そして付喪神と

彼奴あやつも中々良い性格をしておるじゃろう」


 妙に安心感のある声が聴こえて振り向くと、そこには私をこの部屋へと呼び寄せた張本人が、薄っすらとしていたほうれい線を深くして笑っていました。


「て、て、天狐さん!? いつからそこに居たんですか!?」


 いつの間にこの人は私の背後に居たんだろうーー。多分私がエンコさんの背中を眺めていた時にはもう、天狐さんは私の後ろに回っていたんだと思います。


「ついさっきじゃよ。それにお前達のやり取りはワシのセンリガンで一通り見ておったわい」


 あのですね、センリガンが何なのかは知りませんけど私の事をずっと見ていたのであれば、部屋を出た時点で迎えに来てくれても良かったんじゃないですか。廊下で運んでもらうのは確かに甘えかも知れないですけど、せめて階段の所では待機していて欲しかったです。やはり腐っても妖狐。幾ら彼女が清き天狐と言えども、人を茶化す事は好きな方なんでしょうか。


「まぁそんな顔をするな。それにもう、中には先客がおるからの。はよう入れ」


 そう言って天狐さんは、私を監視していた事を有耶無耶うやむやにして、目的地である【一一二】の扉を開きました。


 *


「コイツが天狐さんが言ってた市松人形か?」


 私が部屋に入ると真っ先に彼は、私の姿を見るや否やそう言ってきました。にしても部屋に先客が居るとは聞かされていたんですが、まさか先客が「物」だったなんて驚きです。

 しかし天狐さんはその「物」に対して平然と、あたかもそれが常識であるかのように返答をしています。その異様な光景ときたらもう何と言うか、道具に話し掛けているお婆さんそのものでした。


「うむ。名はツクモノと言う」

「こ、こんばんはぁ……」


 天狐さんが私の自己紹介をしてくれたので、取り敢えず挨拶はしてみました。が、彼はそれを無視。挨拶が返ってこないのは少しばかり腹が立ちました。寧ろ「物」に対して返事を求めるのも、おかしな話なのかも知れないです。ーーとか言っている私も、結局は「物」に過ぎないんですが。


 彼の姿は簡単に言うと鎌です。刃の部分に目のようなものこそ見えますが、それ以外は何ら普通の鎌と変わりはありませんでした。

 故にどうやって移動しているのか、どうやって喋っているのかは全くもって不明ですが、一つだけ私にもわかる事があります。それは彼が、間違いなく本物の付喪神である事でした。


此奴こやつがお前を付喪神か霊なのかを判別する者、付喪神のノガマじゃ。因みに野原の野に鎌と書いて野鎌のがまと言う」


 大方察しがついていた私に、天狐さんはわざわざ解説を挟んでくれました。私達の目の前にある鎌こそが、天狐さんの言っていた私の正体を判別出来る者。本物だと言う事はわかっていると言え、何処か彼の力を疑ってしまう自分もいました。


 いきなり事が運んでいったので、私は少し戸惑っていました。何せ天狐さんは私だけを部屋に呼んだものですから、てっきりお友達らしい話をするのかとばかり思ってましたし。そんな大切な話をするのなら、最初から轆轤首さんも呼んだ方が良かったです。


「確かに付喪神ってのは世間的に、道具に自我が芽生えて生まれる妖怪の事を言うんだぜ。まぁ俺からすりゃあ霊が取り憑いた道具ってのも、付喪神ってくくりにおいては大差ねぇと思うんだけどな」


 急に野鎌さんは、ギョロリとした目を私に向けて言いました。他人を馬鹿にしたような話し方には苛立ちを隠せませんが、やはり付喪神は道具に自我が自然発生した妖怪の事を言うんですね。となるともし私が道具に取り憑いた霊の妖怪だったなら、一体何と呼ばれるのでしょうか。

