第60話 ヒステリック女
「ジン! 大丈夫!」
どうやらルナがとっさに魔法で突き飛ばしてくれたお陰で俺は死なずに済んだようだ。
「助かった、ありがとう。……ひと振りでこの威力って? マジかよ、って、くそ!」
のんびり観察しているヒマはなさそうだ。アオイは羽虫を追い払うかのように剣を振り、その度に壁に、床に、天井に亀裂が入っていく。
「ふざけた威力ね。どうするのジン。戦う?」
「正直、勝てる気がしねぇ。ありゃ、ミニャの数倍は強いぞ。くそ、でも黙っていても時間の問題か」
ルナと話している間もアオイの癇癪は収まらない。一撃でも浴びたら終わりの斬撃が部屋中を飛び交っている。
「死ね! 死ね!! 私のフィロを! よくも!!」
斬撃の合間に聞こえてくるアオイの言葉。もしかしてフィロが大怪我したことが原因か? 確かに治したとは言っても主人に詫びの一つもしてなかったな。
「……しかし、今の状況で俺が謝ろうものなら真っ二つだな」
「一度、落ち着かせる必要がありそうね」
アオイは俺を狙って剣を振っているわけではないみたいだ。恐らく、アオイが俺を狙って振るっているなら数振りも持たないだろう。
そんな相手と戦っていいものか。
「やらないとこのままじゃ生き埋めよ」
アオイの斬撃は既に十数回に及んでいる。ここが地下三階とするなら長くは持たないだろう。
「くそ、覚えたての技がどこまで通じるか。――虚空切り!」
俺の斬撃は真っ直ぐにアオイを目掛けて進むが、アオイが闇雲に振るった一撃にあっさりと負け、逆にアオイの放った斬撃は俺の方まで向かってきた。
「うお! あぶね!」
「完全に力負けしてるわね。彼女のレベルは?」
「神具以外なんも見えない。神具はたぶん正式な所有者だ。それも俺の世界では超有名な伝説の武器だ」
「そう。このままじゃマズイわね。…………魔力を全部注ぎ込んでカムイを使ってみるわ。ジン、あそこに突っ込む勇気、ある?」
はは、ギロチンが上下左右無数に落ちてくる所に突っ込めってか。だけどここから攻撃しても無駄か。なら接近して直接叩き込むしかないってか。嫌だねぇ、でも、
「俺はルナを信じてるよ。いっちょやってみるか」
「彼女の強さが未知数だからあんまり自信ないけどね。……でも、ジンだけは必ず守ってみせるわ」
俺だけってところが嫌な感じだな。
「安心しなさい。ジンを残して死ぬつもりはないわ」
「そうしてくれ。俺の命、ルナに預けるよ」
「ええ。――精霊の加護をここに、集え森羅、纏え万象、世界の理を今ここに――カムイ」
魔法の発動と同時に急激な魔力の消失を感じ、体が薄らと光りだした。
「俺の魔力でも使えたんだな、ってうおぉ! ……無事、だな」
魔法に気を取られた一瞬のスキに見事アオイの斬撃が飛んできて直撃してしまった。
だが、ちょっと痛い程度で済んだみたいだ。大地を切り裂くほどの威力をここまで無効化するとは。
「あんまり、過信しないで。正直、長くは、持たないわよ」
ルナの顔色が悪い、息も上がっているし、この魔法はやはりかなりの無理をしているみたいだ。
「――すぐに終わらせるよ」
確かにフィロには迷惑をかけた。謝り治療もしたが、当然悪いと思っているし、今後絶対に借りを返そうとも思っている。
アオイが怒るのだって分かる。俺だってリムリが攫われて怒り狂ったのだ。
だが、こいつは本当にフィロのことを想って怒っているのか?
「フィロは私の、私のものよ! 誰にも渡さない!」
奴隷は主人の所有物って話も聞いてるけど、こいつも転生者ならこの世界の人間とは扱いが違うんだと思っていたけど。まさか思い違いか?
