4・王子と魔術師
俺がこの世界に来て約半年が経った。
最近は元兵士のガストスさんから剣術を習い始めている。
そんな俺のところに、ある日すごく上等な服を着た白い髭のお爺さんがやって来た。
「これはこれはオーレンス宰相様。 どうなさいましたか?」
ガストスさんがわざと大袈裟に出迎えた。
宰相って、国王の代わりに政治をやる大臣みたいな人らしい。
「ケイネスティ様。 大変ご健勝のご様子、お慶び申し上げます」
何故か俺に恭しく頭を下げた。
おばちゃんが来て、この偉い人を小屋の中へ案内してお茶を出してくれた。
落ち着いたところで宰相様が要件を言い始める。
「実はケイネスティ様の部屋付きの侍女と従者、そして医師を捕らえました」
王子を長年に渡って貶めていたことが明るみに出たそうだ。
俺は、あの月明かりの部屋で見た黒い人影を思い出した。
あの人に渡した手紙は三人のことを調べて欲しいと訴えたものだった。
宰相様はお詫びにと、俺にある鍵をくれた。
「これはこの小屋の地下室の鍵です。 お詫びに相応しいかどうかは分かりませんが、ご自由にお使いください」
立ち上がって帰ろうとした宰相様を、俺は立ち塞がって止めた。
怪訝な顔をする白髭の老人に「お願いがあります」と書いた紙を見せる。
座り直した彼は、俺が紙に文字を書いている間じっと待ってくれた。
俺は「王位なんていらない」、これは大前提。
「ただこの国の歴史や政治のことを勉強したい」と書いた紙を見せた。
前提がなければ、王族としての行動だと思われかねない。
宰相様は驚き、じっと目を閉じて考え込んだ。
この身体の王子は十一歳。
今まで病気だったせいであまり勉強をしていないようだった。
それでも寝てばかりで暇なので、あの三人が選んだ本は読んでいたらしい。
それなのに、記憶の中の知識が虫食いだらけなのだ。 特にこの国の中のことが抜けている。
もしかしたらわざと教えなかったのかも知れないと思った。
もう一度しっかり勉強したい。 俺はそう訴えたのだ。
『どうせ死ぬのに、そんなの必要なの?』
心の中で王子がそう聞いてくる。
「何言ってるのさ。 知らないで死ぬより、知って納得したほうがいいに決まってるよ」
俺は王子にそう答えた。
「分かりました。 教師を手配いたしましょう」
白髭の宰相様はそう約束してくれた。
満面の笑みで「ありがとう」と書いた紙を頭上に掲げた俺に、オーレンス宰相だけでなく、ガストスさんもおばちゃんも苦笑いしていた。
「坊は本当に面白いな。 どれ、俺も気合入れて教えるか」
ガストスさん、剣術の稽古に気合って、しごきじゃないよね?。 ちょっと怖い。
「ふふふ。 じゃあ、私ももっと難しいのを教えちゃいましょうかね」
おばちゃんまでそんなことを言い出す。
「出来れば町中で売ってる食材とか、畑で簡単に作れる野菜とか教えて欲しいです」
そんな紙をおばちゃんに向けたところ、これまたオオウケされて、肩をバシバシ叩かれた。 なんでだ。
それから俺の住んでいる小屋は、王宮内にいるおばちゃんの友達がたくさん訪ねてくるようになった。
俺に野菜の作り方なんかを教えてくれる人たちだ。
「私は料理とか家事は得意だけど、土いじりは苦手だからね」
そう言って他の人を紹介してくれたのだ。
もちろん、ガストスさんの立会いもあり、ちゃんと信用出来る人だけにしてもらっている。
こっそり小さな畑まで作ってしまった。
俺は王族からのはみ出し者とはいえ、元王子だ。
国としてもそんな者が農作業など言語道断で止めさせられるらしいので、王宮には絶対に内緒だ。
『なんでこんなことしなくちゃいけないの』
相変わらず王子はぶつくさ言ってくる。
「王子様。 いつも食べてる物が本当はどんな形だとか、どうやって作られるのか知るのは余計なことじゃないよ。
土を作って、野菜を育てて、それを運んで。 ねえ、そんな人たちのこと、考えたことはある?」
俺だって、元の世界でも実際にこの目で見たわけじゃない。
TVでアイドルか誰かが真剣に農作業をしているのを見ていた程度だ。
でも機会があったらやってみたいと、ずっと思っていた。
いくらこの世界が魔力に溢れていたって、毎日口にする食料なんかにいちいち魔法を使っているわけじゃない。
