9・王子と誕生日


 それから数か月して、秋に入ったある日。


朝起きるといつもの食卓に何やら俺の腕ほどの大きさの、長方形の木箱が置かれていた。


「これは何ですか?」


とガストスさんに紙を見せると、ちょっと照れたように笑った。


「いやあ、坊の誕生日だからな」


その日はどうやら王子の十三歳の誕生日だったようだ。


王子にしてみれば母親の命日でもある。


「王子は日頃がんばってるからな。 これからは追悼も誕生祝いも一緒にやろうかなと」


今まではどちらも微妙な感じがして、やらなかったそうだ。


俺は「ありがとうございます」の紙を見せる。


朝食をとっていると、庭師のお爺ちゃんが見事な白い花を持ってきてくれて、


「坊主のお母さんの供養にと思ってな」


そう言って、大きな花瓶に飾ってくれた。


 王子の記憶にさえエルフだったという母親の姿はない。


ただ王宮のどこかにその絵姿があるそうだ。


「おそらく国王様がしっかり隠していらっしゃると思うぞ」


俺はうんうんと頷いて、涙の溜まった瞳を閉じる。


「坊主が元気なのが、お母さんへの一番の供養だしな」


庭師のお爺ちゃんが頭をこれでもかっていうくらいガシガシと撫でてきた。


俺と王子はただうんうん頷いていた。


「王子、皆良い人たちだね」


『ああ』




 ガストスさんのくれた箱には、素朴なデザインのナイフよりも大ぶりな短剣が入っていた。


「見かけはちょっとアレだが、使い易いぞ」


「ありがとう」という紙を投げ出して、思わずその短剣を手に取る。


初めての武器だ。 うれしくてうれしくて撫でまわす。


今まで危ないモノは持たせてもらえなかったのだ。


「今日からはそいつの扱い方も教えるからな」


「はい」と紙を高く掲げる。


ガストスさんの稽古はより実践的になっていった。




 午後から来たお婆ちゃん先生にもプレゼントをもらってしまった。


「魔法紙というのだそうです」


うわあと王子はそれを見て歓喜した。 かなり高価な品物らしく三枚しかない。


それでもこんな物があるということが分かって、王子ともども俺もワクワクが止まらない。


これで魔法陣を書くとどうなるんだろう。


俺が紙を眺め透かしていると、先生は説明書のような物をくれた。


「ケイネスティ様が魔法でご苦労されていると聞きまして。 使い方を調べたものがこちらです」


「ありがとうございます」と書いた紙と共に深く礼をする。




 そこへおばちゃんたちがやって来た。


「坊ちゃん。 これが私らからの贈り物だよ!」


大きなケーキだ。


生クリームみたいのが付いてるケーキはこの世界に来て初めて見る。


「王都でも有名な菓子店があってね。 そこのは高くて買えないから自分たちで真似て作ってみたんだ」


二段のケーキに生クリームと季節の果物が飾られていた。


切り分けてもらって、恐る恐る味を見る。


「甘い!、美味しい!、ありがとう!」


俺は三枚の紙を持っておばちゃんに抱き付いた。


涙が止まらなかった。


 元の世界でも甘い物はあまり食べさせてもらえなかった。


健康になった今だからこそ感じる甘味だ。


ぐずぐず鼻水を垂らしながら食べたケーキは、今までのどんな料理より美味しかった。


何故かお爺ちゃんたちもおばちゃんたちも、先生まで涙を浮かべながら皆で食べた。




 その夜、俺はいつも通り地下の部屋にいた。


ふかふかのソファにごろんと転がって、王子は昼間もらった魔法紙の説明書きを熱心に読んでいた。


「なあ、王子様」


『うん?』


俺は今まで、俺が王子としてしたいことで頭がいっぱいだった。


「王子は将来どうしたいんだ?」


『どうって?』


「例えばさ、何かやりたいこととか、どんな仕事がしたいとか」


『……それって選べるのかな、私は』


「んーむ」


微妙なところだ。


十三歳になった王子は成人まであと二年だ。


二年後の秋までには城から出ていなければならない。


成人したケイネスティ王子が、この城にいると命の危険がある。


「まず、この王城から出なくちゃ」


健康になった今の身体なら、少なくとも野垂れ死にはしないと思う。


『何をどうすればいいの?』


まず必要なのは協力者。 城の外でも動けるようにならないといけない。


そのためにも城の外で、自分でお金を稼ぐ手段がいる。


俺はその辺を聞いてみるために、ガストスさん宛の質問をメモ帳に書いていく。


