16・王子と家族


 新年の儀式は近親の王族と従者だけで行われる。


闇が白く開けた頃、小屋に戻って軽く朝食を取っていたら、おばちゃんがやって来た。


「新年はお休みのはずじゃ?」


と紙に書く暇もなく、朝食用のパンを口に突っ込まれた。


モグモグしている間に王宮内の風呂場に連れて行かれ、そこで待っていたガストスさんに洗われる。


そして、先日、宰相様が縫製職人に作らせた王族の正装に近い服を着せられた。


(ああ、そうか。 アリセイラ姫が何か言ってたっけ)


まだ頭がぼやんとしている。


何せ五日間はずっと造花を作っていて、昨夜はその飾り付けでほとんど寝ていない。


 準備が出来るとアリセイラ姫の女性従者と女性騎士が迎えに来て、一言注意された。


「よろしいですか。 人前では決してアリセイラ様に声などお掛けになりませんように」


俺はただ頷いていた。


どうせ声は出せないのだから声などかけるはずもない。


いつもなら俺がダメな時は王子ががんばってくれるのに、この日は二人ともボーっとしていた。


それでも、着替えたせいか眠気はない。

 

冬の冷たい朝の空気が、気持ち良いくらい身体も心も冷やしていく。




 アリセイラ姫の部屋に着いて、その可愛い笑顔を見たら少し心が落ち着いた。


今日は彼女の部屋から礼拝堂まで、後ろをついて行くだけだ。


一行は姫と護衛騎士に従者や侍女を含めて五人。 一人の子供にだいたいこの人数が付いているらしい。


 これから会う弟たちには、病気を理由に今まで会ったことはない。


アリセイラの話にたまに名前が出て来るくらいだ。


おそらく王宮の使用人たちでさえ、ケイネスティの顔など覚えていないと思う。


知っている者がいたとしても、元気になって陽に焼けたケイネスティなど誰も想像出来ないはずだ。


こんなところに俺を連れ出したアリセイラは、きっと皆をびっくりさせようとしているんだろうな。


後ろを歩く俺をチラチラと見ながら、うふふと口を抑えて笑っている。




 俺たちが寝ずに飾り付けた廊下を歩き、礼拝堂の入り口に着くと静かに中に入って行く。


少人数しか入れない祈祷室と違い、礼拝堂はかなり広くなっている。


年下から順番なので、アリセイラとその一行がまず入り、中の扉の近くで待機するのだ。


一番下の弟ギルデザス。 金色の髪と紫の瞳をした美少年。


社交的で誰とでもすぐ仲良くなる。 アリセイラに手を振って、母親と共に前を通って行く。


真ん中の弟であるクライレスト。 深い茶色の髪と灰色の瞳。


兄弟の中では一番頭がいい。 アリセイラに挨拶をし、後ろの俺をチラッと見て行った。


一番上の弟のキーサリス。 彼は国王と同じ茶髪で青い瞳。


父親について国政の勉強をしている最中らしい。 顔が緊張していて周りが見えていない。


アリセイラとケイネスティの母親はとうに亡くなっているが、三人の弟にはそれぞれ母親が付いていた。




 最後に宰相や側近を引きつれた国王が入って来る。


俺は皆の真似をして、通り過ぎるまで正式な礼で顔を伏せたままじっとしていた。


神官が祝詞のようなものを読み始める。


俺はただ光輝くような美しい銀色の髪のアリセイラの後ろ姿を見ていた。


 やがて神官の話が終わって、今度は国王が壇上から家族を見下ろした。


険しい顔は、脳筋らしい、こんな挨拶は苦手だという顔だ。


俺はそれがおかしくてクスッと笑ってしまう。


そしたら、国王と目が合ってしまった。


(あ、まずい)


