17・王子と酒


 父親の言葉が終わると、王子は魔法紙に何かを書き始める。


「お話は良く分かりました。


私はいつ、ここを出て行けばいいのでしょうか」


国王はその文章を見て、目を剥いて驚いている。


「それとも、このまま」


俺は王子を止めた。 必死でそれ以上書くなと、腕の動きを阻害した。


『ケンジ、何故邪魔するんだ』


王子の心が泣いている。


俺には分かる。 だけどこんな言葉を浴びせたら、間違いなく親子関係は壊れる。


『私は、きっとこのまま殺されるんだ!』




 王子はずっと諦めていた。


俺がいても、俺が何をしていても、王子は自分の将来が見えなかった。


それはずっと生きることを諦めているからだ。


だけど、親が子供に死んで欲しいなんて思っているはずがない。


 俺は王子に代わってペンを取った。


「このまま、ここにいては父上の足を引っ張るだけです。


どうか、成人の前に他所の土地へ移してください。


何とかご迷惑をおかけしないよう、自分で生きていきます。


二度と王宮には戻りません。 お約束します」


王子はどんなに健康になったとしても王位を継ぐつもりなんてない。


それを明確にすれば何とか命だけは助かるだろう。


例えば修道院みたいなところとか、辺境の塔とかに幽閉でもいい。


そうなったら俺は全力でそこから王子を連れて逃げる所存だ。


ただここに居たら……俺には王子の命を守ることが出来ない。


『ケンジは私に色々教えてくれた。 ありがとう。 でも、もういいんだ』


王子は今、国王に甘えているんだ。


目の前で死んだら、きっと覚えていてくれるだろうなんて甘いことを考えている。


「王子、それはダメなんだ。 子供に死なれたら親は、どうしようもない」


俺みたいに、親を、兄姉を、泣かせるな。


ボロボロと涙を零す俺を見て、国王も周りの者たちも黙り込んだ。


王子は『分かった。 任せる』と言って静かになった。


 俺の後ろについていたらしいガストスさんが、ハンカチのようなものを手渡してくれた。


ガストスさんの匂いがした。


それに顔を埋めながら、俺は国王の返事を待った。


「……分かった。 何とかしよう」


俺は立ち上がると深く礼を取る。 そしてそのまま踵を返し、部屋を出た。


ガストスさんは後ろについて来たが、誰も止める者はいなかった。




 新年は町も王宮も三日間の休暇に入る。


忙しかった前日までと違って、雪にすべての音が吸い込まれるように静かに時間が過ぎる。


俺は戻ってからずっとベッドの中に潜り込んで寝ていた。


お腹が空いて起き出したのは翌日の夜だった。


すごく美味しそうな匂いが小屋の中に漂っていた。


「おう、坊主。 お前も食べるか?」


台所へ行くと庭師のお爺ちゃんが来ていた。 何故か、珍しく肉を焼いている。


 お爺ちゃんは城下の町に家族がいる。 冬の間は仕事が無いのでそっちにいるはずだった。


「珍しい肉が手に入ったもんでな。 坊主と食べようと思って持って来たんだ」


起きなかったら一人で食べようと思っていたらしい。


「ほれ、持って来たぞー」


ガストスさんが外から戻って来た。


酒瓶を取りに自分の部屋へ行っていたらしい。


俺の顔を見てニカッと笑った。


 居間にコップを三つ持って来て、俺にも注いでくれた。


テーブルの真ん中には焼き肉の山。 俺はついでに野菜も少し焼いて並べた。


「新しい年に乾杯だー」


「うまそうな肉と酒に感謝だー」


わははは、と豪快な笑い声が部屋の中に響いた。




 肉は美味しかった。


「これ、何の肉?」


俺がそう書いて見せると、庭師のお爺ちゃんはニヤリと笑った。


「何だと思う?」


「もったいぶるんじゃねえよ」


ガストスさんは予想はついているのか、俺にもっと食えと勧めてくれる。


「ふふん。 こいつはドラゴンの肉だ」


えーーーーーっと俺が飛び上がって驚いたのを見て、二人の爺さんは大笑いしている。


「こっから馬車で四日ぐらいかかる北の領地には魔獣が棲んでる山があってな。


年に一回魔獣狩りがあるのよ。 その肉が流れてくるのは新年ぐらいなのさ」


 雪に閉ざされる北の領地では、秋のうちに大規模な狩猟が行われる。


全国から名うての狩人たちが集うため、ついでに魔獣狩りも行われたりするそうだ。


それらの肉は魔法で保存され、冬の間の食料になる。


