6・王子と血


「そんなの買収とかしたら勝手に決められるんじゃないか」と心の中で思ってたら、


『神の前でそんなことをしたら、その本人に神罰が下るよ』


と王子から言われた。


『だいたい後ろ暗い者は祈祷室には近寄らないから』


それなら少しは安心なのかな。


 俺が黙っていると、大きなゴツゴツした手が頭をぐらんぐらん揺らしてきた。


「まあ、国王は余程のことがなきゃ祈祷室には入らねえし、そう簡単に交代なんぞ出来ん」


後継者がきちんと決まっていないと国が混乱するからだ。


俺はもう一枚急いで書き始めた。


「私はどんな『祝福』をもらったのでしょう」


ガストスさんは驚いた顔を隠すようにそっぽを向いた。


「わしは知らん。 もう寝る」


それだけ言うと席を立って部屋を出て行ってしまった。




 その夜、俺と王子は地下の部屋で、相変わらず魔術の勉強をしていた。


小さい幻影の魔術師は結構厳しくて、俺はいつも指をチクチクやられている。


でも今日はあんまりそれも痛いと思わなかった。


『ケンジ。 今日はもう止めよう』


「いや、大丈夫だよ。 もう少し」


王子がため息を吐いたのが分かった。


『君は頑固だな。 さっきから少しも進んでいない』


「う、ごめん」


俺は諦めてペンを置いた。


小さな魔術師はペシペシと俺の手の甲を叩きながら、それでも今日はもういいよと魔導書の中へ消えていった。




 俺と王子は心が繋がっている。 一つの身体に二つの心。


その二つある心が気力となって死にかけていた王子を生き長らえさせているのだ。


 王子はいつも心の中の白い部屋で、隅っこにぼんやりと座って俺のやることを見ている。


魔術の勉強だけは興味があるみたいで、俺のすぐ横で一緒に本を覗き込んでいた。


『気になっているのは、神様の祝福の件か?』


「うん。 何か知ってるの?」


王子は首を横に振った。


『私は、まだ祈祷室には入ったことがない』


「そ、そうなんだ」


産まれた時から呪いで声を失っていた王子。


だけど、王子のこの身体には確かに魔力が豊富な王族の血が流れている。


そのお陰で俺はこの身体に寄生させてもらえているんだし。


『でも、おそらくもうすぐ祈祷室に入ることになるよ』


「ん、どうして?」


王子はいつもの暗い顔をいっそう暗くして俺を見た。




 今までは王子付きのあの三人が、寝込んでいるから祈祷室まで行くことも出来ないと断っていたそうだ。


でも、ここまで元気になると病気を理由にして、祈祷室に入るのを止めることは出来ない。


『神の前に出ることは、この国の民の義務になっているから』


王族ではないとしても国民であることには変わりがない。


『神託で王族だと認められたら、私はおそらく命を狙われるだろうね』


呪いなんてちまちましたものではなく、もっと直接的に。


『王宮の者たちは、私が祈祷室に入れないまま死んでくれたら良いと思っている』


「え、そんな馬鹿な」


国王は神託で交代させられたりすると聞いた。 そのためには王族は交代用に何人か必要なはずだ。


『声を出すことが出来ない私は、王族としては不足だと思われている』


「声が出せないからだなんて!。 今みたいに紙に書いて意思を伝えられるじゃないか」


王子は苦笑して首を横に振る。


『ケンジ。 君はこの国のことを勉強して、他国との関係をどう思った?』


「うーん。 かなり微妙だと思うよ」


『微妙な関係、ということは、いつでも戦争の可能性があるということだ』


「あ」


『国民の先頭に立って戦えない王子など、国は必要としていないんだよ』




 王子のいるアブシースという国は、北にイトーシオ王国、南にデリークト公国、東に魔獣の山、西に海という地形だ。


 アブシースの王都は海に面しており海上交易もしている。


広大で豊かな穀倉地帯も有る、人族中心の国だ。


 南のデリークトも大きな港を持ち交易はあるが、亜人と呼ばれる獣人やエルフなど人族以外も多い。


そのためアブシースの者はあまり積極的に交流しない。


 北のイトーシオは軍事国家だ。 厳しい雪山に閉ざされた国で海が無い。


鉱業が盛んでドワーフ族を保護しており、人族とドワーフが共存した国を築いている。


こちらの国とも交易はしつつも積極的には交流していない。



 

