12・王子とペン
それからの俺の毎日は、さらに忙しくなった。
ガストスさんの体力作りと剣術の稽古の上に、実践的な短剣術も教わっている。
畑仕事は早朝と、夕方の二回と、空いた時間におばちゃんたちの料理教室。
週三回、午後は勉強の日。
それ以外の日で週に一回だけ、ほんのわずかな時間、城外に出る。
夕食後は毎晩反省会と魔術の勉強である。
『ケンジ。 お前はどうしてそんなに
過密スケジュールに王子が音を上げている。
「んー。 確かに忙しいのは苦にならないんだよなあ」
やりたいことが多過ぎるんだ。 何て言うのか、遊ぶために仕事してるって感じかな。
それだけじゃない。
これだけのことが出来るのは俺たちが二人だからだ。
「行動力は俺のほうがあるだろうけど、じっくり考えるのは王子がやってくれる」
だからそこまで忙しいとは思えないし、疲れたとも思わない。
俺の善意の押し売りには違いないけど、王子を助けたいから苦労してるんじゃなくて、自分自身も楽しいからだ。
そうしないと続かないと思うし、王子だって迷惑なだけだろう。
王子は最近ずっと魔法紙の研究をしている。
今も三枚あった魔法紙の一枚を折りたたんで八枚くらいの同じ大きさに切って、それぞれに色々なインクを使って文字を書いている。
書き易さを比べているのかと思ったら、違うらしい。
『魔力を通して書くと、消して書き直すということが出来る』
「へえ、じゃあ何枚も用意しなくてもいいんだ」
たまに紙がもったいないと思ってしまうことがあるのだ。
何枚も書けるのは元王子だからであって、庶民はそんな紙の使い方はしない。
使い捨てじゃないなら、紙をバインダーみたいなものに挟んで持ち歩くのも手だな。
今度外に行った時にでも探してみようと思う。
今、王子はインクにも拘っているみたいだ。
『書き易いだけじゃなくて、インクにも魔力が通る物とそうでない物があるんだ』
魔力紙に使うインクにも相性があるらしい。
ここは魔術が発達した世界だから、魔力紙の他にも魔力布や魔力液という物もある。
ほとんどが高価であまり流通していない。
『安く流通している品で魔力を通し易いものがあれば、自分で魔力を込めることが出来る』
魔力紙の説明書や魔導書で調べた結果、王子はそう考えたそうだ。
「そうか!。 じゃあ普通の紙でも魔力を通しやすい紙を探せば自分で魔法紙を作れるんだ」
『いや、私はインクのほうをだな』
「よし!。 今度外へ行ったらそういうのも探してみようぜ」
若干、王子の声が呆れているけど、俺は外へ行くのが毎回楽しみで仕方ない。
明日も外へ出るために、すでに小屋の外には合図の白い布がはためいている。
その日は道具屋を中心に見て回ろうと決めていた。
インクや紙、またはそれらの原料を見たいとあらかじめクシュトさんには頼んである。
いつもの貸し馬車屋の馬のいる柵の前で落ち合う。
待っている間、馬は見ているだけでも面白いので退屈しない。
この世界の馬は、元の世界で見ていたサラブレッドとは程遠い無骨な感じだが、そこがいい。
脚がしっかりしてて、胴体も太くて逞しい。
これぞ働く馬って感じがする。
「馬が珍しいのか?」
お店の人だろうか、急に話しかけられて俺はびっくりしてしまった。
ブルブルと首を横に振って、すぐにクシュトさんの側へ駆けて行った。
クシュトさんはすぐ近くにいたから、きっと俺が馬をうれしそうに見ていたから待っていてくれたんだろう。
「すまんね。 この子は人見知りなんだ」
クシュトさんが代わりに謝ってくれて、俺も横でぺこりと頭を下げた。
知り合い以外から声をかけられたことがなかったから、びっくりして慌ててしまった。
お店の人には失礼なことをしちゃったかな。
「いやいや、こっちこそすまん。 そんなに驚かせるつもりはなかったんだが」
馬の世話をしていたらしいお兄さんはポリポリと頭を掻いてた。
「坊やがあんまり楽しそうに馬を見てるから、俺もついうれしくなっちまって」
俺は、お店の人と馬にニッコリ笑って手を振った。
クシュトさんは俺が迷子にならないように、なるべく分かり易い場所にある店を選んでくれている。
