10・王子と影


 城壁の件はガストスさんにも内緒だということになった。


ちょっと悪いことをしているようで気になったが、


『どうせガストスさんなら知ってるんじゃないかな』


と王子が言うので、そんなものかなと思った。


 どうやらガストスさんは元近衛兵らしい。


「近衛兵ってことは王族に一番近い護衛だよね」


『そうだ』


「じゃあ、知ってても不思議じゃないね」


と俺は納得して、気にしないことにした。


 夕食に戻って来たガストスさんは、いつもよりずっと口数が少なくなっていた。


「どうしたの?」と書いた紙を見せると、何でもないと笑った。


夕食後、俺が地下へ降りようとしていると、珍しく声をかけて来た。


「坊。 あとでちょっと客が来る」


俺はたぶんガストスさんの客だろうと思って軽く頷いた。




 その夜、遅くなってそろそろ寝ようと思っていた頃、ガストスさんが地下の部屋に入って来た。


「坊。 今いいか?」


「はい」と書いた紙を掲げる。


ガストスさんがソファに座ると、誰もいなかったはずの場所に黒い服を着たお爺さんがいた。


俺が驚いて飛びあがると、ガストスさんは小さく笑った。


「坊でも驚くか。 心配するな、こいつはわしの友達だ」


ガストスさんが手招きをして、黒いお爺さんを隣に座らせた。


「こいつはクシュトだ。 長く諜報の仕事をしてるやつでな」


王子がビクッとしたのが分かった。


諜報といえば暗殺やスパイってやつだもんな。


「以前、お会いしました」


俺がその紙を見せると、クシュトさんは少しだけニヤリとした。


二年前、妹のアリセイラに渡したメモを見て俺の部屋に来た影の男。


おそらくそれがこのお爺さんだろうと思った。


「なんだ、知り合いか」


ガストスさんはそう言ったけど、そこまで知り合いじゃあないよ。




「それでな、坊。 町へ出たいんだったらこいつを連れて行け」


元近衛兵のガストスさんも庭師のお爺ちゃんも、そう簡単に外へは出られないし、俺が一緒だと余計目立つ。


「分かりました。 いつなら行けますか?」


俺が書いた紙を見せると、クシュトさんは面白そうにそれを見ていた。


「あの時は暗くてはっきりとは見えなかったが、そうか、こういうのを使っているのか」


黒い服のクシュトさんは、服のせいなのかずんぐりとした体形に見える。


だけどきっと変装するんだろうなと思うと、俺は少し楽しみになった。


「坊。 どうやって外に出るんだ?。 わしらが一緒でも坊は外へは出せんぞ」


「教えられませんが、抜け道があります。


だからクシュトさんとは城壁の外で落ち合いたいです」


と書いた紙を見せる。


二人のお爺さんは驚いた顔をしていたが、きっと抜け道は知っているんだろう。


すぐに「分かった」と答えてくれた。


「外へ出る日はそっちで決めてくれ。 小屋の屋根に白い布を巻いておけばいい。


その翌日の、そうだな、時間は午後のほうがいいだろう」


「はい。 では勉強のない日の昼食後にします。 城壁の外で会いましょう」


庭師のお爺ちゃんに作ってもらった待ち合わせ用の地図を渡す。


とりあえず一度、やってみることにした。


「しくじるなよ」


黒いお爺さんがニヤニヤと笑う。


王子はビビッて出て来ないが、俺は対抗してニヤリとした笑顔を返した。




 一週間はこの世界でも七日だ。


ただし働いている人たちに明確な日曜日という休日は無い。


ほぼ毎日が仕事で、結構適当に休む。 他と合わせるなんてことはないらしい。


 週に三回の勉強の日。 それ以外の日は、それから二日後だった。


俺は楽しみ過ぎて、何を持って行こうか、などと小学生の遠足の気分でなかなか眠れない。


 庭師のお爺ちゃんが庶民用の服とか、帽子まで用意してくれた。


それをボロく見える布にくるんで、鉄格子のところまで移動する。


茂みの中に隠れて着替え、鉄格子を静かに外して塀の中に入り、鉄格子を戻す。


城壁の厚みは結構あるので、排水溝は浅いが少し水に足を濡らせて歩くことになる。


出口には鉄格子は無く、そのまま明るい町の中に出る。 その前に人目が無いかを確認。


城壁に沿って流れる川は小さいが流れが速いので気を付けて渡る。


そこから真っ直ぐに大通りのほうへ出るが、キョロキョロしない。


何度も頭の中で流れを確認する。




「ふう、大丈夫かな」


『失敗しても知らないぞ』


