意外な真実
持ち上げられる私の入ったリュックサック、もう私は放り投げられる事を覚悟しました。例え加胡川さんが私も妖怪であるとわかっても、彼が崖から私を落とす気は削がれないでしょうしね。
もしリュックサックのチャックが開いていなければ、加胡川さんに猫騙し的な事が出来たかも知れないのにーー。まぁそれで何が変わるかって言われたら、そこまでなんですけどね。
「市松人形……か?」
私の顔を見て眉間に皺を寄せる加胡川さん。そりゃあそんな反応するのは目に見えていましたよ、だって一人の女性が市松人形を持ち運んでいるなんてまずあり得ないですし。
まだ可愛く愛嬌のあるフランス人形とかの方が、轆轤首さんにはしっくりくるんじゃないですか。いや、勝手な偏見ですけどこんな如何いかにも不良っぽい女の人が、フランス人形を持ち運ぶ姿も正直な所想像出来ないですね。ーーごめんなさい、轆轤首さん。
「それに、動くのかコイツ」
何だか動いてはいけない気がするーー。そう思いながらも私の体は、恐怖のあまりガクガクと小刻みに震えていました。無理もありません、こう言った心の底から恐怖心を抱いた事は、これまで私一度も無かったんです。
細い目を少し見開いた加胡川さんは、私を見つめるや否や薄ら笑いを浮かべて言いました。それもまた、追い討ちを掛けるが如く私の心に恐怖心と言う傷を一つ、また一つと増やしていきます。
ですが次の彼の言葉の中にも、喜ばしいものがありました。
「けど僕には関係無いね。例え君が妖怪であろうとなかろうと、君をこの崖から落とす事に変わりは無いんだから」
普通の方であれば多分、私を見るだけで叫び声を上げるかと思います。けれど加胡川さんはそんな事を気にもせず、私を異質な存在として捉える事はありませんでした。
それは彼が妖怪であるが故に私みたいな妖怪を見慣れているからだ、と言えば簡単に片付いてしまう事でしょう。しかし私から言わせてみれば、例えそうであったとしても嬉しかったんです。私を平等に見てくれている事が、私を化け物扱いしない事が。
「そうはさせるか!」
突然の叫び声と共に、何者かが加胡川さんの顔面を殴りつけました。私の入ったリュックサックで両手が塞がっていた為に、その人のパンチをモロに食らってボウリングのピンの如く横へと倒れ込む加胡川さん。それはもうスカッとしましたね、ザマァ見ろです。
一体誰だろうーー。すぐさま視線を彼の顔面に拳を叩き込んだ人に移すとその正体はすぐにわかりました。
轆轤首さんです。それもさっきまで首と頭だけだった姿とは違う、胴体を有した轆轤首さんだったんです。
にしてもいつの間にあの崖を登っていたんでしょうか、彼が殴られた拍子に地面に落ちた私は不思議に思いましたよ。ですが彼女の足や腕を見た途端にその真実を知りました。
「どうだ! 全く、足場も見ずにロッククライミングなんざするもんじゃねぇな」
傷だらけで血が流れている足や腕。おそらく首を綱代わりにしていたので、ずり落ちたり擦ったりしたのでしょう。彼女はこの一発を叩き込む為に死ぬ気でこの断崖絶壁を這い上がってきたのかな。何はともあれ凄まじい執念、そして覚悟の強さです。
隣に加胡川さんがいるのにも関わらず轆轤首さんは、わざわざ私の方に目線を合わせて微笑みかけました。轆轤首さん、内面だけは男前過ぎますよ。
「すまんな、遅れちまってよ」
「轆轤首さん! 私もうダメかと思ってましたよ」
彼女の顔を間近で見た瞬間、どっと溜め込んでいた涙が一度に目から溢れ出てきました。実を言うとジリジリと緩んでいく轆轤首さんの首を見ていた時、彼女が助かる事を半分以上諦めていたんです。
なのに彼女は、こうして私を守る為に這い上がってきました。もう、やっぱり私って助けられてばかりですね。
「まさかあの崖を這い上がってくるとは……。やっぱり君は面白いなぁ轆轤首」
ですが拳の威力は大した事無かったようで、加胡川さんは何事も無かったかのように立ち上がりました。
と言う事は横に倒れたのも、もしかすれば演技だったのかもーー。だとするとよっぽど人を騙す事が好きなんでしょうか。もはや呆れて寧ろ尊敬の念すら抱いちゃいますよ。
「うるせぇ。今からきっちりとさっきまでのお礼をしてやるから覚悟しとけよ」
轆轤首さんも轆轤首さんです、その華奢な体で何言ってるんですか。相手は妖狐以前に男性だと言うのに、喧嘩を売るなんて負けに行くに等しいですよ。
とは言え私達が受けた恐怖心もそれ以上に強いですから、私も止める気は毛頭ありませんけどね。
「コラ! 何をやっとる
しかしここで事態は思わぬ展開を迎える事となりました。
またしても聴き覚えの無い声が聴こえてきたと思ったら、なんと森の方から現れたのは見覚えの無い初老のお婆さんだったのです。その姿は初老にしては髪の毛の色が真っ白で、その白さは妙に艶を帯びて美しさを感じさせるものでした。
知らないお婆さんの姿を二人でポカンと眺めていると、突如として加胡川さんの表情が急変し始めました。先程まで浮かべていた薄ら笑いなどすぐに消え失せ、加胡川さんの額にも冷や汗が流れ落ちています。彼は一体どうしちゃったんでしょう。
「し、師匠ッ!?」
初めは現地の方かとも思いましたが、どうやら加胡川さんの様子を見るに違うみたいです。それにこのお婆さんの事を師匠って言っちゃってる時点でただ者ではない事が伺えます。このお婆さんは何者なんでしょうか。
すると轆轤首さん、私と同じ疑問を抱いたようで気が付くと彼女に質問を投げ掛けていました。
「お前、一体何もんだ?」
「ワシはテンコ、こう見えても妖狐の最高位じゃよ」
*
私を含めた三人に囲まれて、しょげた様子の加胡川さんは下を向いたままでへたり込んでいました。
「誠に申し訳御座いませんでした」
声のトーンもまるで謝罪ムードを漂わせてきますよ。
本当にこの人は落ち込んでいるんだなぁ。ですが加胡川さんがやった事は許される行為でもありませんので、私からすれば情けをかける気なんてさらさら無いですけどね。悪もいつかは必ず裁かれる、それも当然の報いですから。
「
そう言って腕を組みながら加胡川さんの方を睨みつけるテンコさん。彼女と目が会う度に加胡川も目を泳がせては、目のやり場を失って視線を下に戻していました。
にしても綺麗な方です、歳を重ねられた見た目をしているにも関わらず、謎の色気らしきものが漂っていますし。私の中の話題はだんだんと加胡川さんの罪を追求する事からズレて、テンコさんの美しさを堪能する事になってきていました。正直な話、加胡川さんなんて顔も見たくありませんから何処かへ行って欲しいぐらいです。
腕の痛みを我慢する表情をしながらも、両手を広げて轆轤首さんは首を傾げました。
「全くだぜ。だがもしおんなじ事を人間にやってたならよ、とんでもない事になってだろ」
その通りです。今回は私達が標的だったから良かったものの、もし加胡川さんの暇潰しに人間が付き合わされていたのなら、きっと恐ろしい事になっていました。
「まあの。じゃが、此奴はこれまでに人を殺めた事は無いんじゃよ」
「えっ……マジでそれ言ってんのかお前」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます