13・王子と施設


「お前は本当に外に出るのが好きだな」


クシュトさんは毎回嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。


前日までに前回の反省も踏まえて次の予定を書いた手紙を、ガストスさんを通して渡す。


仕事だから仕方ないんだろうけど、きちんと対応してくれるのはありがたい。


俺たちは、外に出てしまったら会話がほとんど出来ないからだ。


「今日は神殿と教会だったな」


俺はコクリと頷く。 そのため今日は二人ともよそ行き風の、庶民にとっては正装に近い服を着ている。


冬が近いので厚手のコートを羽織っているが、それはあまり新品だと良くないらしく古着で用意されていた。




 神殿は神様が降臨される神聖な場所だ。


神官がいて、高額な寄付をするとご神体がある部屋へ案内される。


そこは祈祷所に似せて作られている部屋で、見学を許されている場所だ。


「本物のご祈祷所はお祭りの日以外は入れませんので、こちらは練習をされる場所になっております」


どんなに高貴な家の子や、金持ちの子でも、祈祷所には一人で入らないといけない。


その前に一度様子を見せて、安心させるという部屋らしい。


 あまり大きくない部屋だが天井が高く、二階以上ありそうな吹き抜けになっている。


中央にまるで裁判の被告席みたいな丸い台と、それを囲むように三方向に腰までの高さの木の柵がある。


正面にご神体らしい女神像。 その背後というか、頭の位置より高い場所にステンドグラスの細長い窓がある。


きれいだなーと見とれていると、案内してくれた若い神官が微笑ましそうに俺を見ている。


「この場所、真ん中の丸い台の上で祈りを捧げますと、あの天窓から光と共に神様が降りられるのですよ」


それはそれは荘厳で神々しい姿なのだと熱心に語ってくれた。


俺もクシュトさんも少し引いてしまった。


 俺はふと壁際に置かれていた丸い三つの台を見つける。


ずっと俺の視線を追っていたんだろう。 神官はすぐにそれに気づいたようだ。

 