王子はどちらかというと反対らしい。


「王子。 ここにじっとしててもいつかは死んでしまうんだ。


やれるならやってみようよ」


見つかって連れ戻されても、またここに戻ってくるだけだ。


何もしないうちに他の人に迷惑になるとか考えても仕方がない。


ガストスさんと庭師のお爺ちゃんなら、俺に何かあってもきっと笑ってくれる。


おばちゃんたちとお婆ちゃん先生には絶対に内緒にしておく。


心配させちゃうからね。


『そんなものなのか』


「うん、女性の心配性を甘くみちゃいけないんだぜ」


あとですごく厄介なんだからと俺は王子に教えておいた。


俺の元の世界の姉がものすごい心配性で、後でなだめるのがすごく邪魔臭い人だった。


とにかく俺は初めてワクワクして眠れない夜を過ごした。




 翌日の午後。


俺は計画通りに町の中にいた。


王子は人の多さに驚いていたが、俺はこれくらいの人混みは知っている。


(目印はっと)


大通りに出た角で少しキョロキョロしてしまう。


何せ初めて町に出たから、実際にどこに何があるのか見ないと分からない。


(あ、あれだ)


すぐ向かいの角に馬の絵を看板にした貸し馬車屋がある。


男の子だから馬を見に来たという顔で待ち合わせだ。


(おー、やっぱ本物はデカいな)


俺はニコニコと柵の外から馬を見ていた。


馬は、見慣れない俺に初めは警戒していたが、少し様子を見ていたら近寄って来た。


俺は怖くて手は出さなかったけど、馬のほうから鼻面を寄せて来た。


(あはは、くすぐったい)


帽子を取られそうになり、慌てて抑えながらその場を離れる。




「よお、待たせたな」


クシュトさんが目立たない服装で声をかけてきた。 しゅっとした体形になっている。


俺は大丈夫と片手を上げて近寄る。


 町の中では筆談は出来ないので、身振り手振りになる。


それでもすでに予定は決めてあるので、返事は待たずにどんどん進んでもらう。


「ほらよ。 ここが何でも屋だ」


地方から出て来る者も多い王都ではお金が足りなくなった人のために、金貸しが存在する。


何でも屋は何でも引き取ってお金と交換してくれる、質屋かリサイクルショップみたいなものだ。


 俺はクシュトさんに一緒に店に入ってもらって、周りを見回す。


どんな物を買い取っているのか、売っている物で使えそうな物がないかを調べていた。


店の隅々まで見ていると店員が寄って来た。


やはり育ちの良さそうなボンボンと付き添いに見えるのだろう。


「本日は何をお探しでしょうか?」


「ああ、構わんでくれ。 坊ちゃんがこういう店を見たいというので連れて来ただけだ」


相手がそう思っているのなら、そう思わせてしまうのが一番楽なのだ。


正直、売っている物にたいした物は無い。


買い取りのカウンターをチラリと見ると、若い男性が安く買い叩かれて文句を言っている。


「お客さん、いくらで買ったかはここでは関係ありませんよ」


やはり俺の元の世界の商売とそんなに変わらないようだ。


まあ俺の知識なんてTVドラマかなんかで見たくらいだけどね。


もういいや、とクシュトさんの顔を見て一つ頷き、外に出る。




 次の場所へ移動する。


大通りを少し外れた場所に小さな看板が出ている。


仕事にあぶれた人たちに仕事を斡旋する店だ。


壁に張り出された仕事は、日雇い人夫から大店の店員まで様々な仕事が紹介されている。


 俺は気軽にあちこち見て回っているが、クシュトさんは俺が常に周りから注目されないように動いている。


斡旋所は朝が非常に混むそうで、今は午後なので、あまり店内に人はいない。


「何か気になるものがございましたでしょうか。 それともご依頼でしょうか?」


受付にいたお姉さんがわざわざこちらに来た。


クシュトさんが誰かと話をしている時は側を離れないようにと言われている。


俺はクシュトさんの背中に隠れるように立った。


「いや、今度そのような必要があるかも知れないので一度見学に来てみたんだよ」


お姉さんはニコニコしながら「お茶でもどうぞ」と奥へ誘ってきた。


「いやいや、こいつがいるからまた今度にしよう」


そう言って俺の頭をグリグリ撫でた。


俺はもういいよと頷いて合図を送る。


クシュトさんはお姉さんに手を振ってその店を出た。


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