 ファンタジーぽい名称がいっぱい出てきて、俺はドキドキした。


「やっぱりエルフとかドワーフとかいるんだ」


『ああ。 ケンジは亜人のことはどう思う?』


「え?。 そりゃあ、興味あるし、会いたいって思うよ」


 イトーシオはドワーフとは対等な関係を築き、そういう意味ではうまくいっている国だ。


『南のデリークトは亜人を奴隷のように扱っていると聞いた』


そこまではお婆ちゃん先生は教えてくれなかった。


「そうなんだ。 でも俺はエルフとかドワーフとか獣人とか、ぜひ会ってみたい」


目を輝かせてそう言うと、王子は驚いて目を見張った。


「王子は亜人を嫌いなの?」


俺は、黙っている王子を睨んだ。


『いや……』


王子は顔を背けた。


俺は回り込んで、その顔を覗き込んだ。


「じゃ、なに?」


王子は言いにくそうにしていたが、俺がしつこく迫ったらようやく閉ざしていた口を開いた。


『私の母上はエルフなんだ』


「はあ?」


エルフの血を引く王子を、俺はジロジロと上から下まで見回した。


「うっわ、ずるいわー。 だからこんなにかっこいいんだー」


金髪緑眼。 白い肌。 耳は尖ってないけど、どこか中性的な整った顔立ち。


あのガリガリだった子供は一年ほどの間に人並な体形になった。


どこからどう見ても美少年だ。


「あ!。 じゃあ、お母さんが王宮の奥に閉じ込められたのはエルフだったから?」


王子はさっと顔を曇らせて、小さく頷いた。


『たぶん、そうだと思う』


どうやら王子が命を狙われているのも、それに関係がありそうだった。


純粋な人族ではないから王族とは認めない。


俺は、改めてこの国が嫌いになった。




 魔術の練習は順調とは言えない状態だ。


何せ俺が呪文を覚えられない。


「俺、英語とか苦手だったしなあ」


小学校四年生の時に発病し、それ以降はあまり学校へ行けていない。


たまに通える状態になっても周りの勉強についていけなかった。


特に中学生になってからは周りがほとんど受験体制で、俺なんか誰にも見向きもされなかった。


病院の中には長期入院の子供対象の学級もあったが、それもあまり身が入らなかった。


年齢もバラバラだし、勉強のレベルも学校とはだいぶ違っていたからだ。


高校は通信制を選んで、病院の中で勉強していることが多かったが、元々勉強は好きじゃない。


『英語、とは何だ?』


黙って俺の愚痴を聞いていた王子が、珍しく興味を示してきた。


「簡単に言えば他国の言葉だよ。 普段使わない言葉だからなかなか覚えられなくてさ」


『ふうん』


この世界では魔術の発達のおかげで、他国の文字や言葉でも理解出来るようになっている。


もちろん俺が文字を書く時は王子が自然にやってくれる。


『もっとケンジには厳しくしなきゃだめなのかな』


「おいおい、やめてよー」


そう言いながら目の前の魔導書を必死に読む。




 この国の魔法は呪文を唱えると魔法陣が浮かび上がり、それに魔力を通すことにより魔法が発動する。


「でも、俺が最初に発動させた魔法陣は、魔術師の婆さんがもう作ってあったんだよな」


俺は魔導書に書いてある魔法陣を紙に書いてみる。


 まず二重の円がある。


二重円の外と内円の真ん中に様々な模様があり、これは魔法の種別や方向などを示している。


呪文を唱えると、二重円の間にその呪文が文字となって浮かび上がり、魔法陣として完成するのだ。


俺たちは声で唱える代わりに、呪文を文字で正確に書かなければならない。


「文字、か」


俺は紙に二重円を描き、その中に王子の知識で呪文を書いていく。


それを王子に見せ、間違いないかを確認してもらう。


俺はそれをじっと見つめる。


「文字じゃなくて、こういう図形だって思えば覚えられそうな気がするんだがなあ」


『それだと長い呪文を覚えるのに時間がかかりそうだけど?』


「うん、まあ。 そうだよなあ」


メモ帳に、次から次から魔法陣を書いていく。 俺が使う魔法なんて、どうせそんなに多くない。


この魔法陣を持ち歩いて、いざという時に発動するっていうのはどうだろう。


『それは、やってみないと分からないな』


やっぱり王子は魔法に対しては興味があるんだよね。


「やってみようぜ」


俺の行動を見ているだけの王子を、外でも引っ張り出せたらいいなと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る