第59話 葵
夕食を食べ食器を洗い終わった頃、我が家の扉が盛大に音を立てて開き、フィロが駆け込んで来た。
「じ、ジン! ちょっと大変なことになったわ!」
フィロがこんなに慌てていることなんて初めてだ。やはり貴族が敵に回ったか。
「大丈夫だ。覚悟はできている。誰が相手だろうとやってやるよ」
俺は間違ったことはしていない。貴族が俺達を殺そうとするなら貴族を滅ぼすまで戦ってやる。
「そう。覚悟が出来てるとは思ってなかったけど、その分ならミニャから聞いたのね。いいわ、それじゃ一緒に来て」
フィロがそう言い外へと出て行く。
ミニャがなんか言ってたっけ? まぁいいや。それよりフィロに付いて行くってまたフィロに迷惑をかけるんじゃないのか?
「待ってくれ、俺達だけでいいよ。フィロは家に戻ってくれ」
「ん? ええ、戻るわよ? いいからジンも来なさい」
あれ? 話が噛み合ってない?
「とりあえず行ってみましょう。情報は大事よ」
「そうだな。フーカ、リムリ、準備できてるか?」
「はい!」
「いつでもオッケー!」
二人に怯えは一切ない。これから貴族達と戦うかも知れないのに大したものだ。
「よし、行くか!」
それから十数分後、俺はひどく後悔することになる。
「覚悟が足りなかったか……」
「さぁ入って」
フィロに案内されるままフィロの店にやって来た俺達は店の奥にある扉を進み、一つの部屋の前に来た。
「ここは?」
「ここからはジン一人で行ってね。フーとリムリはここで待って。……ルナ様はいるのよね? 一応ここで待ってて欲しいんですけど」
「(嫌に決まってるでしょう)」
俺の肩に乗ったままルナは姿を消していた。今は俺にしか見えていない。
「あー、嫌みたいだ。諦めてくれ」
「そう。……分かったわ。それじゃ部屋の中にお願い」
フィロに言われるまま部屋に入る。一体なにがあるんだ? まさか転移の魔法陣があって、アオイとやらの元に転移するのか? でもそれならフーカ達も。
「フィロ、これ――ッ! うおォォ! ちょっ!!」
フィロに声を掛けようと振り返った瞬間、床が消滅した。
「ジン様!」
「ご主人様!」
フーカ達の声が遠ざかりながらも聞こえ、俺とルナは奈落へと落ちていく。
「ジン! すぐに地面が来るわ!」
「ッ了解!」
ルナの声に下を見ると闇の中に底が見えた。
「と、とと。おぉ、意外と痛くなかったな。三階分ぐらい落ちたと思ったけど」
レベルが上がったからか、それなりの深さだったと思ったが無事に着地することができた。
「照らすわよ。――ライト!」
ルナの魔法で辺りが照らされ見渡すと、白い壁と床に覆われた広い空間が広がっていた。
広さは二十メートル四方といったところか。上を見ると落ちてきた穴が塞がろうとしているところで、僅かにフーカの姿が見えた気がした。
「フィロはなんのつもりだ?」
「さぁ、ここに閉じ込めて貴族に差し出すのかしらね」
それは笑えんな。でも、そんな雰囲気じゃなかった。ルナも分かっているだろうに。
「話し合いは終わった?」
「ッ!」
振り返ると一人の女らしき人物が立っていた。
らしきと言うのはその人物が顔に仮面を被っていたからだ。
俺と変わらないほどの長身に長い黒髪、声は若いとも老いているとも取れない独特な声だった。そして陰と陽の太極図をあしらったような仮面を被っていた。
「(ルナも気付かなかったわ。気をつけて)」
あぁ、見た目からしてヤバそうだ。それに目の前にいるのに全然気配といったものを感じられない。
「――アンタが、アオイさんか?」
「へぇ、回転は速いみたいね。……そっちの精霊さんも姿見せていいわよ。いるのは分かるし、気配も感じてるわよ」
仮面をつけているからイマイチわかりづらいが、アオイはルナの方を見ている様だ。
「あなた、何者? こんなに希薄な存在は今まで見たことないわ」
ルナが普通に話かけているし、恐らく姿を見せたのだろう。そしてルナの言葉を聞きながらアオイに鑑定を使う。
アオイ
人族LV???
??LV???
エクスカリバー(真)
・????・????・????・????・????・????
・????・????・????・????・????・????
……冗談だろ?
ここまで何も見えないってどういうことだよ。しかもエクスカリバーって。(真)は所有者ってことか?
スキルであろうスロットも多すぎだろう。こいつ本当に人間か? チート転生者は俺以外にもいたってことか。
「私は葵。それで十分でしょう? ねぇ九条クン」
綺麗な発音だ。日本から転生者なんだろうな。それにしても、何なんだ。こいつから異様な気配を感じるんだが。
「……アオイさん、アンタが俺を呼んだってことでいいんだよな? なんの用だ?」
フィロが呼びに来たのはこいつが呼んだからだろう。フィロの慌てようはこいつの様子が関係してるのか?
「なんの、よう? ふ、ふふふふ、ふふふふふふふふふ。なんの用ですって? 分からないのかしら? ――――なら死になさい」
「避けなさいッ!!!」
「ッ!」
突然のアオイの抜刀、そしてルナの声が聞こえた時、俺は床を転がっていた。そして床を転がりながら見たもの。それは、
「――冗談だろ?」
アオイが抜き去った輝く聖剣の先、俺が先ほどまで立っていた場所に地割れのような亀裂が走っていた。
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