「知ることで、汗水流して働く人たちに感謝することも出来るんだと思うよ」
王子は黙ってしまった。
夜になると、俺は小屋の地下に降りる。
実はこの小屋、がっちり丈夫なのはいいが地上部分は部屋数が少ない。
俺の寝室は一見豪華だが、広さは王宮の部屋よりも狭い。
他は護衛のガストスさんが寝泊まりしてくれている部屋と、予備の客室が一つ、あとは調理場とかの施設だ。
当然、風呂場も無い。
洗面所に毛が生えた程度の部屋に大きな水甕が置いてあって、そこで身体を拭くだけだ。 シャワー室という感じ。
魔術師の部屋らしくない、そう思っていた。
しかし、地下への階段を下り、つき当たりの扉の鍵を開けて驚いた。
地下は結構広くて、超豪華だった。
そこはまるで王宮の中のように豪華な天井、壁、家具が並んでいた。
魔術師らしい本が山積みになった図書室や、衣裳部屋のようなものまである。
「はあ、あの魔術師の婆さん。 こんなところに住んでたとはな」
一緒に見たガストスさんも呆れていた。
俺は最初この小屋へ来た時、王宮と比べたらあまりにも小さくて、魔術師のお婆さんがかわいそうになったけど、それは間違いだった。
お婆さんはわざと見えるところは小さくしていたのだ。
「魔術師っていうのは偏屈な奴が多いからな」
そう言うとガストスさんはどさりと大きなソファに座った。
この部屋自体が密封されていたせいか、埃一つ落ちていない。
俺がキョロキョロしてると、ガストスさんが手招きして自分の前に座らせた。
「坊。 これはおそらく魔術師の婆さんがあんたに残した遺産だ」
あの宮廷魔術師のお婆さんは亡くなった母上と、とても仲が良かったそうだ。 亡くなったあとは、王子のことを一番大切にしていたらしい。
最初から国王もそのつもりでこの小屋に俺を住まわせたのだろうと言う。
俺はただ驚いてガストスさんの顔を見る。
「この部屋に何があるのか、わしも知らん。 だが、全部、坊のもんだ。 遠慮なく自由に使いな」
俺はもちろん「ありがとう」と書いた紙を見せた。
それから俺は毎日、夕食が終わると一人でここに籠っている。
魔術師の部屋だけあって、色んなところに魔道具が設置してある。
例えば自動で点く明かり、水を入れなくてもお茶が湧くポット、どうやら掃除をするらしい動く箒。
楽しくてしょうがない。
俺の中の王子もすごく喜んでいる。
「王子はこういう魔法っぽい物の方が好きなんだな」
剣術の稽古は褒められるほど筋は良いのに、いまいち王子が気乗りしていないと思っていた。
だが、ここに関しては心の底からウキウキしているのが分かる。
そして俺たちはついにそれを見つけた。
「魔法書?」
俺はただ魔法のことが書いてある本だと思ったんだが、違うらしい。
『魔導書だ』
魔法へと導く書、それは魔法を使えない者に教えるための書物だ。
しかも指導してくれるのは「この本」自体なのだ。
それが魔導書。
「へえ」
王子はまるで子供のようにはしゃいでいる。
「あ、王子はまだ十一歳の子供だった」と思い出して、俺は苦笑いした。
「だけど、すっごく古そうだよ。 大丈夫なの?」
大きな書斎机の引き出しの奥にあったそれを、静かに取り出し、机の上に置いた。
紙が破けないように、そっとボロボロの本をめくる。
すると、本からクラッとするほど眩しい光が漏れた。
「うおっ」
光が消えると、開いたページの中に小さな女性の魔術師が立っている。
三角帽子に長いローブ。 黒い髪と金色の瞳。 小さな小さな杖を片手に持ち、ペシペシと反対の手の平に当てている。
『魔術師マリリエンだ』
「へえ、有名な人なの?」
『え?、何言ってるんだ。 君が最初にあった女性魔術師だよ』
「はい?」
驚いたことに、あの宮廷魔術師のお婆さんの若い頃の姿らしい。
その小人のような魔術師はどうやら幻影で、俺たちを指導する役目らしい。
「なるほど」
俺は納得し、机の上に頭をぶつけるくらいに、がばっとお辞儀をした。
「よろしくお願いします!」
この小さな魔術師は、王子の身体の中にいる俺たち二人の考えを、きちんと理解してくれているらしい。
おー、ファンタジー。
小さな魔術師はニコニコと微笑んでいた。
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