遠目にも国王の眉がピクリと動いたのが分かった。


俺は出来るだけ見ないように顔を背けたが、前にいるのは七歳の妹。


標準より小さいとはいえ、俺は十三歳の男子だ。


妹の影に隠れることは出来なかった。




 何とか無難な挨拶で国王はその場を乗り切った。


この後は別室で家族水入らずでお茶会になるらしい。


俺はここまでだ。 ホッとして、もう少しだと身体から力が抜けた。


途端に眠気が襲ってくる。


欠伸をかみ殺していると、退室のために歩いていた国王がちょうど近くに来ていた。


「其方、後で私の部屋へ顔を出せ」


小さな声でそう言って出て行った。


俺は舌打ちしそうになったが、ぐっと我慢した。


気が付くと周りの全員が俺を見ていたからだ。


身分の低い者であるという振りで低く腰を落として礼を取る。


弟たちは訝し気な顔で俺を見ながら出て行った。




 やっぱり気づかれていないと一安心したら、廊下に出た途端に一人の少年が近づいて来た。


アリセイラの一行を無視して俺に近寄り、じっと顔を覗き込む。


「ケイネスティ様ですよね?」


俺はゴクリと息を飲んで、顔をフルフルと横に振った。


「ふふ、ごまかしてもダメです。 だってしゃべれないでしょう?」


濃い茶色の髪を肩まで伸ばした少年は、三歳下のクライレスト。


「大丈夫です。 僕は兄様の味方ですから」


何故か頬を紅潮させている。


「クライス」


母親が心配そうに声をかけて来た。


彼は一度そちらを見てから、もう一度俺を見た。


「また遊びに来てくださいね!」


そう言って母親の元へ駆けて行った。


 俺はやっと解放されると、ふうっと大きな息を吐いた。


ガストスさんがいつもより派手な服で俺を迎えに来てくれていた。


近衛兵の軍服だろうか。 何気にキラキラしている。


 俺はアリセイラ姫に「またね」と手を振って別れを告げる。


彼女はこれから家族だけのお茶会だ。


俺には関係ない。




 ガストスさんの後を付いて歩く。


王宮の中は迷路のようで出口が分からないのだ。


俺は気疲れも重なり眠気に襲われているが、この建物を出るまではそんな様子は見せないようにしている。


「坊、顔色が悪いな。 俺の部屋で休むか」


そう言って珍しくガストスさんの王宮内の部屋へ連れて行かれた。


ガストスさんは俺の担当になって、庭の小屋に移り住んで二年半。 その間あまり使っていない部屋だけどなと笑って案内してくれた。


無骨なじいさんらしい素朴な部屋だったが、大きさだけは結構広かった。


ガストスさんがお茶を用意している間、長椅子に座っていたら、いつの間にか俺はウトウトしていたらしい。


 起こされて目が覚めたが、どれだけ寝ていたのかは分からない。


「ごめんなさい」と書こうとしたら、じいさんが首を振った。


「いいからついて来い」


と、部屋から廊下へ連れ出された。


ガストスさんはさっきの派手な軍服のままだった。 嫌な予感がする。


 大きな扉の前でガストスさんが立ち止まり、重々しく扉を叩く。


中から声がして、扉が内側から勝手に開いた。


じいさんは、先に入れと片手で俺の背中を押した。


予想通り、国王の部屋だった。




「アリセイラのいたずらだったようだな。 お前の顔を見て驚いたよ」


俺はただ目線を逸らし俯いていた。


ケイネスティ王子はどうも国王陛下を嫌っている。


それはやはり母親が死んだ途端に何人もの女性を妃に迎えて子供を作ったからだろう。


でも俺は国王という立場ならそれも仕方ないと思っている。


しーんと音がするくらい静かになって、陛下が困っている様子が感じられた。


「そうだ。 この間渡した資産の一覧だが、欲しい物はあったか?」


俺はよく分からないので王子に任せておいた。


顔を背けていた王子は「特に何もありません」と書いていた。


「ふむ。 その魔法紙、話には聞いていたが面白いことを考えるな」


見せてくれというので渡す。


その板を見ながら、国王は独り言のように呟いた。


「お前は剣術も馬術も得意らしいな。 さすが俺の子だ。


勉強や魔術もなかなかだと聞いているが、そっちはソーシアナの血かな」


王子は母親の名前らしい言葉を聞いてピクリとした。




「俺は自分の子供たちを分け隔てなく愛している」


国王は、ケイネスティを呪い付きだと亡き者としようとした勢力と戦っていた。


ただ、そのためには王宮の奥深くに彼を隠さなければならなかった。 誰の目にも触れぬよう、最小限の者だけを付けて。


その時、生きてさえいてくれれば良いと、王子としての教育を諦めてしまったのだ。


「あの時、俺がお前のことを諦めずにもっと色々な医術者に見せていれば」


ケイネスティの身の回りにもっと気を配っていればと後悔している。


 しかしその頃は王位を継いだばかりで自分自身のこともままならなかった。


周りからは早く世継ぎをと、次から次に縁談が持ち込また。


子供さえ作れば解放されると勘違いした彼は三人の男子を授かったが、さらに事態は悪化した。


「派閥争いが始まってしまってな」


尚更ケイネスティを表に出す訳にはいかなくなったのだ。


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