまでも成仏だったからだよ」


 浮遊霊であればその場から移動出来る、故に目的を目的を達成して成仏が出来る可能性がある。そう彼は踏んでいたのでしょう。しかしその予想は大きく外れてしまった。私がここにまだ留まっている時点で、その答えは明白でした。


「でも私はまだここにいると言う事は……成仏は果たせなかった」


 ですがぬらりひょんさんは私の問いに目を瞑りながら、ゆっくりと首を左右に動かします。「それは少し違う」


「ならどう言う事なんだ?」

「浮遊霊となった君は、どう言う訳かとある女性を見つけるや否や、彼女の後ろを追い始めたんだ。周囲に聞いてみてわかった事なんだが、彼女は君が亡くなった後も、定期的に事故現場へと訪れては、君の為にと花を置いていったらしい。おそらくは過去に、君と彼女で何かしらの繋がりがあったのかも知れないね。そしてその女性が自宅へと帰った時、君は彼女の物置の上に飾ってあった市松人形へと取り憑いた」


 まさかその女性ってーー。私は直接彼が名を言わずとも、自ずとそれが誰であるかを瞬時に理解しました。


「その女性と言うのは、日野ひの由美子ゆみこさんの事……ですか?」

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