王都は広いが、俺が動き回れる範囲なんて、せいぜい王城付近にある商店街くらいだ。
主要な建物や信頼出来る店はだいたいこの辺りに集中しているそうなので、不便はない。
「ほら、ここが道具屋だ」
立派な建物だ。 入り口にはドアマンというのか、扉を開ける係の男性が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました」
上品なやさしい笑みを浮かべて扉を開けてくれる。
すごい高級店のようだ。
「魔法紙なんて高級品を扱ってる店はそんなにないからな」
あー、俺は元の世界のゲームとかのイメージで、道具屋って何でも屋みたいな感覚だった。
ここでは道具屋は魔道具屋でもあるんだな。 そりゃあ高級品だわ。
クシュトさんが女性の店員さんにだいたいの説明をしてくれて、紙やインクのある場所へ連れてってくれる。
「こちらが最高級品の魔法紙でございます」
うわっ、お婆ちゃん先生がくれた紙だ。 たけえええええ。
王子も俺もびっくりの値段だった。
「この魔法紙は今は亡き宮廷魔術師様がお作りになられた物で、もうこれだけしか残っておりません」
金額が高い理由を教えてくれた。
ああ、あの魔術師の婆さんの作だったのか。
それじゃあ、逆に安い物もあるんだよね。
ということで、そっちへ移動すると、女性店員さんは渋々ついて来た。
「魔術師の皆さまがご愛用されている紙はこちらでございます」
普通の紙に自分で魔力を通す魔術師は多いらしい。
王子が前に出てきて、じっくりと紙を眺める。
そしてクシュトさんの袖をクイッと引っ張って、紙を購入したいと身振りで伝えた。
「あー、すまんが、これとこれを十枚くれ。 うん?、これもか?」
クシュトさんには王子のお金を預けている。
王子は遠慮なく、あれもこれもと指を差していた。
次はインクだ。
魔力液という魔力を帯びた高いインクが並んでいたが、王子は魔力の通り易い普通のインクを探す。
王子がまたあれもこれもと買っている間、俺は鍵のかかったショーケースに入ったモノを見ていた。
(王子、あれ)
俺たちは身体が一つなのだから同じ物を見ているはずなのに、やはり気になるモノは違うようだ。
心行くまで買って落ち着いた王子がショーケースを見た。
それは黒いペンと白いペンで、デザインが同じでペアになっていた。
この世界ではインク壺にペン先を付けて文字を書くのが主流だが、俺たちは王宮でインクが内蔵された魔道具のペンを使っている。
中にインクを入れるため、太くて無骨な物が多い。
でもこれは、今まで見たペンの中では一番ほっそりしていて持ちやすそうだ。
全体的に模様もあまりゴテゴテしていないのも気に入った。
「こちらは最高の職人によって手彫りで作られました最高級品でございます」
女性店員は「さすがお坊ちゃま、お目が高い」と言わんばかりに大袈裟に説明する。
「どちらも貴重な素材を使いまして、ペン先も魔金でございます」
汚れや損傷の予防の魔法陣が刻まれているそうだ。
おまけに紛失しても有り場所が分かる機能付き。
王宮で使ってるペンより高価な魔道具じゃないか。
王子は「誰が買うんだそんなもん」という目で見ているが、俺は必死に王子の財布の中を計算していた。
(何とか買えるか?)
俺はクシュトさんにこれが欲しいと意思を示す。
「おいおい。 これは高すぎるだろう」
俺はメモ帳を取り出す。
「これ、二つとも買ったらお安くなりませんか」
そう書いて店員に見せる。
「ちょ、ちょっとお待ちください」
女性店員は慌てて店の奥へ引っ込んでいく。
「本気か?。 まあ、買えない値段ではないが」
それでも魔法紙よりはるかに高い。
その後、奥から出て来た店主らしい男性と、クシュトさんが交渉することになる。
俺が納得する値段まで下げさせ、二本とも購入することが出来た。
「白いほうを贈り物用に包装していただけませんか?」
そう書いて見せると、店主はニッコリ微笑んで「畏まりました」と答えた。
俺は美しく包装された小さな箱を大事に抱え、黒いペンはポケットに突っ込んで持ち帰った。
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