15・王子と仕事


 いつものように貸し馬車屋の前で立っていると、店のお兄さんが顔を出した。


「寒いだろ。 中へ入りな」


俺はだいたい週に一回しか外には出ない。


その度にここに寄るのでお兄さんとはすっかり顔なじみである。


「ありがとう」と書いた魔法紙を貼った文字板を見せる。 


お兄さんは「それ、面白いよな」と笑いながら温かいお茶を淹れてくれた。


 貸し馬車屋のお兄さんはこの店の若旦那らしい。


冬の、特に雪のある町中は馬も危ないのであまり外に出さないそうだ。


お陰で雪の間は乗馬の訓練もお休み状態になっている。


その若旦那に「私にも出来るような仕事がないか、探しています」と書いて見せる。


「へえ。 でも坊やなら働かなくてもいいんじゃないの?」


お兄さんは俺が金持ちの坊ちゃんだと思っている。


「いえ、成人になったら家を出なくちゃいけないのです」


それまでにお金を少しでも貯めたい。


出来れば資格とか手に職をつけたいが、あと二年足らずではそれは無理かも知れない。


「でも、経験があるのと無いのでは違うでしょ?」


それを見たお兄さんがあははと笑う。


「坊やはまるで年寄りみたいだな」


そうかも知れない。 周りはお年寄りだらけだしね。


「よし、俺も何か探しておいてやるよ」


俺は「ありがとう」と書いて礼を言い、クシュトさんを見つけて外に出た。




 斡旋所はガラガラに空いていた。


「冬は仕事自体があまり無いからな」


雪をどかす仕事ならあるそうだが、早い者勝ちなので、午後から来る俺は目にすることさえない。


一部の人は寒さを嫌って雪の無い地方へ出稼ぎに行くらしい。


それでも王都は仕事があるほうで、地方へいけばもっと仕事は少なくなってしまう。


「新年祭が近いから、その関係ならありそうだが」


俺とクシュトさんが張り出されている紙を見ていると、おばちゃんが入って来た。


「ありゃ、坊ちゃん」


しまった!、と思ったが遅かった。


「こんなところで何をなさってるんですか」


怒ったような、呆れたような顔で襟首を掴まれて、斡旋所の隅にある喫茶店のような所に連れて行かれた。


もちろんクシュトさんも一緒である。




「何で坊ちゃんがこんなところにいるのか、説明してくださいな」


一応周りには気を使って話をしている。


受付のお姉さんなんか、明らかにこっちをチラチラ見ていた。


俺とクシュトさんは顔を見合わせて、どうしようと目で相談する。


おばちゃんが飲み物を注文して、もう一度俺たちを見る。


 俺はテーブルの上に魔法紙を貼った板を置いて、


「ごめんなさい。 でも成人するまでに働く手段が欲しかったんです」


そして、その板の上にペンを置いて、おばちゃんも使えるようにする。


王子が作った魔法インクが入っている俺が買った黒い高級ペンだ。 


周りに知られるわけにはいかないので、筆談にした。


「宰相様は知ってるのかい?」


その文字が消えると、今度は俺が書く。


「はい。 たぶん、知ってて黙認していると思います」


おばちゃんはハアと深いため息を吐いた。


「おばちゃんは今日はどうしてここへ?」


「もちろん、仕事の依頼さね」


王宮の中で雑用係りとして働いているおばちゃんは仕事を探している訳じゃない。


「王宮の中だけじゃなかなか手が足りなくて、外でも仕事をしてくれる人を探しているんだよ」


それは新年の飾りを作る仕事だ。


特に王宮の中でなくてもいい、当日に間に合うように事前に持ち込んでくれるだけでもいいのだ。


俺は目を輝かせた。


それを見たおばちゃんとクシュトさんが揃って呆れたような顔になった。


俺たちは筆談が終わるとおばちゃんと共に城に戻った。




「本当にやるのかい?」


俺はコクリと頷く。


新年の祭りは城下の町では、各家庭内で静かに行われる。


しかし王城内だけはアリセイラ姫のために飾り付けが行われるのだ。


 様々な色の付いた紙と、見本の造花が持ち込まれた。


「毎年頼んでた婆さんが亡くなっちまってね。 ほんと、困ってたんだよ」


見本の造花は本当の花のように綺麗だ。


俺はゴクリと息を飲んだ。 勢いでやると言ってしまったけど、同じ物が出来るとは思えない。


「全く同じでなくてもいいんだよ、坊ちゃん。 私らも手が空いたら手伝うからね」


一つ一つは完成度が低くても良いが、王宮のそこら中に飾るため、とにかく数が必要なのだ。


「がんばります」


