11・王子とお金


 今日は本当に町に出られるかどうかを知るのが目的だったので、もう帰ろうと思う。


クシュトさんの手を引いて、屋台を見て回る。


俺はお金を持っていないので、クシュトさんから借りてお土産に飴のようなお菓子を買った。


「もういいのか?」


無表情だけど、クシュトさんの目が面白がっている。


俺はニヤリと笑って頷く。


言いたいことは小屋に戻ってからゆっくりと、ね。


 とりあえず待ち合わせした貸し馬車屋の前で別れた。


たぶん後を付けて来るだろうということは分かっている。


護衛だから、最後まで安全を確認したいだろうし。


それでも全然気配はつかめなかった。 さすが影だ。




 小屋に戻った俺は、夕飯の用意にやって来たおばちゃんに「買ってきてもらった」と紙を見せ、お土産を渡す。


「まあ、坊ちゃんから物をもらうなんて」


うん、覚えてたのかな。


この飴みたいなお菓子って、おばちゃんが俺に最初にくれたお菓子なんだよね。


「あの時は本当にありがとうございました」


俺が書いた紙を見て、おばちゃんが驚いている。


 あれから二年。 おばちゃんも俺がどういう状態だったのか、薄々気が付いている。


おばちゃんはちょっと涙目になって俺のことを抱き締めた。


「本当に、大きく、なって、ぐすっ」


あの頃は痩せてギスギスだったから、俺から見ても小さく見えたんだよね。


町中で見回してて分かったけど、俺の年齢でこの体格ってやっぱり小柄なんだ。


どこへ行っても「小さい子」扱いだし。


おそらく何らかの薬とか、幼い頃の栄養状態が悪かったのも関係あるんだろう。


「がんばってたくさん食べて大きくなります」


って書いたらおばちゃんだけじゃなくて、ガストスさんや庭師のお爺ちゃんにも笑われた。




 その日の夜は珍しく地下へは行かずに寝てしまった。


やっぱり気が張っていたんだろう。 前日に眠れなかったせいかな。


だから、王子と俺の反省会は翌日の夜になった。


「王子。 どうだった?、楽しかっただろ」


俺がそう言うと、王子はまだ気乗りしないままだった。


『うーん、まあ。 でも落ち着かないっていうか、バレたらどうしようってそれが怖くて』


あはははと俺は笑う。


「バレたって連れ戻されるだけだって。 心配なのは攫われて売られたり、いちゃもんを付けられて痛めつけられることかな」


『攫われるって……』


余計に王子を怖がらせてしまった。


だけど、そこは影のお爺さんが何とかしてくれると思う。

 

