第65話 茶会
「それで、俺達を呼んだ理由を聞いてもいいですか?」
「いきなりだね。どうせなら席に付いてからにしないかい? 珍しいお茶もあるよ?」
メイド二人はバレンの後ろへ控え、セバスチャンは扉の横に立っていた。テーブルを挟んで俺は領主と向き合っていた。
「そうですね。そうしたいところですが、俺達を呼んだ理由次第では席に着くわけにはいかないと思いますので」
「なるほど。では安心したまえ。私は君達に危害を加えるつもりはないよ。むしろ手助けをしてあげようと思っているほどだ」
「……それはバレンさんは手を出さないが、後ろのメイドやセバスチャンが相手をすると言う意味ですか?」
「セバ・スチャンです」
後ろから訂正が入ったが領主は笑って手を上げた。
「そんなつもりはないよ。ならここで宣言しよう。この屋敷内でクジョウ・ジンとその連れに一切の危害を加えないとバレン・ガイアスの名を持って宣言する! この宣言がある以上、例え他の貴族達がこの屋敷に攻め込んで来たとしてもセバが、アイラやアイノ、その他全ての使用人が君達を守り通すだろう。さぁ、これでも席には着けないかい?」
ここまで言われて席に着かないのは流石に失礼だろうな。……ミニャが涙目で懇願してるし。
「それじゃ座らせてもらいますが、彼女達もよろしいですか?」
「もちろんだ。席はこれだけあるんだ。好きな所に座るといいよ」
俺の発言に即答する領主をよそに、ミニャとフーカ、リムリが大慌てだった。
「じ、ジ、ジン様! 私達は後ろに控えさせて頂きます!!」
「そうだよ! いくらなんでも座れないよ!」
「ジンにゃん! 真面目に、真面目にするって言ったよね!? お願いだから! 私の為じゃなくていいから! この子たちの為でいいからお願い!」
コイツは何を言っているんだ? 立たせたままの方が可哀想だろう。フーカとリムリは使用人じゃないんだぞ?
「ミニャ、君も席に着きなさい。そうしないと彼女達も席に着き難いだろ?」
「し、しかし、領主様! 彼女達は――」
「くどい! 私が許可を出し、彼女達の主人が座るように言っているのだ。君達は私達に恥を掛せる為にそこにいるのかい?」
うっ、っと言葉を詰まらせたミニャとフーカ達は俺の隣の席にチョコンと座った。まるで借りてきたペットだな。
「それで? 席には着きましたよ?」
「そうだね。それじゃ、アイラ、アイリ。お客様に例の物を」
領主の言葉に神妙な表情の双子メイドが裏からカートを押して俺達の方へとやってきた。
「「失礼します」」
そして、
「……紅茶?」
「さっき言っただろ? 珍しいお茶があるって」
…………この領主は頭が湧いているのか? それとも天然か? 大丈夫なのか帝国は。
「……頂きます。――美味い、紅茶はあまり好きじゃなかったんだけど。フーカとリムリも飲んでみろ。毒は入ってないみたいだぞ?」
もし入っていてもルナなら解毒できると確認済みだ。
「わぁ、美味しいです!」
「本当だ。凄く美味しい」
「ジンにゃん。もう少しだけでいいから発言に気を付けてくれないかにゃ?」
恐る恐る口を付けるフーカ達だったが一口飲んでぱっと笑顔になっていた。ちなみにミニャは泣きそうな顔だ。紅茶苦手なんだろう。
「気に入ってくれたかね? 何ならお土産に持たせてあげよう。アイラ準備してくれ」
「「はい。バレン様」」
アイラに言ったみたいだったが、二人で返事しているぞ?
