18・王子と馬
俺はしばらくの間、むきになって雪玉を投げていたが、やっぱりなかなか当たらない。
せいぜい十個の内一個ぐらいだ。
クシュトさんが投げると、もちろん十個の雪玉は十個とも当たる。
「投げ方を教えてください」と書いたら、クシュトさんは首を傾げる。
「なんだ。 遊んでたんじゃないのか」
「う、そうです」「 ええ、子供の遊びです」「でも、何だか悔しいんです」
クシュトさんはその紙を見て、フッと鼻で笑った。
「仕方ないな」
そう言いながら、腕の使い方や、狙いの付け方を教えてくれた。
「まあ、遊びならこんなもんだろう」
そう言うので、仕事ならどうするのかと書いたら、
「その時はあらかじめ魔法をかけておくのさ」
自分自身に身体強化のような魔法をかけて武器などをより遠く、風向きを調整する魔法をかけて正確に当たるように投擲するそうだ。
「何してんだい。 昼飯だよ」
呆れたおばちゃんが呼びに来るまで、俺たちは投げ続けていた。
出かけるのは午後からなので、クシュトさんも一緒に昼飯を食べた。
クシュトさんが珍しく早い時間に様子を見に来たのは、やっぱり暇だったのかと思ったら、今日の予定を聞くためだったらしい。
そういえば、今回は何も打ち合わせしていなかった。
俺は貸し馬車屋さんから呼び出しがあったことを伝えた。
昨日、二日酔いで転がっていた老人二人は、今日は食欲が無いと言って食べないそうだ。
「クシュトさんも酔わないよね?」
と書いて見せると、「ああ」と頷いた。
しかし、俺が全く酔わないのはおかしいと首を傾げていた。
「今度、おめえら二人で飲み比べしてみるか?」
庭師のお爺ちゃんの提案は、俺もクシュトさんもお断りした。
俺はこの黒い爺さんには全く勝てる気がしない。
別々に城から出て、貸し馬車屋の前で落ち合う。
「お邪魔する」
クシュトさんが声をかけて中に入る。
店に客の姿はないが、若旦那はすぐに出て来た。
「はい、いらっしゃいませ。 おー、坊や、久しぶりだね」
俺は「はい」と書いた紙を見せて微笑む。
店の奥にある応接用の椅子を勧められて座る。
「何かあったのかね?」
クシュトさんは商人風に若旦那と会話している。
「ええ。 実は坊やが仕事を探してるって聞いて、一つ思いついてね」
俺は真剣な顔をして椅子に座り、背筋を伸ばして手を膝の上に置いている。
なんだっけ。 就職試験の面接みたいなものだ。
そんな俺の姿を見て、若旦那が噴き出した。
「そんなに緊張しなくても」
しばらくして若い女性がお茶を運んで来た。
お腹が大きい。
「実は俺の奥さんなんだけど、もうすぐ出産なんだ」
おお、若旦那が父親になるのか。
「おめでとうございます」と紙を掲げる。
お嫁さんもうれしそうに微笑んでくれた。
「それで、坊やに馬の世話をお願い出来ねえかと思ってさ」
貸し馬車屋には数頭の馬がいる。
一頭、または二頭で一台の馬車を貸し出している。
雪のある間はあまり馬車を借りる客もいないが、その間に慣れておけばいいと若旦那は考えたそうだ。
「馬の世話ならどこへ行っても重宝するぞ。
どっかのお屋敷に勤めても、宿屋や兵士だって馬の世話は基本中の基本だ」
馬の世話係りである若旦那は、今度は赤ん坊の世話係りになる予定だそうだ。
産まれるまではやることがないので、俺の指導をすることになる。
「赤ん坊が産まれたら俺は手伝えなくなるかも知れないから、坊やにはがんばって覚えてもらうぞ」
俺はかしこまったままウンウンと頷く。
王都には、貸し馬車屋は他にも十軒ほどあるそうだ。
一軒一軒の扱っている馬の数は同じくらいで、足りない場合はお互いに融通し合う。
町の城壁の近くには、馬を放しておく共有の小さな馬場みたいな場所もある。
大口の貸し出しというのはあまりない。
そういう大きな店は自分たちで馬車を保有しているからだ。
「寒い間はまだあまり動きはねえが、春になったとたんに郊外から客がどっと来るんだ」
食料などの買い込みが始まり、村や数人の知り合いで共同で借りたりする。
こちらで臨時で御者を雇い、彼らは届けた後、この貸し馬車屋に戻ってくるそうだ。
「夏には子供も少し大きくなってるだろうから、それまでは頼むよ」
俺も成人まであと一年半だ。
