彼らの目的
嘘でしょーー。彼女の信じられない発言に、私と轆轤首さんは思わず口を大きく開けてしまいました。
でも崖から轆轤首さんを落とす時の加胡川さんの顔は、明らかに本気の顔でしたよ。あれ程殺意がこもった表情を見せられては、こんな話信じようにも信じられませんし。
すると加胡川さんはこれからテンコさんが言おうとしていた発言に勘付いたのか、へたり込んでいた体を強引に起こして口を開きました。口元もあうあうと何か言いたそうな所を見ると、よっぽどその先の言葉を言わせたくないみたいです。
「これ以上先は……」
しかしテンコさん、無情にもそれを無視。私達は加胡川さんの真の、そのまた先の真の目的を知る事となりました。
「実を言うと加胡川はな、極度の“かまってちゃん”なんじゃ」
「「ええっ!?」」
人を殺しかけたのにその理由が構って欲しかったですって? それは耳を疑うどころか、もはや彼の脳内がどうなっているのかを問い質したいぐらいのレベルですよ。いくら構って欲しかったからと言ってあんな崖から他人を突き落とす人がいますかね。
とは言っても加胡川さんもまた妖怪の一人、妖怪なんて者を人間と同じ物差しで測る事は出来ません。はぁ、なんで私の周りって変な人ばかりなんでしょうか。
更には自分の本心を他人に言いふらされたか、加胡川さん自身も少し頬を赤らめている様子。正直少し可愛いと思ってしまった自分が悔しいです。
「どうせ今回も落ちる直前に大鳥にでも化けて助けるつもりだったんじゃろうて。全く、人殺しが出来ないなら最初からそんな事をするな、この馬鹿狐」
粗方話終わると共に加胡川さんの頭をペチンと叩くテンコさん。老体が繰り出す平手だからかあまり痛そうには見えませんが、精神的にダメージが大きい事ぐらい彼の顔を見ればすぐにわかります。だってしょげた顔が余計に暗さを増してますし、わかりやすいにも程がありますよ。
どうせこんな結果になるのがわかってたんなら初めからしなければ良かったのに、正しく彼の自己顕示欲は本物ですね。
「しっかし加胡川にアタシ達を殺す気が無かったってのは驚いたなぁ。すっかり騙されてたぜ」
「ですね。私もあの時は死ぬかと思いましたよ」
確かに加胡川さんが私達を助けるつもりだったってのはかなり意外でした。何故ならどうせ崖で踏ん張っている轆轤首さんを、いじめるだけいじめて無視していくものかとばかり思ってましたから。そこに関しては彼の思惑通りになったと言えるのかな、とは言えこんな事して何が満たされるんでしょうか。全く妖狐ってのもよくわからない妖怪ですね。
「でしょでしょ! いやぁ、やっぱり僕って人を騙す才能があるんだなぁ」
すると自分の事を褒められていると勘違いしたのか、一瞬元気を取り戻しかけた加胡川さん。しかしまだ睨みをしっかりと効かせていたテンコさんは、またしても加胡川さんの頭を、今度は平手ではなく拳を握り締めて、勢いよく殴りました。ちなみに背は加胡川さんの方が幾分か高かったので、彼女は少し跳ねての攻撃でした。
「痛ッ!」
「しばらく黙っておれ、馬鹿狐」
あの、これって突っ込んでもいい場面なのかな。
さっきからも気になってましたがテンコさんって、自分も狐の妖怪であるにも関わらず、加胡川さんを馬鹿狐と呼んでるんですよね。それがまた違和感を生んでいると言うか、そもそも誰もツッコミを入れないのが不自然で仕方ありません。
かと言って私が突っ込むのもどうかと思うしーー。もう、誰でもいいから彼女にツッコミを入れあげてください。
「話は少し変わるけどよ……」
まるで本当の親子のようなやり取りをしている二人に、轆轤首さんは申し訳なさそうな表情で言いました。わかります、こう二人で盛り上がっているた空気に話し掛けるのって、結構勇気がいりますよね。
