2・王子と王国
目を覚ますとさっきと同じベッドの上だった。 当たり前だけど。
「ほ、ほら。 見間違いじゃありませんよ。 やっぱりケイネスティ様は生き返られたんです」
ベッドの周りには数人の医者らしい人や家来らしい人がいた。
先ほどと違って彼らが何を言ってるのか分かる。
俺は身体を起こし、返事を返そうとするが何故か声が出ない。
(あ、あれ?。 さっきはちゃんとしゃべれたのに)
「ケイネスティ様。 どうかご無理なさいませんよう」
そう言いながら俺の身体に触れて来るのは、どこかナヨッとした若い男だ。
俺は首を振り、一生懸命に自分は声が出ないが健康だと主張してみた。
「しかし、顔色も悪くない。 一体どうなったんだ」
その時、王子の身体からグゥーっと音がした。
一瞬、部屋が静まり返る。
俺はお腹を押さえ、顔を赤くして俯いた。
「ふふっ、お元気になられたのは本当のようですね。 何かお食事を用意してまいります」
部屋の中にいた数名の大人たちを押しのけ、その若い男は出て行った。
少し落ち着いたのか、医者らしい年配の男性が「用の無い者は出ていけ」と指示した。
そして俺は、その男性に横になるように言われ、おとなしく毛布にくるまった。
俺があまりにもボーっとしてるもんだから、その医者みたいな男性がしゃべり始めた。
「ケイネスティ様。 分かりますか?。 私が担当の医術者ホーヘルです」
俺は正直良く分からないので、この際首を横に振ってみた。
医者は、ここでは医術者というのか。 彼は眉を寄せて苦い顔をした。
「ご自分のお名前は分かるのですね?。 では、国の名前は?。 国王陛下のお名前は?」
周りの助手らしい女性や、部屋に残っていた護衛らしい兵士も、俺が首を横に振る度に困った顔になる。
その時、俺の中に居た王子が何かごそごそ動き始めた。
きっとこのままではまずいと思ったのだろう。 何かが入った感じがした。
頭の中に鮮明に何かの画像が流れる。
おそらくこれは王子の記憶だ。 俺に教えてくれているんだ。
(ありがとう。 助かった)
俺はわざとらしく医術者の男性に向かって悪戯っぽく笑った。
「む。 ケイネスティ様、何かおっしゃりたいのですかな」
そう言うと、枕もとのメモ帳みたいな物を渡して来た。
俺の中の、王子の記憶の中からそれが日頃使っている物だと分かった。
いや、俺は本当にそれまで気づいていなかった。
このケイネスティ王子は、口がきけないんだってことに。
さっきの若い男性が食器を乗せた盆を持って戻って来た。
彼は王子付きの世話係りというか、従者というらしい。
俺はその時、医術者の男性と一生懸命に筆談をしていた。
メモ帳というには粗末な、ただ紙を束ねただけだが、きちんと綴られた紙に書いて話をする。
文字の知識は王子のものがある。 俺はそう書きたいと思うだけで勝手に手が動いた。
あまり腕に力が入らなくて、うまく文字が書けなかったが、相手のほうは慣れているのかすぐに分かってくれた。
「ほほ、わしらを試したということですかな。 それほどお元気になられたと。 分かりました、安心いたしましたよ」
医術者は好々爺とした顔を綻ばせた。
従者の男性が持って来たスープは薄味だったけど、それなりに美味しかった。
「昨日まで死にそうなお顔をしていらっしゃったのに」
彼は涙ぐみながらうれしそうに微笑む。
今は部屋の中には王子と医術者と従者。 あとは若い侍女が一人控えていた。
「しかし、先ほどケイネスティ様は何か声を出されていたと、あの侍女が申しておりましたが」
あー、俺がしゃべっちゃったからか。
自分でも良く分からないが、さっきは声が出た。
でも、この国の言葉じゃなかったから侍女もそれが言葉だとは思っていなかったようだ。
俺は首を横に振る。 今は全くうめき声さえ出せない。
おそらく俺がお婆さんにもらった魔法を発動したことで、完全に王子と身体を共有したせいだろう。
それまではまだ別々だったのだと思う。
ほら、あれだ。 一卵性双生児と二卵性双生児、みたいな。
とりあえず、食後はゆっくり休みなさいと言われて横になる。
ふいにチクリと何かを刺激されて、ぼんやりと目が覚める。
『しっ、静かにね』