――そう言えばフィロを奴隷として店番を押し付けているって話だったな。自分は一切店に出ないみたいだし。まさかフィロが怪我をしたら店番する人が居なくなるから、とか思っていないよな?
まさかそんな理由で俺とルナは死にかけているんじゃないよな?
「あの子が居ないで誰が私のご飯用意するのよ! 店番は! 掃除は! 洗濯は! 絶対に許さない!!」
――――なんだかムカついてきた。
「ジン、落ち着きなさい」
「大丈夫だ、落ち着いてるよ。――ちょっとあの仮面が見ててイラつくだけだ」
大体あのふざけた仮面は何なんだよ。陰陽師ですか? 馬鹿なんですか?
ダメだ。あの仮面を叩き割らないと気が済まなくなりそうだ。
「ふー、よし! 行くッ!」
斬撃の合間を縫うように床を蹴る。力の指輪をフル活用すれば、接近しても避けれないほどではない。
数歩の接近。間合いまであと四歩。
――しかし、それが命掛けだ。
近づくほどに避けられる範囲は狭まみ、一歩踏み出す度にアオイの視線が俺に集まる。
「――九条、仁ッ!」
憎悪の篭った声、閃光の剣筋――アオイの放った剣撃が俺の体を斜めに駆け抜ける。
神速の斬撃だ。まるで見えず、先ほどのものとは比べ物にならないほどの痛みが走る――が、切断されたわけではない。
ルナのカムイが剣撃を受け止めたのだろう。――もちろん無事ではないが、それでも俺は立っていられる。
「――――なんで向こうの世界の女は俺を斬りたがるんだよ! ヒステリック女はお呼びじゃねぇぇぇぇぇ!!!」
歯を噛み締め更に一歩踏み出す。流れるように切り返されたエクスカリバーをどうにかフルンティングで押さえ込み、全力の拳をアオイの顔面に叩き込んだ。
ジンが落ちてからのフーカの動きは早かった。床が閉まる直前、フーカは即座に部屋に飛び込むと剣を床に突き刺し止めようと試みていた。
そしてそれが無駄だと分かると次は私に剣を突きつけ「今すぐここを開けて下さい!」っと鬼気迫る表情で迫ってきた。
数日前までは私が守ってあげないといけない弱々しい少女だったのに、今ではそこらの冒険者よりよっぽど迫力があった。
「落ち着きなさい。この下がどうなっているのか私もよく分からないの。この部屋は店主が作った部屋だから私じゃどうすることも出来ないわ」
まさか落とし穴になっていたなんて今知ったぐらいだし。でも、さっき話した時はジンに危害を加えるような様子じゃなかったし、大丈夫でしょう。
「下から振動が伝わってる! これって戦っていない?」
リムリは服が汚れることもいとわず、床に耳を付けて音を探っていた。
「……女性、の声が聞こえます。なにか叫んでいるみたい」
フーカは耳を澄ませて音を探っていた。床は完全に塞がっている。それなのに音を聞き分けていると言うのか。
流石は犬人族。ハーフだというのに大した聴覚ね。
「ちょっと、振動が大きくなってきたよ!」
「これは、斬撃? 地面を抉るような音が鳴り響いてる。ッ! フィロさん! どうにかして下に行けないのですか!!」
「わ、私にはどうも出来ないわ。落ち着きなさい、いくらあの店主でもジンをどうにかすることはないはずよ」
でも、この感じは明らかに戦闘によるものよね。アオイは何やってるのよ! 少し話がしたいって言ってるだけじゃなかったの。
「ッ! ジン様の声!」
「うん! 私も聞こえた!」
耳を澄ましていた二人が同時に私を掴む。
「「ジン様は本当に大丈夫なんですか!」」
「お、落ち着きなさい。大丈夫よ。大丈夫のばずよ」
フーカとリムリに言い寄られながらどうにか二人をなだめる。
そう言う私も振動は感じている。これだけの振動があるっていう事はそれなりの事態だろう。
(あの店主はなにやってんの!!)
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