「あれが『騎士』『魔法使い』『神官』が待機する台です」


俺は首を傾げた。 確か『神官』ではなく『文官』だと教えてもらった。


それに気づいたのか若い神官は少し苦い顔をした。


「確かに祈祷所の立会人には『神官』は必要ありません。


しかし、神殿では『文官』の資格を持った『神官』が勤めることになっております」


なるほど、それが神官には気に入らないんだろうな。


俺はクシュトさんの服を引っ張って、頷く。


「ご丁寧な案内をありがとうございました」


二人で挨拶をして外に出る。


あの神官はかなり俺が気の弱い子供だと勘違いしたようで、ずっと俺の様子を見ていたらしい。


「黙ってるからっておとなしいとは限らないのになあ」


クシュトさんはククッと笑った。




 次は教会だ。


「本当にいいのか。 あんまりいいもんじゃないぞ」


分かってる、と俺はクシュトさんの顔を見て頷く。


 教会は宗教を広めたり、神職を教育したりする施設である。


だが、この国の教会の一番大きな特徴は養護施設なのだ。


親が育てられずに捨てられた子供、流行り病や災害などにより親を失った子供。


主にそういった未成年の子供を養っているのだ。


 どこの町にも小さくとも教会は存在するらしい。


そして不幸な子供も存在する。


「ようこそ。 この度は多額のご寄付をありがとうございます」


事前に偽名で寄付は送ってある。


そうでなければ見学など受け入れてはもらえないのだ。


適当に挨拶をして、俺はクシュトさんの影に隠れるように案内の男性の後をついていく。


王都の教会はその敷地自体が広い。


元の世界で見慣れた二階建ての校舎のようなものが二つ。


広場や庭も広く、子供たちの声がうるさいほど響いている。


「私どもでは子供たちの教育に熱心に取り組んでおります」


剣術などの身体を鍛える者、勉強など頭を鍛える者など、それぞれ合うものを伸ばすのだそうだ。


それだけを聞くと真っ当に聞こえるが、子供たちは成人すれば放り出される。


教会の出身者というだけで、何か悪さでもすると教会が被害を受けるのだ。


それを防ぐために必要以上に厳しい教育をしているとこっそり聞いていた。


寒い日だったが屋外で訓練をしている様子を見せられた。


施設の案内役は子供たちのがんばる姿に誇らしげだったが、俺は碌に食べていない痩せた身体で動き回る子供の姿に嫌悪を覚えた。




 それともう一つ。


「神殿の祝福で才能があると判断された子供たちがこちらにいると聞いていますが」


クシュトさんの言葉に案内の男性の顔が一瞬引きつる。


見学の許可は下りている。


仕方なく彼はもう一つの敷地へ案内してくれた。


 養護施設とはかなり離れた場所にポツンと建物があった。


元貴族の館だそうで、かなり大きく、外観も美しい


「彼らは年齢も出身もバラバラですが、全員がこちらで共同生活をしております」


「今は何人ほどいらっしゃるのですか?」


クシュトさんにはあらかじめ質問事項を渡してある。


「今は二十人ほどです」


この館には専属の教師や使用人を含め五十人ほどが生活しているそうだ。


彼らもまた成人すればそれぞれの国の部署に送られていく。


下手に実力があればもっと早くに仕事に就くこともある。


「ここには、年に何人ほど入るのでしょう」


「そうですね。 年に一人か二人、多くても三人くらいでしょうか」


親から無理矢理に引き離されたかも知れない子供たちがここにはいる。


国の財産でもあるということで、ここの子供たちの様子は遠目でも見ることは叶わなかった。




 帰り道、クシュトさんは俺と並んで歩きながら呟くように言った。


「あそこの子供たちはある意味幸せだ」


俺は黙って聞いている。


「明日の飯の心配なんてしなくていいんだからな」


クシュトさんは諜報という仕事をしている。


彼自身、きっと辛い子供時代を過ごしたのだろう。

 

そうでなければこんな裏稼業のような仕事には就けない。


 俺はコクリと頷いた。


それでも俺は、彼らが本当に幸せなのかどうかを知りたい。


神様は何のために祝福を彼らに与えたのかが知りたい。


この世界で神様が当てにならないなら、子供たちを救うものは何なのかを知りたかった。


でも俺はまだうまく言葉に出来なくて、黙って歩くしかないのだ。




 帰り際、俺はいつもの貸し馬車屋の前で、馬の柵にもたれかかっていた。


馬に帽子をはむはむと噛まれながらじっと立っている。


空は夕暮れに近づき、早く戻らなきゃいけないと思いつつ、足が動かなかった。


「お、坊や。 今日は一人かい?」


お店の馬係りのお兄さんが声をかけてきた。


俺は顔を上げて、少しだけ笑顔を見せた。


「どうした。 怒られたのか?」


馬の柵の中から俺のことを心配そうに見ている。


俺は首を横に振って、何でもないという顔をする。


しばらく黙っていたお兄さんが、俺を手招きした。


「馬に乗ってみるか?」


えっという顔をして彼を見上げる。


「あー、この馬な。 お前のことを気に入ってるらしいんだ」


俺がいつもこの柵にいると近寄って来る、今も帽子をはぐはぐとかじっているこの馬だ。


黒い毛並みがかっこいいので、見るのは好きだ。


「お前さんなら乗せてもいいって、こいつが言ってるぞ」


俺は柵の中に手を伸ばして、その馬にそっと触れた。


ブルルと鼻を鳴らして、その馬は俺に顔を寄せて来る。


俺は心の中で何度も「ありがとう」と言いながら、鼻面を撫でた。




 俺が柵の中に入ると、慌ててクシュトさんが飛んで来た。


やっぱり別れた後もちゃんと見てるんだな。


「ああ、いらしたんですか。 大丈夫ですよ。 この馬はおとなしいんで」


馬係りのお兄さんが、俺をひょいと持ち上げて馬の背に乗せてくれた。


鞍も、手綱もないけど、広い背中に安心して乗っていられた。


馬は動かずにじっとしている。


動くと危ないって知っているんだ。


俺は馬の背中にピトっと引っ付いた。


暖かい、生き物の温もり。 動物の匂い。


そういえばペットとか飼ったことなかったな。


「おい、そろそろいいか。 遅くなると怒られるぞ」


クシュトさんの言葉に俺はゆっくりと顔を上げ、お兄さんに降ろしてもらう。


「ありがとう」と書いた紙を見せると、彼は驚いた顔をした。


俺はクシュトさんに手を引っ張られながら、何度も振り返った。


「お前さんがそんなに馬が好きだとは知らなかったよ」


クシュトさんは「乗馬を教えてやろうか」と言ってくれた。


俺がうれしそうに頷くと、王子がこれ以上忙しくなるのかとうんざりした様子だった。



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