「ーー妖狐ってのはこの地域には伝承が無い筈なんだがお前らは何なんだ? それにテンコなんて位の妖狐なら尚更だぜ」
言われてみれば確かにその通りです、妖怪屋敷で見た妖怪達の中には妖狐なる者の姿がありませんでした。つまりそれが意味する事と言えばただ一つ、この人達は私達と同じ部外者と言う事になります。
では一体何の為に二人は山城町に? そう思ったのも束の間テンコさんは、再び加胡川さんへと視線を落として溜息を吐いた後に言いました。
「もう知っておるだろうが此奴はワシの弟子でのう、邪気を祓うべく二人で旅をしておるのじゃ」
つまり私達と同じ観光目的で来た、って事で合ってるんでしょうか。ですがもしそうだとしたら「邪気を祓う」なんて言葉は使わないでしょうし、第一に加胡川さんの土地勘の良さも気になります。
これに関しては黙っていても仕方がありませんので、直接本人に聞いてみるのが一番です。そう考えた私はテンコさんに早速訊ねる事にしました。
「邪気を祓うとは?」
「ああ。妖狐には階級みたいなのがあるんだ」
が、回答をしてくれたのは轆轤首さんでした。結果としては誰が教えてくれてもよかったのですけど、轆轤首さんが妖怪の事を話し出した事により、とある想定外の事が起きてしまいました。
「地面の地に狐と書いて
「は、はあ……」
休む暇も無く飛んで来る専門用語の弾丸、そうマシンガントークです。まさかここまで轆轤首さんが熱く話してくるとはーー。てっきり天狐さんが話してくれると思ってましたので、心構えが足りていませんでしたよ。それにさっきから「
要するに加胡川さんは地狐で、仙狐になる為の修行の一環として天狐さんと旅をしている、と言う見解でいいんですかね。ええい、この際合ってても合ってなくてもどうでもいいです。雰囲気だけでも読み取っていれば何とかなるでしょう。
ようやく頭の中の整理が追いついてきた私でしたが、追い討ちをかけるように轆轤首さんはその後も妖狐の話を続けました。
「因みにな、かの有名な九尾の狐もコイツと同じ地狐なんだ。だから必ずしも妖狐ってのは尻尾の本数で……」
もうやめてーー。とでも言えれば良かったんですけど、私は今日の出来事で心身共に疲れ果てていたので出来なかったです。ただただ誰かが彼女を止めてくれるのを待っているだけでした。しかしその願いは、私のすぐ隣に居た老女によって叶えられます。
「おうおう、お主の妖狐への想いは十分に伝わったぞ。もうツクモノも困っておるようじゃからその辺にしておいてやれ」
「ちぇっ、ここからいい所だってのによ」
天狐さんのおかげで妖怪“図鑑丸暗記女”がついに口を閉じました。助かりましたよ、もしかして今日一日ずっとこの人の妖怪トークを聴かされるのかとヒヤヒヤしてましたから。
やはり天狐さんは話し方からしてかなりお年を取られているみたいなので、周りへの気配りはしっかりと出来るようです。轆轤首さんも気配りは出来る方なんですけどね。ーーもうちょっと落ち着きが欲しいかな。
「あ、あのう、天狐さん……」
「なんじゃツクモノ、どうかしたか?」
ふと、私は天狐さんの話を聞いて思った事がありました。それは旅をしている事についてで、天狐さんや加胡川さんは私によく似た存在と遭遇しているのではないかと言う事です。彼女の話を聞くまでこの目的も忘れてしまっていたので、自分の記憶力の無さには驚かされますよ。
幾分か質問には捻りを入れようとも考えましたが、口から先走った言葉は私の思っていた以上に簡潔なものでした。
「ーー私の正体ってわかりますか」
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