あと二年。 間に合うかどうかは分からないけど、今までやって来たことは無駄にはならないはずだ。


「これからも二人でがんばっていこうな」


王子からの返事は無かった。




 翌日、短剣の稽古の後、ガストスさんに「相談したいことがあります」って書いた紙を見せた。


「なんだって!。 町へ出たいってか」


ガストスさんは眉を寄せて考え込んでしまった。


「むう、坊も十三だしな。 そうかー、そうだなあ」


お昼になって小屋に戻ると、「ちょっと出かけて来る」と言って王宮のほうへ行ってしまった。


 代わりに来た庭師のお爺ちゃんと、庭の隅っこで落ち葉を掃きながら待つことになった。


「なんか悪さしたんか、坊主。 ガストスの野郎がやけに難しい顔してやがったが」


俺はこの世界で見つけたサツマイモみたいな芋を二つ、小屋の台所から持って来た。


魔法陣で水を入れた桶もしっかりと用意して、魔法陣を片手に持ち、落ち葉の山に火を付ける。


「城の外が見たいと言いました」と書いた紙を見せる。


「そうかあ」


落ち葉の火が消えるまで煙と戦う。


小さな風の魔法陣であっちいけーと風を操る。


「坊主も大きくなったもんなあ。 あんのガリガリがここまでたくましくなるとはなあ」


そう言ってお爺ちゃんはしんみりする。


まだくすぶる焚火の灰に良く洗った芋を入れる。


元の世界で病院の中庭の主になっていた頃、警備のおじさんたちと良く焼き芋やったんだよね。


芋はゆっくり焼く方が良い。


一時間ほどかかるけど、取り出した芋は柔らかくて甘かった。


庭師のお爺ちゃんと二人で焚火を片付けながら食べた。


「うまかったぞ、坊主。 何かお礼せにゃならんな」


俺は首を振って「お爺ちゃんにはいつもお花とかもらってるから」と書いた紙を見せる。


「まあ、いいから。 ついておいで」


そう言って庭師のお爺ちゃんは歩き出した。




 俺たちのいる小屋は、王宮の敷地の隅にある。


それは王城の城壁に近いということだ。


大きな石で築かれた塀は高く、大人の背丈の倍以上はある。


その城壁を伝って歩いていると、ふいに庭師のお爺ちゃんが足を止めた。


「坊主、見えるか?」


お爺ちゃんが空を見上げるように城壁の上を見る。


そこには城の見張り台があった。


その真下に切り取られた箇所があり、小さな水の流れが見える。


お爺ちゃんはそこにしゃがみこんだ。


「警備の真下だから、上からは見えん。 ほれ、ここだ」


城壁の下を通る半円に切り取られた壁部分に鉄格子がはめられている。


この周りには低い木が多く、少し枝が伸びて見えにくくなっていた。


ゴトリ。


庭師のお爺ちゃんは鉄格子を一本外して見せた。


「ここから出入りする時はなあ、必ず着替えも持ってきて、ここに置いとくとええんだ」


俺は何度も頷いた。


 そして一度小屋へ戻って、あの城壁の向こうがどうなっているかを教えてもらった。


あれは城の池からの排水溝で、城壁に沿って流れている小川と合流する場所らしい。


「あの城壁から出たところは商店街の裏じゃ。 あんまり汚い格好じゃうろつけん」


それに夜のほうが警備が厳しいので、出るなら昼間のほうがいいそうだ。


「川から出る時に誰かに見られたら川に落ちたって言えばええ」


「ありがとう、お爺ちゃん」


俺は何度もその紙を出した。


『王宮にもあんなところがあったのか』


王子は何だかポカンとしていた。




 それからしばらくの間、庭師のお爺ちゃんの話を聞いていた。


「王宮で働くっちゅうのはそりゃあ名誉なこった。 だが堅苦しくていけねえ」


腕を見込まれて親方と良く王宮の庭に来ていたらしい。


「あそこを見つけたのは、まあ偶然じゃが」


誰にも言うなよと、お爺ちゃんは声を潜めた。


「今の国王陛下がガキの頃に出入りしとったんじゃ」


そこにちょうど居合わせて、見つけてしまったと教えてくれた。


何でも王族で代々引き継がれて来た場所らしい。


「おかげで秘密を知っちまったから、王宮の仕事から外してもらえなくなってなあ」


ガハハハと笑う。 俺も一緒になって笑った。


「今の王子様方には教えてはおらんようだが、まあ、抜け出すようなやんちゃ王子もおらんのだろう」


それは何だかもったいない気がした。


『ケンジ。 間違ってもアリセイラには教えないでくれよ?』


あ、バレた。 こういう時、一心同体は困るよね。



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