今年は一体、ドラゴンが狩れたらしい。


「まあ、お陰で犠牲も何人か出るが、こればっかりは仕方がねえ」


庭師のお爺ちゃんの話では、定期的に魔獣を狩らないと町に被害が出ることもあるという。


「狩人はいいのさ、覚悟してやってるからな。


でも普通に暮らしてる町のやつらは関係ない。


そこに犠牲を出さないのも国の仕事ってわけさ」


ガストスさんも若い頃は兵士として参加したらしい。


「領主が先頭に立って狩猟を企画して、軍やら狩人たちをうまく使わねえとなんねえ」


庭師のお爺ちゃんはちょっと呂律が回らなくなってきてる。


「しかし、今はあん領地はご領主は不在だろー」


「ああ、誰もやりたがらないからなあ」


魔獣狩りがあるくらいだから、きっと危険な土地なのだろう。




 お酒の味は良く分からなかった。


不味いというわけではないが、少し苦い。


俺がチビチビ飲んでいると、庭師のお爺ちゃんがもっと飲めと煽る。


「えっと、まだ未成年だし?」


そう書いて見せると、また、がはははと笑われる。


「この国じゃ赤ん坊でも酒を飲むぞ」


えー、それは正直どうかと思う。


「まあ、赤ん坊っていうのは大袈裟だが、小さいころから少しづつ酒に慣れさせる習慣はあるぞ」


酒が飲める体質かどうか、どれだけ飲むと酔うのか、それを早めに把握させるのだという。


ふうん、と聞いていると、また飲まされる。


俺が全く酔う気配がないので、爺ちゃんたちは面白がって次々と色んな酒を出して来た。


「これは強いんだぞ」とか「これは珍しいたっけー酒なんだぞお」とか言って、俺に注いでくる。


俺はうまい不味いは分かるけど、酔うという感覚が分からない。


『たぶん、ずっと色んな毒を吸収してたから、耐性が出来てるんじゃないかな』


魔力が豊富だった王子の身体は、少量の毒を吸収し続けたせいで、耐性が強くなったのか。


なるほど。 俺は王子の言葉に納得する。


身体が酒も毒の一種だと思って反応しているのかも知れない。


俺は酒に強いのはうれしいな。


病院で急性アルコール中毒の若者を何度か見たことがあったから。


少なくとも、俺は酒では死なないだろうということが分かった。



 翌朝、居間の床に老人が二人転がっていた。


俺の様子を見に来たおばちゃんが呆れて、二人を起こしたが、


「さ、触るんじゃねええ」


「おい、もうちょっと静かに叫べ」


と二人とも二日酔いで使い物にならなかった。


そして平気な顔をして朝食を食べている俺を化け物を見る目で見ている。


「坊主とはもう酒は飲まねえ」


「わしもだ」


おかしいな。 俺が勝手に飲んだ訳じゃないのに、何でそっちが被害者っぽいのさ。




「あー、そうだ。 坊ちゃん、貸し馬車屋の若旦那が話があるって」


斡旋所へ仕事の件で行ったら、言伝(ことづて)を頼まれていたそうだ。


俺は顔を綻ばせた。


「はい!、喜んで」と書いたら三人に変な顔をされた。


 とにかく、小屋の屋根にクシュトさん連絡用の白い布を巻き付ける。


でも、白い雪で見ずらいかも知れないな。


俺は紐を持って来て、屋根から近くの木まで洗濯物干しのように張った。


そしてその紐にいくつも白い布を結びつける。


「おい、坊。 やっぱおめえ、酔っ払ってるんじゃねえか?」


失礼な。 頭はちゃんとしてますよ。


おばちゃんまで「まあ、坊ちゃんのことだからねえ」と苦笑いしている。




 何もしていないと身体がなまるので、体力作りは部屋の中で続けている。


翌朝、晴れたので雪の中を少し走ったりしていた。


雪合戦を思い出して、相手はいないけど雪玉を作って木に向かって投げてみた。


あまり当たらなくて悔しかったので、何度も投げた。


座り込んで玉を作っていたら、雪の中から足音が聞こえた。


「玉投げか。 動かないモノにさえ当たらないとはな」


クシュトさんが俺を馬鹿にしたように見下ろしている。


俺はふくれっつらになり、クシュトさんに玉を渡す。


服の下から文字板を出して「見本を見せてください」と書いて見せた。


ククッと笑うと、黒い服の爺さんは振りかぶることもせずに、ひゅっと投げた。


パアンと音がして木が揺れる。


俺は本職の怖さを思い知らされた。


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