そんな声が聞こえた。 あの王子の声だ。
「な、なんだ?」
白っぽい部屋で、自分の元の姿のまま、王子と対面していた。
おそらく、また王子の心の中なのだろう。
王子は唇に指を一本立てて、反対の手で耳を澄ますような動作をした。
俺はその通りにやってみる。
◆◇◆◇◆◇
「王子の飲み物に薬は入れたのでしょう?」
「は、はい。 それは間違いありません。 いつも通りに頂いたお薬を入れました」
あの若い従者と侍女の声だ。
俺が眠っていると思って話をしている。
「あなたの毒が効かなくなってきたんじゃないですか?」
「馬鹿を言え。 わしを誰だと思っておる。 王国一の医術者だぞ」
今度は医術者の男性の声がした。
「どうせ長生き出来ない子供だからと研究に使わせてもらっておるのだ。 色々試させてもらっているお陰で、もう解毒も出来ん」
ぐふふとくぐもった笑い声がした。
◆◇◆◇◆◇
「おい、これ」
王子の顔を見ると、感情の無い顔をしていた。
「お前、ずっとこんな会話を聞いていたのか?」
俺は怒りが込み上げた。 いくら子供だからって、こんな扱いってあるか。
王子は俺に座るように手で示した。
二人で並んで座ると、王子はボツボツとしゃべり始めた。
『私はね。 産まれる前から呪いをかけられていたんだ』
「へ?」
誰が掛けた呪いかは分からない。
ただこの国は魔術があるのと同様に、呪術もある。
『王妃に世継ぎが産まれても、すぐ死ぬようにっていう呪いがね』
現在の国王は先代の三男で、王位を継ぐ予定はなく、気ままに国中を旅して暮らしていたそうだ。
しかしある理由で国王だった長男が王位を剝奪され、第二王子の次男が急死。 三男の王子が急遽呼び戻された。
『父上はすでに結婚していて、母上のお腹には私がいたんだ』
それなのに母上は王妃でありながら、王宮の奥に閉じ込められた。
「その上、呪いで子供まで殺そうとしたっていうのか」
異世界ってどうなってるんだ。 俺は正直怖くなった。
『母上は私が産まれた時、身代わりになって死んじゃった』
それでも呪いは王妃の死だけでは足りず、助かった子供の身体に声が出ないという形で残ったのだ。
「国王は、父親はどうしたんだよ」
俺の声は怒りと恐怖で震えていた。
自分の奥さんは死んで、産まれた子供は泣くことも出来ない。
『すぐに他の女性と跡取りを作ってたよ』
現在は三人の妻とこの王子の他に子供が四人いるそうだ。
『私はね、この国ではいらない子供なんだ』
だから来る必要なかったんだよ、と王子は暗い目をして俺を見つめた。
『ごめんね』
俺は言葉を失った。
俺はずっと震えていた自分の身体を、がしっと掴んでいた。
「こんなバカな話があるか。 決めた!。 俺はあの婆さんの願いを叶えるぞ」
『何を?』
王子はぼんやりとした顔で俺を見つめた。
「魔術師のお婆さんの望みは、お前を成人までにこの町から外へ出すことだ。
<王子はこのまま成人することさえ危うい。 せめて一度でもいい、城から出て、王都の外の景色を見せて差し上げたい>
って、婆さんは泣きながらそう言ってたぞ」
産まれて一度も出たことのない城の外へ。 そして出来るなら王都の外へ。
この世界は魔力が存在する。
人の体には体力の他に気力と魔力があり、そのどれか一つが喪失すると死ぬ。
ケイネスティ王子は体力を削られているが、王族の血が流れているため魔力が多いそうだ。
だけどその魔力を動かすために必要な気力が足りない。 生きるという気持ちが消えかけていた。
「お婆さんは俺に、王子様の気力になってくれって言ってた」
一つの身体に二つの気力。 それが婆さんが考えた王子を活かす力。
「王子様の身体は魔力が多いせいで、俺が身体に入ってても余裕がある。
だから俺をここに置いてくれ」
あいつらを見返してやろう、俺は王子にそう言った。
だが、王子はただ疲れた笑みを見せただけだった。
『あなたの好きなようにするといいよ。 私にはもうそんな気力は残っていない』
「分かった。 任せろ」
俺は真剣な顔で頷いた。
出来る限り、この王子と共に生きると決めたんだ。
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