「この調子で町中を調べていって、俺たちでも出来る仕事を探そう」


何にしてもお金は必要なんだ。




「そういえば、王子の資産ってどうなってるの?」


『資産?』


「うん。 お小遣いとか貯金とか?」


『そんなものは無い』


病人でベッドから動けなかったから仕方ないのか。


「必要な物があったらどうするの?。 例えば、アリセイラ姫に贈り物がしたいとか」


『従者に言えば用意してくれる』


「うん、そうだね。 で、その品の代金はどこから出るの?」


二人でウーンと考え込んでしまった。


俺はこの世界のことは良く分からない。


しかも王族の金銭感覚なんてものは理解出来ない。


『誰かが管理しているのか。 もしくは本当に無いのか、のどっちかだろう』


王子は冷めたような口調で言った。


「そうかー。 今度、宰相様が来た時にでも聞いてみようか」


最悪、あの三人が管理していて、すでに食いつぶしていることも考えられた。


なんにせよ、俺はクシュトさんに借りた金を返さないといけない。




 次の勉強の日。


俺はお婆ちゃん先生に「宰相様に相談があります」と書いた紙を見せた。


知り合いの中で宰相様に一番近いのがこの人なんだよね。


「分かりました。 すぐにお声をかけておきますよ」


「ありがとうございます」の紙を見せ、お婆ちゃん先生にもお土産を渡した。


「まあ、ありがとう。 これ、大通りの貸し馬車屋さん近くの青い看板のお店のやつね」


「はい」という紙を出して、俺はハッとした。


「買ってきてもらいました」と慌てて書いたが、きっとバレたな。


お婆ちゃんの目が何だか生温かい気がする。


ええい、笑って誤魔化すしかないや。 あははは。


 次の勉強の日にお婆ちゃん先生と一緒に宰相様がやって来た。


おばちゃんたちにお茶を出してもらってすぐにオーレンス宰相様は口を開いた。


「私に用事があるとか」


忙しくて早く済ませたいという雰囲気がバリバリ出ている。


「お忙しいところ、お呼びしてすみません」


と書いて、すぐに次の紙を見せる。


「実は私の資産のことを伺いたいのです」


「ほお?」


宰相様は片眉をピクリと上げた。


「妹のアリセイラ姫に何か贈り物をと思ったのですが」


完全に作り話である。


「自分のお金というものが、あるのかどうかさえ知らないことに気づきました」


この辺りの文章は昨日の夜に書いて用意していた。


「なるほど」


宰相様と先生が揃ってお茶を飲む。


やっぱり生温かい目で見られてる気がする。


「そういえば、他の王子様方にはお小遣いを差し上げていますが、ケイネスティ様にはまだでしたね」


何も言わないから必要ないと思われていたようだ。


まあそれはそうだね、間違ってはいない。


 白髭の宰相様はガサリと重そうな小袋を出して来た。


懐から出したということは用意してきたということだ。


うわあ、どこまでバレてるんだろう。 少し心配になってきた。


「ありがとうございます」と書いた紙を出したが、そのまま素直には渡してくれなかった。




「いいですか、ケイネスティ様」


宰相様は声を落として、ぐっとすごんで見せた。


「絶対に、一人で城外へは出てはなりません」


俺は目を逸らしたが、宰相様はじっと俺を見ている。


大丈夫だと思うよ。


優秀な影のお爺さんが付いてるし、一人では俺だって怖くて行けない。


「アリセイラ様への贈り物だとしても、ご自分で店へ行かれるのではなく、呼べばいいのです。


店もご紹介いたしますし、ご希望を伝えれば、取り揃えて持って来る者はいくらでもおります」


この辺がお金持ちの感覚だよね。 俺には思いつかないや。


「よろしいですね」


事前に書いた紙ではなく、俺が「はい、分かりました」と目の前で書くまで、ずっと睨みつけていた。




 翌朝、朝食もそこそこに、また宰相様がやって来た。


「それで、ケイネスティ様のご資産のほうですが」


王子がゴクリと唾を飲んだのが分かった。


「父親である国王陛下が管理されております。 何か必要な物があればお渡しすると仰っておられます」


そう言って、一覧表のような物をくれた。


 俺も王子も目が点になった。


そこには様々な品物が書かれている。


家具などの調度品から、宝飾品、武器や防具の装備品などなど。 加えて現金も半端ない。


「それらは、陛下が国王になられる以前に奥方様と共に作られた資産であると伺っています」 


母親が亡くなった今、それを継ぐのはケイネスティしかいない。


国王はもう私人ではないからだ。


 しかし、今これらを王子に渡すわけにもいかない。 それくらい莫大な資産なのだ。


ケイネスティが財力を持つことは、国王以外の王族や官僚たちが黙っていない。


それこそ、母親に呪いをかけるような者たちなら尚更だ。


俺は金額が大きすぎて何が何だか分からない。 目の前がクラクラしている。


咄嗟に王子が前に出て「これだけ分かれば結構です」と紙に書いた。




 宰相様が帰った後、俺はガストスさんにクシュトさんにお金を返したいと話した。


俺の懐は今ホカホカと暖かいんだぜ。


ニコニコしている俺を見てガストスさんがため息を吐く。


「坊。 今まで金、持ったことないんだろ」


「てへっ」と書いた紙を出す。


元の世界でも、俺が一人で買い物をしたのは病院の売店ぐらいだ。


こくんと頷くと、ガストスさんは俺の頭をガシガシと撫でる。


やっぱり十三歳になっても背丈が爺さんの肩までしかないのは小さいと思う。


「クシュトの金は親からもらった物じゃねえ」


あ、と俺は気がついた。


「私も自分で稼いだお金で返さなければいけませんね」


そう書いて見せた俺とガストスさんは笑い合った。


それを見ていた庭師のお爺ちゃんが、ため息を吐く。


「おい、ガストス。 そんなことを坊主に言ってええのか」


ガストスさんは自分で俺が外に稼ぎに行っても良いと認めてしまったことに気づいた。


「がんばります」と笑顔で書いた紙を見せると、ガストスさんはガックリと項垂れた。



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