王子はやる気なさそうに『がんばれー』と言った。


いやいや、俺たち一心同体だよね。 君もやるんだよ?。




 雪があるせいで庭での訓練は出来ない。


小屋の中でしか出来ないので、ストレッチのような体力作りだけは欠かさないようにしている。


そのお陰で今までの剣術の稽古の時間は、すべて造花の作業に当てられた。


畑も雪に埋まっているし、馬も来られない。


つまり、俺はお婆ちゃん先生の勉強の時間と、料理の時間以外はずっと作業していた。


この作業をしている間は斡旋所へも行く必要がない。


魔術の時間まで削ってしまったため王子はずっと不機嫌だった。




 見本をバラして、どんな風に作られているかを確認する。


納期は五日後。 持ち込まれた材料は色とりどりの紙。


大きさを見て、それを一本作るのにどれくらいの量が必要なのかを計算する。


足りなくなったら困るからだ。


多少小さくてもいい、不格好でもいい。 儀式が終わればそれらはすべて庭で燃やしてしまう。


俺はアリセイラの顔を思い浮かべ、心を込めて花を作る。 


 いや、嘘だ。


俺が心に浮かべていたのは、たった一度しか会っていない隣国の黒髪の姫様だった。


何か、そうでもしていないと心が折れそうだったんだよ。


フェリア姫がこの花を見て微笑んでくれる。


俺はそんな妄想を抱いて五日間を過ごした。




 新年前夜。 王宮が寝静まった頃に、俺は爺ちゃんたちと王宮の裏口にいた。


俺はがんばって作った造花の入った大きな袋を渡す。


「はい、坊ちゃん、お疲れ様でした」


おばちゃんが他所でも作っていた造花を持って待っていた。


俺が作った物よりはるかに多く、きれいに出来ているそれらをなるべく見ないようにする。


今夜はこれから使用人たちで手分けして飾り付けるのだ。


「俺も手伝いたい」


急いで紙を見せる。 王宮の中を歩き回れるなんて、おそらくこんな時しかない。


おばちゃんは迷っている。 でも時間もギリギリだ。


いつの間にかクシュトさんが側に来て、俺に深く帽子をかぶせる。


「絶対に紙を見せるんじゃねえぞ」


俺はコクリと頷く。 王宮の中は誰に出会うか分からない。


筆談なんてしてたら、すぐに誰かの耳に入ってしまうのだ。


「坊。 こっちだ」


袋を持ったガストスさんが通路を歩いて行く。


俺は必死に追いかけた。




 王宮内にある礼拝堂で儀式が行われるため、国王や王子、王妃たちが住む部屋からそこまでの通路を飾る。


それぞれの部屋の扉の周囲や廊下の壁に、模様のように貼り付けて行く。


もう眠っている者を起こさないよう、静かに走り回る。


カサカサと紙の音と、微かな足音。


かなりの人数が動いているにも関わらず、誰もしゃべらない。 物音一つがかなり響く。

 

 俺はただガストスさんの後ろをついて回っていた。


慣れた手つきで作業が進んでいく。


飾りもほとんど無くなった頃、ガストスさんが少し周りを見回して、俺の腕を引っ張った。


一つの扉を静かに開け、すぐに滑り込む。 そして音もなく扉が閉まる。


「ふぅ」


ガストスさんと二人、大きく息を吐く。


目が慣れると、真っ暗な部屋の中に大きな窓から月明かりが差し込んでいた。


ついて来いという仕草でガストスさんが静かに歩き出した。




 部屋の奥にまた部屋がある。


暗くて良く見えないが、かなり豪華な部屋だと思う。


(女性の部屋かな?)


壁紙の趣味が女性っぽい気がする。


でも人が生活している感じがしない。 ほとんどの家具に布が被せてあるのだ。


その部屋も抜けると短い廊下があった。


(迷路みたいだな)


そう思いながら顔を上げると、廊下の壁に一枚の絵があった。


ガストスさんが、どこかに隠してあったのか、長い柄の付いたランプを持っていた。


それに火を入れて、静かに掲げる。


 廊下の壁に浮かび上がった、見上げるような大きな絵。 それは女性の肖像画のようだった。 


(エルフだ)


王子が震え、固まっている。


美しい金色の髪と宝石のように美しい緑の瞳。


特徴的な耳と白い肌に艶やかな唇。


凛とした整った顔立ちの女性エルフの腕には、小さな男の子が抱かれていた。


俺は動けなかった。


いつの間にか、俺の頬を伝って涙が零れ落ちていた。


新年の夜明けを告げる鐘が静かに町に響き渡る。 



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