5・王子と祝福


 それまでの俺は、昼前は体力作りと剣術の稽古。


その合間に畑仕事と料理や食材の研究。


夜は地下室で魔術の勉強というスケジュールだった。


それに週三回、午後に王宮から女性教師が来て、地理や社会系の勉強をするのが加わった。


その教師も王立学校の教員をすでに引退した老婦人だった。


最初は宰相様が送り込んで来たスパイかも知れないと警戒していた。


でも付き合ってみると、勉強は厳しいけど、ごく普通のやさしいお婆ちゃんだった。


 半年ほどが過ぎた頃、だいぶ慣れてきたので最近はお茶の時間も一緒に過ごすようになっている。


勉強の合間に俺が自分の畑で作った野菜なんかを見せると、目を細めて喜んでくれる。


調子に乗って護衛のガストスさんや庭師のお爺ちゃん、出入りしているおばちゃん連中まで一緒にお茶に呼んだ。


「へえー、偉い先生なんだねえ」


おばちゃんは手作りのお菓子をふるまってくれる。


「いえいえ、そんなことはありません。 それに最近では若い人たちに頭が固いと言われてしまいます」


先生は少し寂しそうな顔をした。


「そりゃあしょうがねえよ。 わしらだって人間だ。 いつまでも若くはねえ」


「そうだな。 体力だって下がる一方だ。 だけどまだまだ若いもんにゃあ負けねえぞ」


「俺もだ」


ガストスさんと庭師のお爺ちゃんは陽に焼けた顔を見合わせて笑った。


この二人なら力だけじゃなく、技術や知恵で相手をやり込めそうだな。




 二人っきりに戻った時、先生が難しい顔をしていた。


「先生。 何か問題がありましたか?」と紙に書いて見せる。


王宮から見えない位置にあるとはいえ、畑とか内緒だし、おばちゃん連中も基本出入りは禁止だった。


問題大有りだったことに気づいて、俺は頭を抱えた。


「巻き込んでごめんなさい」と紙に書く。


「いいえ、ケイネスティ様。 あの人たちは決してあなたを裏切るようなことはないでしょう」


自分もです、と微笑んでくれた。


「ですが、ご紹介いただいた方々を見て、ふと思ったのですが」


女性教師の顔は少し曇っていた。


「こう言っては語弊があるかも知れませんが、どうも人選に偏りがあるように思います。


普通、高貴な血を引いていらっしゃるお子様には優秀な若い従者が付くものです。


それに引退されたということは、皆さんもう十分なお仕事が出来ないと判断されたということですし」


この先生は俺のことを心配してくれているのだろう。


「宰相様にお願いして、私などではなく、もっと年齢も近くて、話も合って、優秀で元気な若者を」


俺は首を横に振った。


そしてメモ帳に自分の言いたいことをがんばって書いた。


何度も考えながら、直しながら、何とか分かってもらえるように書いた。


書いている間、先生も待っていてくれた。


 その紙を見せると、先生はしばらく考え込んでいた。


「そうですね。 お年寄りにもそれなりに良い所があると。


病み上がりのケイネスティ様に、ゆっくりと納得できるまで指導するには老練な指導者が良いのかも知れませんね」


俺は「はい」と書いた紙を頭上に高く持ち上げる。


お婆ちゃん先生は微笑んでくれた。


 王宮にいる同じ年頃の若者が側にいても、俺はきっと友達にはなれないだろう。


何故なら、親や年上の者に脅されたり、唆されたりする恐れがある子供は信用出来ないからだ。


それよりもこうして孫のようにかわいがってくれるお爺ちゃん、おばちゃんたちのほうが俺は安心できる。


だって、俺は王宮内のお偉い人たちに認められたいわけじゃない。


俺は、俺の中にいる王子を助けたいだけなんだ。




 その夜、俺はいつものように地下の部室にいた。


この世界に来てもう一年半が過ぎた。 王子は相変わらず俺と共有の心の隅っこにひっそりと座っている。


それでも最近は口を出してくることも多くなってきた。


主に魔術に関してはどうしても言いたくなるようだ。


「ここをこうして、こーやって」


魔導書の指示で今やってるのは基本的な呪文を覚えることだ。


小さな魔術師がペシペシと杖を片手に睨んでいる。 間違えるとその杖でチクっと指先を刺される。


指先ってのは神経がいっぱい走ってるから地味に痛いんだ。


『ケンジ、違う。 こーだ』


「おー、ほんとだ。 やっぱ王子は天才だな」


