3・王子と老人
俺はとにかく、まずはこの部屋を出たいと思った。
食事は何が入っているか分からないし、怖くて食べられない。
でも食べないともっと危ない。
王子と相談して怪しそうなものは避け、全体的に少ししか食べなかった。
俺は、あの三人以外の使用人で、信用出来そうな人を探した。
侍女の女性に何かを頼むと交代で気の良さそうなおばちゃんが来る。
その人に「何か食べる物ない?」って紙に書いて見せた。
食べ盛りの男の子だから、きっと食事だけでは足りないと思ったのだろう。
「ちょっと待ってくださいよ」
そう言っておばちゃんはポケットから飴のような物を出してくれた。
俺はこのおばちゃんが、人が良さそう、というか、嘘がつけない人だと感じた。
もらったお菓子を、俺がうれしそうに口に入れると、おばちゃんもニコニコしている。
「ごめんね。 きっと怒られるから内緒にしてね」
申し訳なさそうにそう書いて見せると、どんっと胸を叩いてウィンクしてくれた。
それから、そのおばちゃんが来ると、ポケットから自分のおやつらしい菓子やパンを出してくれるようになった。
笑顔で「ありがとう」と書いた紙を見せる。
絶対にあの三人には悟られないようにしたいけど、気を付けていたっていつかはバレる。
他にも協力者は必要だ。
「お兄ちゃまー」
ある日、小さな女の子が扉を開けて飛び込んで来た。
くるっと大きな青い瞳に綺麗な銀色の髪をした少女だ。 王子の記憶では妹のアリセイラ、四歳となっている。
「いけません、アリセイラ様。 お兄様はご病気なのですよ」
侍女の言葉を遮るように、俺はすぐに「大丈夫だよ」と書いた紙を見せる。
パアッとうれしそうな笑顔になる少女が可愛すぎる。
思わずデレーっとなってしまう。
「見て見て、お兄ちゃま。 アリも書けるようになったの」
筆談が出来るようにがんばったのだろう。
俺のメモ帳の真似をした物を持って来て、一生懸命文字を書いた紙を見せてくれる。
弟三人は絶対に来ないが、お転婆なこの妹だけは小さい頃からたまにこの部屋にやって来ていた。
「アリセイラ様。 ケイネスティ様がお疲れになりますから、もうそろそろ戻りましょう」
これは賭けだ。
俺は小さな紙を、妹が持って来たメモ帳に挟みこんだ。
どうも妹の侍女はこの部屋付きの侍女とそりが合わないようで、軽く挨拶はするのだが、顔を見ようともしない。
うまくいけばこちらの味方になってくれるかも知れないと思った。
それから二日後の真夜中。
物音がしたと思ったら、黒い影が俺のベッドのすぐ脇に立っていた。 見張りは部屋の外だ。
「うわっ」と心の中で大声を出したが、当然口からはそんな声は出ない。
「夜分失礼いたします、ケイネスティ様。 アリセイラ様からのご依頼で参りました」
掠れた、年配の男性の声のようだった。
俺はびっくりしてドキドキしている胸を抑える。 だけど驚いただけで、怖いという感じはしなかった。
すぐにメモ帳を取り出して、「ありがとう」と書いた紙を見せる。
何種類かの単語はすでに書いて置いてある。
書いているうちに話す機会を逃すことが多かったからだ。
月明かりしかない部屋の中で、相手の顔は良く見えないのに文字は見えるのかどうかは知らん。
俺は、この日のために密かに書いた手紙をその影の者に渡した。
そして、「それをどうするのかは、あなたに任せます」と書いた紙を見せる。
頷いた影はすぐにその場から消えた。
あれが暗殺者だったらもう死んでいたと思うと、しばらくの間心臓がバクバクとして落ち着かなかった。
でも手紙は渡せた。 さて、俺はこれからどうなるのだろう。
ある朝、バタバタと足音がして、いつものあの三人ではなく壮年の男性が入って来た。
周りには偉そうな役人っぽい人や騎士が何人も付いている。
これが父親で国王なのだと、意識の下の王子が教えてくれた。
「元気そうだな」
そう声をかけて来た。 何となく王子と雰囲気が似ていると思った。
「はい」と書いた紙を見せる。
俺の行動の速さに目を見開いて驚いている。
ゆるい巻き毛の茶色の髪に青い瞳の国王は、ベッドの側に従者が持って来た椅子に座る。
「こんなに元気になったのなら、もうこの部屋に閉じこもる必要もないな。
よし、庭の隅に以前宮廷魔術師が使っていた小屋がある。 あそこをお前にやろう」