少しでも手伝えたらいいな。
「では給金の件だが」
「ああ、それなんだが。 これでどうかな?」
若旦那がクシュトさんに金額を書いた紙を見せている。
「俺にも見せてください。 これでも十三歳なんです」
そう書いた紙を見せてみる。
「あら。 まあ、ごめんなさい」
お嫁さんが驚いて顔を赤くしている。
どうやら俺を十歳程度だと思っていたらしい。
まあこの世界では十歳でも大きなやつは大人とそう変わらないからな。
若旦那とクシュトさんは笑いながら「はいよ」と見せてくれた。
それは斡旋所で見る金額より少し高めだった。
「いいんですか?」と書いて見せると、若旦那は頷いた。
「ああ、その代わり、しっかり頼むよ」
「はい!」と書いた紙を掲げる。
俺は週に一回の外へ出る日以外にも外に出ることになる。
早朝、まだ起きている人の少ない時間に馬車屋に行って、厩舎の掃除と餌やりをすることになった。
宰相様に報告しなくちゃいけないな。
今までは黙認だったけど、これからは正式な仕事になるのだ。
王子はまたしてもやることが増えて文句を言っている。
『どうせなら魔術の勉強が出来ることにしろよ』
珍しくやりたいことを言ってきた。
俺は王子が少しやる気になってきたのがうれしかった。
「うん。 魔術の勉強もがんばろう」
馬の世話をしながら何が出来るか考えてみようと思う。
小屋に戻るとおばちゃんが夕飯を作って待っていた。
「坊ちゃんに渡し忘れてたからね」
造花と飾り付けのアルバイト代だ。
「ありがとうございます」と紙を掲げ、おばちゃんに抱き付いた。
そして、それを持ってクシュトさんを探す。
王宮の近くまで行けばクシュトさんがこちらを見つけてくれるだろう。
まだ王宮内は休暇中で人がまばらだ。
「ガストス様。 うちのおやじさんに何とか言ってくださいよ」
そんな声が聞こえて来た。
俺はつい建物の影に隠れてしまった。
「なんだ。 わしじゃなくて本人に言えよ」
ガストスさんが誰かと話をしている。
「言っても聞かないんですよ。 だからガストス様にお願いに来たんです」
「そうはいってもなあ。 あいつが引退しないのはお前らが不甲斐ないからだろう」
相手の男性が不機嫌になったのが分かる。
「冗談じゃない。 あの人は俺たちに仕事を任せてくれないんですよ。
何でも自分一人でやっちゃうんですから。 俺たちだってやれるのに」
ガストスさんは大きなため息を吐いた。
「あのな。 こんなところでそんなことを大声で言うっていうこと自体、お前らは浅慮だっていうんだ」
そう言いながらガストスさんは明らかに俺のほうを見ていた。
俺が後ずさりすると、誰かにぶつかった。
「大丈夫か?」
いつの間にか俺の後ろにクシュトさんが立っていた。
そのままクシュトさんは俺を連れて小屋へ向かう。
俺はガストスさんと話をしている人を知らないが、あっちはいいのかと目で訴えた。
「あれはいいんだ。 ほっとけ」
クシュトさんはふんっと鼻で笑っている。
「はあ、嫌になるわい」
俺がクシュトさんと小屋に戻って夕食を食べていたら、ガストスさんが戻って来た。
「すまんね。 お前にまで手間かけちまって」
「いやあ、わしはいいが、お前も大変だな」
俺はあの会話の中の「おやじさん」がクシュトさんなのだと気づいた。
だとしたらあの若い声の男性は諜報の仕事をしているはずだ。
いいのだろうか、こんなに簡単に俺なんかに聞かれてしまうなんて。
「お前さんも聞いただろ。 あれが俺の部下だ。
本当にまだまだ実力が足りないのに、難しい仕事ばっかりやりたがる。
失敗したら命がねえっていうのにな」
俺はガストスさんの食事をテーブルに並べ始める。
「おお、うまそうだな」
クシュトさんに食後のお茶を出しながら「この間お借りしたお金です」とおばちゃんからもらったお金から渡す。
「ほお、もう忘れてると思ってたよ」
俺はへへっと笑いながら「遅くなってしまいましたが、自分で稼いだお金です」と書いた紙を見せ、胸を張る。
「そうか。 お前の初給金か」
クシュトさんは大事そうにそのお金を受け取ってくれた。
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