死は平等に

「妖怪は基本的に寿命で死ぬ事はない。けど外部的要因は別だ。大怪我とかすりゃあ最悪の場合死ぬ」


 食後のお茶をある程度啜ると、轆轤首さんは割と真剣な顔をして私の方を向きました。何だか最近、彼女のゆるい表情を見ていない気がします。ーーしかしながら妖怪も外傷を負えば死ぬ事があるとは、妖怪と言えども万能な存在じゃないんだなぁ。


「人間の生活環境と言うのは、当然時代と共に変化する。だからそれについて行けなくなって死を選ぶ妖怪ってのも、案外少なくないの」


 ふと、私はあの時のお爺さんが言っていた事を思い出しました。


「今の時代は、妖怪にとって暮らし辛い環境だって事さ」


 前までなら、彼の言葉は遠回しに私が生まれてくるのが遅かったと言っているようにしか思えていませんでした。しかし彼女の話を聞いた今なら、その本当の意味を理解出来るかも知れないです。

 そもそも妖怪が人間達の記憶、もとい文化から消え去ろうとしている現代では、人を驚かしたり助けたりする事を生き甲斐としていた妖怪を根本的に否定しているようにも見えます。故にその生き甲斐を失った妖怪達は、自ずと永劫えいごうとも言える寿命を投げ打って死を選ぶんでしょうか。

まぁ妖怪としてもまだまだひよっこである私にとっては、理解し難い話です。


「だからもし暇があるのなら、帰るついででもいいから手を合わせてあげてきてほしいの。場所はここからちょっと離れた、古びた木杭ぼっくいのある崖のすぐ下にあるから」

「ちょっと待って下さい。今お初さん、古びた木杭のある崖って言いませんでしたか」


何故私がその言葉に強い反応を示したのか。それはそこから連想される場所が私と轆轤首さんにとって、まだ新しい記憶として残っている例の場所であったからです。


「そうよ、その下に弔いの祠があるのよ」

「古びた木杭……ねぇ」


 大方轆轤首さんの方も、察しがついていたみたいでした。

そう、例の場所と言うのは昨日、加胡川さんが私達を突き落とそうとしたあの崖でした。下に祠があると言う点においても、そこであるかなり可能性が高いと言えるでしょう。仮にもしそうだとすれば加胡川さん、物凄く不謹慎な方ですね。


「ま、まぁ気が向いたら地狐の奴にでも連れていくよう言ってみるぜ」

「そ、そうですね。アハハ……」


 それは皮肉でものを言ってるんでしょうか。轆轤首もしれっととんでもない事言いますね。今加胡川さんが居たら、一体どんな反応をしたのでしょうか。


「まぁそんなご時世だから私も、少しは役に立ちたくってこの心紡ぎの宿を営業してるのもあるのよ」

「実際ここの利用者は満室になるぐらい居るわけだしな、かなり需要もあるみてぇじゃん。しっかしお前もよく思い付いたな、これならぼろ儲けじゃねぇか」


 妖怪村と謳われているこの街も、多かれ少なかれ世間の影響を受けている事をお初さんは言いました。だからこうして彼女は、妖怪達が安心して暮らせるような場所を作ったのです。ーーもうこれ以上自分から死を選んで欲しくない、そんな願いを込めて。

 と言うか轆轤首さん、こんないい話をしている時にお金の話なんて持ち出さないで下さい。


「私だけのアイデアじゃないわ。それにこの宿もぬらりひょんさんが私の考えに賛同して建ててくださった物なの。食費以外は取ってない理由はそう言う理由よ」

「食費以外は……って、マジで言ってんのか女将!?」

「もしかして轆轤首さん、天狐さんから聞いてなかったの?」


 ここでまさかの宿泊費がタダ発言とは、今日この翌朝だけで何度私は驚かなきゃいけないんでしょうか。その話もお初さんの口から直接聞かされるまで、全く知りませんでしたよ。

 これじゃあ宿泊費はどれぐらいなのかなーー。なぁんて話を、寝る前にしていた私達は馬鹿じゃないですか。説明も無しに私達をここへと連れて来た天狐さんも悪いですけどね。ーー後でしっかりお話してやる。


 にしてもさっきからお初さんの会話に出てくるぬらりひょんって言う妖怪は、一体どんな方なんでしょうか。過去にネットで見た情報としては、妖怪の総大将と呼ばれている相当偉い人としてしか存じてません。実際のところどう言った姿をしているのか、どう言った経緯いきさつで現れるのかは、見当がつきませんでした。

 ただ、一つ言える事が彼もまた、妖怪の存続を願う者の一人であると言う事でしょう。何せ妖怪村である山城町での功績だけでも、随分と他の妖怪に尽くされてるみたいですし。今のこの村の妖怪達があるのも、彼のおかげと言っても過言ではないでしょう。