当然、王子に付いていた例の三人が異論を唱える。
「国王陛下。 とんでもございません。 お元気そうに見えますが、まだまだ油断は出来ません」
「そうですよ。 ちゃんと見張っておりませんと、誰かに悪いことを吹き込まれたりするかも知れませんよ」
必死にこの部屋から出そうとしない。
国王の目がじろりと三人を見据えた。
「わしの決定に反対するのか。 お前たちはそれほど偉いのか」
おそらく国王はこの三人の後ろにいる誰かに言っているのだろう。
三人が怯えておとなしくなると、国王はもう一度俺を見た。
「もう用意は出来ている。 すぐにでも移れるぞ」
そう言っていたずらっぽく片目をつぶり、笑って部屋を出て行った。
俺はちょっとうれしかったり、まだ少し信用出来なかったりで、中途半端な笑顔になった。
その日のうちに、俺は王城の敷地の隅にある小屋に移った。
小さいが魔術の実験などをするための頑丈な小屋だ。 小屋といっても俺の世界じゃ普通の平屋の大きさはある。
俺は荷物などほとんどない。 今までの部屋の寝具や着替えなどすべて置いて来た。
おー、いいねえ。
周りを緑に囲まれ、王宮からは見えないようになっている。
「前にここを使ってた魔術師様がいなくなっちまってから誰も使ってないからなあ」
皆で掃除をがんばったんだぞと、庭師のお爺ちゃんが話しかけて来た。
「ありがとう」と書いた紙をさっと見せる。
最初は驚いていたが、何度も紙を出すうちに慣れて来たようで苦笑いを浮かべている。
俺の身の回りの世話は、この庭師のお爺ちゃんと掃除に来てくれる飴をくれたおばちゃん。
他には護衛として引退した兵士が一人来てくれた。
食事は王宮から運んで来てくれるのだが、俺はそれをほとんど口にしなかった。
「なあ、王子。
今まで毒の食事ってどうやって避けてたんだ?」
俺は自分の中の王子に聞いてみる。
『少しだけど普通に食べてたよ。 毒だからってすぐ死ぬような量じゃなかったしね』
じわじわと身体を弱らせていく作戦だったのか。
じゃあ、今の料理もやっぱり入ってるんだろうな。
そう思うとあまり食べられなかった。
俺が料理に手を付けないでいると、おばちゃんが
「口に合わなかったかい?」
と聞いて来た。
このままでは成長期の王子の身体は育たない。
「いいえ。 出来れば自分で作ってみたいんです」
と紙を見せると、おばちゃんは豪快に笑った。
「偉いねえ、坊ちゃんは」
俺のことは『王子様』とか『殿下』と呼ぶことは禁じられているらしい。
おばちゃんは、小屋の台所に食材や調味料を届けてくれた。
「私もね、王宮の食堂の料理は味が薄くて好きになれないんだよ」
そう言って、俺に簡単な料理を教えてくれたり、作り過ぎたと言って総菜を持って来てくれたりした。
これからもたまに作りに来てくれるそうだ。 本当にありがたい。
呪術とか王宮の悪意のある人たちを見ていて、この世界は怖いとずっと思ってたけど、やっぱりやさしい人たちもいっぱいいるんだな。
俺の世話をしてくれるのはほとんど引退した人か、引退間近の人たちだ。
「おそらく、もう本隊の仕事は任せられないってんで、こっちに回されたんだろうな」
護衛の元兵士のガストス爺さんはそんなことを言っていた。
「そんなことありません。 ガストスさんは強くて頼りになります」
俺が紙に一生懸命そう書いて見せると、老兵はガハハと笑った。
「そうか、坊。 何でも聞いてくれ」
毎日質問攻めにしているので、笑ってくれるとうれしい。
食事が改善されると、俺も少しは身体に肉が付き始めた。
「ガストスさん。 出来れば俺に剣術を教えてください」
ある日、思い切ってそんな紙を見せてみた。
元兵士の爺さんはギョッとした顔をしたが、少し考えて頷いてくれた。
「だが、まずは体力作りからだな」
「はい」という紙を見せる。
俺は爺さんの指導を受け、徐々に体力をつけていった。
「さすが親子だ。 身体の動かし方が陛下そっくりだ」
王子の意識が少し嫌そうにしているのが分かった。
一度しか会ったことはないけど、国中を旅していたというし、腕っぷしは強そうだった。
ガストス爺さんは、剣術もすぐに上達するだろうと豪快に笑って褒めてくれた。
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