「それは嬉しいですけど、そろそろ本題に入って貰えますか? それを聞かないと落ち着いてお茶も飲めませんよ?」
「なんと! それはいけないな。紅茶は楽しく飲むものだからね。それでは先ずジン殿の不安を解消するところから始めようか。ジン殿が不安に思っている事はブレッタの件だろう? なら簡単だ。ブレッタは貴族の役目を果たせなかったとして昨日付で貴族の地位を剥奪した。よってジン殿は無罪。いや、不正を暴いた英雄だ。胸を張るといい」
いや、胸を張れって言われても。
「それを信じろと? いくらなんでも俺に都合が良すぎませんか?」
「最もだ。誰が聞いてもそう思うだろう。しかし、それはジン殿の活躍をまだ知らない者たちが聞いた場合だ。ジン殿、勘違いしてはいけない、君は貴族殺しをした。これは消せない。だが――君の功績もまた消えない。私はただの偽善者じゃないよ。この街に、この国に利益をもたらす者にそれ相応の褒美を与えるだけだ。君はブレッタを殺した。だが、君が行った功績と不正を行っていたブリッタの殺害に対する罪、これを天秤に乗せた時、針は君を指しただけだ」
領主が言う俺の功績とは結合ダンジョンを制覇し、ガルドの街に甚大な被害を及ぼすはずだった寄生種を事前に討伐、更に昨日十階層のダンジョンを制覇したこと。そして、これは後付けになるが、不正を行っていたブレッタの摘発となる。
随分と俺に都合がいい解釈があるみたいだが、隣のミニャを見ると目をそらしていた。
「そういう事だよ。君はもっとミニャに感謝するべきだね。昨日は随分と熱心に君のことを語ってくれたよ」
「りょ、領主様! それは言わないって!」
「いいじゃないか。君の功績もまた、ジン殿に聞いてもらうべきだろ?」
領主はいい笑顔で俺達を見ていた。コイツはいい性格してそうだ。
とりあえず分かったことは俺は無罪放免、ミニャにデカい借りができてしまったこと、でもミニャはそれを内緒にしているから払う必要はないという事だ。
「……ジンにゃんもいい性格してると思うにゃ」
「――そう褒めるなよ。図に乗っちまうぞ?」
「これ以上一体どう乗るのにゃッ!」
ミニャは本気で驚いているんだが、どういうことだろうな。俺ほど慎ましい性格の人間は居ないと思うのだが。
「はっはっは! ジン殿は愉快だな。うん、決めたぞ。ミニャ、昨日の話、覚えているな?」
「ッ! え、で、でも! 本当にですか!」
「もちろんだ。ミニャもジン殿のことを押して居ただろう? なにを驚くんだ?」
「この屋敷に来てからの彼の言動を聞いていて、それで決定する領主様に驚いているんです! 本当にいいんですかっ!」
二人で話されても全然伝わって来ないぞ。何か厄介事の気配がするしさっさと帰ろう。
「それじゃ俺達の要件は済んだみたいだし、そろそろ帰ります。お邪魔しましたぁ」
「なにこそっと帰ろうとしてるにゃ! モロにジンにゃんの事言ってるにゃ!」
ガシっとミニャに腕を掴まれ、逃げ出せなくなってしまった。これ、絶対厄介事だろ。
「そう警戒なさるな。……そうだな。ここからはジン殿と二人で腹を割って話そう。ミニャは彼女達を連れて……、先に家に帰るといい」
「は? なんで二人を遠ざける必要がある」
「ジンにゃん、落ち着くにゃ!」
思わず立ち上がった俺にミニャがしがみついてくる。……思ったより胸が大きい。――これからはもう少しぐらい優しくしてやろう。
「(ジン?)」
「ジン様?」
「ご主人様?」
「何も言ってないだろッ!」
「うりうり、もっと押し付けてやるから落ち着くにゃ」
うぜぇ猫がすり寄って来るが――胸に罪はない。許してやろう。
「ジン殿? それはあまり関心できないぞ? ミニャもどうした。普段のお前はそんなことしないだろうに」
「えーとにゃ、じゃなくて。その、――惚れました!」
「「何に?」」
俺と領主の声がハモリ、ミニャは少し涙目だった。
いや、いきなりの告白にまるで付いていけないぞ。情緒不安定じゃないか?
「ま、どうでもいいか。――そろそろ離れろ。流石にフーカ達の目が怖くなってきた」
ジト目で見てくる彼女達にちょっと恐怖を感じる。娘に嫌われたお父さんはこんな気持ちなのだろうか。
「ジン殿は彼女達の尻に敷かれているのか? それは良くない。ふむ、その辺も含めて私と語り合おうではないか」
なにがその辺なんだよ。しかし、領主の強引な態度にミニャの不可解な行動。何かありそうだな。十中八九厄介事だとは思うが、これで領主に貸しを作れるのは大きいか? 貴族殺しを黙殺してくれるだけでもかなりの事だろうし、変に断るのはマズイか。
「……フーカ、リムリと先に戻れるか? 俺もすぐに後を追い掛けるからさ」
転移の指輪を軽く見せながらフーカに尋ねると、頬を膨らませながらも頷いてくれた。
「決まりですな。それではミニャは彼女達を。セバとアイラ達は見送りを頼む。しばらくの間二人にしてくれ」
「「かしこまりました」」
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