「ついでに言うと、二人分の食費も天狐さんからちゃんといただいてるからね。後で天狐さんにお礼は言っといた方がいいわよ」


 話を戻しますが確か私達の食事も、本来なら天狐さん達の分だったんでしたっけ。そう考えると彼女の言う通り、二人にもちゃんとお礼を言っておかないといけませんね。無論、加胡川さんに対しても不本意ではありますが一応。

 でもやっぱり、天狐さんには悪い事しちゃたのかなぁーー。そんな罪悪感を抱きながらも、私は湯飲みに注いであったお茶に口をつけました。


「でもよぉ、それじゃあ女将はこの宿を経営してて儲かるのかよ」


 当然話を聞いてくれば、それも自ずと浮かんでくる疑問です。お金に少しうるさい轆轤首さんからすれば、尚更のことでしょう。


「確かに宿の修繕費とかを考えれば、実際損してるわね」

「よくやるなぁ。アタシだったら絶対にそんな事やんねぇよ」


 ですがこの地域の妖怪を助ける為、彼女はお金や身を犠牲にしてまで頑張っています。人助けが趣味と言えば少し言い方が悪いのかも知れませんが、そうでも言わなきゃ彼女の素晴らしさなんて、口ではとても言い表せませんよ。エンコさんと言い、山城町にはいい妖怪が多過ぎます。

 そんな中、お初さんはふと自分の話題が持ち上がったからか、すぐにそれを下げるような物言いで笑いました。


「けれど私も完璧な善人ってわけじゃないわよ。昔は私も悪さばっかりしてたんですもの」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。自慢じゃないけど、当時は色んな人に迷惑を掛けてたわ」


 お初さんでも、と言うかどんな方でも、そんな一面はあるんですかね。妖怪ってのは基本的に人間との関わりがすごく大事ですから、例えどのような形でも関わりは持っていたかったんだと思います。

 でも私は人を脅かしたりなんて事、あんまりしたいとは思いませんが。


「だけどある時川で溺れた時があってね、一人の人間が私を助けてくれたの。その時から私は、赤の他人でもしっかりと手助け出来るような妖怪になろうって決心したわ」


 彼女の心に決める決意の固さは、とてもじゃないけど真似出来そうにはありませんでした。だってお初さんの決意の固さが筋金入りである事は、彼女の過去を聞く限りでは明確なんですもの。だからこうして彼女は心紡ぎの宿を営んでいる。従業員こそ何人か雇っていらっしゃいますけど、彼らもまた、彼女の考えに同調した方達なんでしょうね。類は友を呼ぶと言いますが、正しくその通りです。


「そして現在に至る、と。一応ここの名前も妖怪同士助け合おうって意味を込めて、心紡ぎの宿にしたのよ」


 この宿の名前の由来を聞かされた時、私は背筋の方がぞくっとしました。

 妖怪達との繋がりを糸として紡いでいく。これはここの女将であるお初さんにしか出来ない事、なんですかね。だからこうして心紡ぎの宿は、他の妖怪達の賑わいが絶えない素晴らしい場所として存在しているのでしょう。

 なんて素敵な場所に寝泊まり出来たのだろうーー。私はそんな気持ちで胸がいっぱいになりました。


「お初さん、短い間でしたがありがとうございました。ここに泊まった事、私一生忘れません」

「ありがとうねツクモノちゃん、そう言ってもらえるとこっちも励みになるわ」


 そう言うとお初さんさんは座敷の縁で一礼して、部屋を後にしていきました。何処までも謙虚で礼儀正しい方です。こう言うところでも、彼女の慕われる所以ゆえんが垣間見えますよ。


「優しくて親しみやすい人だったなぁ」

「だな」


 ここに来てエンコさんやお初さん、それに話で出てきたぬらりひょんさん、そんな彼らがいるからこそ今の妖怪の世が築かれているんだと実感しました。

 妖怪も少しずつではあるけど、日々人間達の暮らしにも適応していっている。どうやら進化するのは人間だけじゃないみたいですね。


「さぁ轆轤首さん、今日は何処行きましょうか」


 まだまだ今日と言う一日は始まったばかりです。なので私は轆轤首さんに問い掛けました。昨日は行き方がわからなくて行けなかった場所も、今なら加胡川さん達に聞く事が出来るので行けますよ。時間なんてものは、なるようになればいいんです。


「全く、明日はアタシも仕事なんだから程々にしてくれよ……」


 気怠そうな返事をする轆轤首さん。ですがもう少し付き合ってもらいますね、私妖怪としての一生なんてまだまだなんですから。

 ここでの体験を胸に、これからもめいいっぱい楽しみます。


 ありがとう、山城町ーー。

 ありがとう、心紡ぎの宿ーー。

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