俺はどうしても考えるより先に感情で動いてしまうタイプで、魔術に関してはじっくり考えるタイプの王子に頼る傾向がある。


『それだといざという時に困るよ』


王子にも突っ込まれるんだけど、こればっかりは性格だから仕方がない。


へへっと頭を掻く。


『ここにも注意が書いてあるけど、必要な呪文がパッと浮かんでも、それが正確じゃないと意味がない』


「う、うん」


このパッと思いつくのが俺で、正確な呪文を引き出すのが王子だ。


俺たちは案外いいコンビだと思う。




 夏が過ぎ、もうすぐ秋が終わる。


今、町は収穫祭で忙しい。


去年は気が付かなかったけど、大きなお祭りみたいだ。


「建国祭でもあるからな」


ガストスさんが教えてくれた。 国をあげての伝統行事らしい。


「この日は国の各地から大勢の人がこの王都に押し寄せる」


町の中心にある神殿に、周辺各地から神様に会いに来るらしい。


「神様って、本当にいるの?」と、俺は迂闊にもそう書いてしまった。


ガツンと拳骨が落ちる。


「いったーー」と声は出せないが涙目で爺さんを見上げる。


「ばかやろう。 神様は絶対の存在だ。 下手なこと口にするんじゃねえ」


ガストスさんは真剣な顔で俺を睨んだ。




 この国の神殿には年に一度、神が降臨するんだそうだ。


神殿に祈祷所というのがあり、そこで祈りを捧げると神からの言葉を聞くことが出来る。


『騎士』『文官』『魔法使い』の三職の代表が揃って立ち会っていることが条件らしい。


「この国で産まれた者は必ず成人までに、一度はその部屋に入ることになっている」


だから毎年祭りになると、地方から子供を連れた者たちが押し寄せるのだ。


「なんで?。 神様から何かもらえるの?」と紙に書く。


「うむ。 神様から特別な祝福が与えられる者が稀にいるのだ」


普通の子供は『健やかであれ』という祈りくらいなのだが、たまに特別な子供が現れる。


「剣術や魔術の才能あり、なんてことになったらすぐに国が動く」


俺は「えっ?」という顔になる。


「その場でその子供を召し抱えて、国の教育機関に放り込むんじゃ」


三人の立会人が証人となって、神様の言葉を一緒に聴く。 そして『才能あり』の子供を保護するそうだ。


俺は目が点になった。


「親から引き離すってこと?」と書いた紙を見て、ガストスさんが頷く。


「ああ、そうじゃ。 貧しい家は子供のお陰で裕福になるし、裕福な家は国に恩が売れて名誉になる」


それって子供本人にとっては良いことなんだろうか。


俺が複雑な顔をしていると、ガストスさんは頭をくしゃっと撫でてきた。


「坊の気持ちも分かる。 親はどんな子供だろうがかわいい。 誰も手放したくはないさ」


だがな、と爺さんは顔を顰めて呟く。


「この国じゃ貧富の差が激しい。 子供が国に出仕すれば、その家は一生安泰だ」


身分の差は関係なく、神からの祝福で子供の才能が分かり、その一生が決まる。


幼い子供でも、家のためにと進んで神殿にやって来る者さえいる。


「貧しい家だと赤ん坊を連れてくる者もいる」


俺はぞっとした。 その赤ちゃんはもしかしたらそのまま召し上げられるのだ。




 俺はガストスさんをじっと見て、それから紙に文字を書く。


「それって王族はどうなってるの?」


爺さんはにやりと口を歪めた。


「ほう、さすが坊だ。 良い所に気が付いたな」


俺は首を傾げる。


「王族は特殊だ。 神はその血をもって王族と認定し『王族の祝福』を与える」


「つまり、産まれた時から『祝福』持ちってこと?」


紙を見せると、爺さんは首を横に降る。


「王宮には神殿と同じ祈祷室があって、王族の子供は成人までに一度その部屋に入ることになっている。


そこで神様に認められて初めて『王族の祝福』が与えられるそうだ」


そして、その子供は王位継承権を得る。


「それに、大人になっても王族はその治世がうまくいってるかどうかを神様に聞くことが出来るらしい」


悩んだ時、自分の判断が間違っているかどうかを教えてくれるそうだ。


俺はごくりと息を飲んだ。


「それって、もし神様がだめって言ったらどうなるの?」と、急いで書いて見せた。


「国王を交代させるらしい」


俺は驚いたが、王子には動揺は見られなかった。


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