 すると天狐さんは、まるで私の心の中を覗き込んだかのように、私が抱いていた素朴な疑問を野鎌さんにぶつけました。


「であれば野鎌よ。道具に取り憑いた霊は、お主らからすれば何と言うのじゃ」


 その質問に対して、体を曲げて考え込む仕草を見せる野鎌さん。付喪神の体って総じて思うんですが、一体絶対どう言った原理で動いているんですかね。一応私も体は動かせますが、彼を見て改めて妖怪の不思議に直面したような気もします。

 しかしそこから出た彼の答えは、非常に安直なものでした。


「わかんねぇな。どうしても名前を付けたいって言うなら、普通に付喪神でもいいんじゃねぇか」


 なるほど、それを付喪神である彼が言うと説得力がありますね。おそらく彼らからすれば自我が自然発生した道具も、霊が取り憑いた道具も全部まとめて付喪神として見えるのかも知れないです。

 だとすれば本当に野鎌さんは、私を前者後者のどちらなのか判別する事が出来るのかなーー。だんだん私の中で拭いきれない不安が、雲が立ち込めるが如く湧き上がってきました。


「んじゃあ天狐さん。後はコイツを自然に自我が発生した付喪神か、はたまた市松人形に霊が取り憑いた付喪神なのかってのを、判別すりゃあいいんだな」

「うむ、そう言う事じゃ」

「はぁ……しゃあねぇやるか」


 溜息をきながら悪態を吐く様は、何とも見ていて気分の悪いものです。それ故彼が如何にこれからやる作業を面倒に思っているのかを、雰囲気からでも察する事は容易でした。ーーちょっとは感心、持って欲しいかな。


 すっかり二人の話を聞いてるだけの傍観者に成り下がった私に、突然野鎌さんはこちらを向いて話し掛けてきました。


「ツクモノだっけか」

「は、はい!?」

「お前俺に対して怯えでもしてんのかよ。マジ意味わかんね」


 うわぁ、なんてトゲのある言葉だろうーー。口調的には轆轤首さんに似てるんですが、彼女と違って野鎌さんの言葉って鋭いんですよね。それも鎌の付喪神だからなんでしょうけど、とにかくこの人は苦手です。


「まぁいいや。単刀直入に言うけどよぉ……」


 え、いいんですか、私の中での印象なんてどうでもいいんですかーー。口から漏れ出そうになった心の声をグッと抑え込み、私は彼のご機嫌をいとわない態度に絶句しました。どうやら彼にとっては私なんか、気に留める程の者でもないみたいです。それはそれでなんだか悲しくなってきますね。

 ですが次の彼の言葉は、そんなチンケなショックでは到底事足りない程の、正しく驚くべきものでした。


「ーーお前明らかに後者、市松人形に取り憑いた人間の霊だぜ」

「えっ……」


 勿論私は彼に疑いをかけました。いきなり過ぎたのもありますが、やはり彼がデタラメを言っている可能性も否定は出来ませんからね。何せ彼は他人に対しての、正確に言えば私に対しての興味がわけですから、適当にやり過ごしてもなんら問題は無い事ですし。


「なんで、なんであなたにはそんな事がわかるんですか!?」

「簡単な話さ。人間が人種を見分けるようなもんだよ」


 しかし返された返事は、あたかも核心を突いているものでした。これにはもう、私もぐうの一つも出ません。まさに完敗と言っていいでしょう。

 私は自然に自我が芽生えた付喪神じゃなかったんだーー。何故かはわかりませんが、私は彼の話を聞いて落ち込んでしまいました。でもその理由は自分でも、薄々気付いていました。おそらく自分が元々人間であったと言う事に対する、劣等感を感じたんです。


 私を捨てた、お婆ちゃんの醜い子供達と同じ人間ーー。確かにお婆ちゃんみたいな優しい人だって、この世には沢山いる事ぐらいわかっています。けれどそれ以上にあの人達の存在は、私の中の人間に対するイメージをこれでもかと思う程に汚していました。

 それに彼の話が本当であれば、色々と辻褄が合ってくる事もあるんです。私の語彙力、そして読み書きが出来る事は、まさにその事に対する回答でした。

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