第52話 正しい天送の使い方

ルナの魔法が発動し俺の前から屋敷は消え去り跡には何もない。

――いや、実際にはとてつもない大穴とリムリがいる塔だけ残っているけど。


屋敷があったであろう場所には長方形状の大穴が空いているのだ。屋敷ごと地面を切り取り何処かに転送した。そう言われても納得できる状態だった。

穴の深さは軽く十mはあるだろう。下の方には押し潰された瓦礫が真っ平らに広がっているようだ。ハーフの村で使った魔法とは比べることも出来ないほどの威力と範囲だ。これがルナの、精霊神と呼ばれ奉られる者の本当の実力なのか。


「すげぇ威力だな。なんだか大きくなってたけど、あれは?」

ルナの姿は既に元の大きさに戻り、渡していた魔石は砕け散っていた。

それなりの魔力が内包されていたと思うけど一発の魔法で使い切ったみたいだ。

……俺が出し惜しみしないとか言ったからか?


「ルナの本来の姿よ。本当ならもう少し成長するけど、この魔石じゃあれで限界だったみたいね。……惚れちゃった?」

「まぁ、可愛かったぞ。でも今のルナも可愛いぞ?」

魔力の波動が凄すぎて良くは見えなかったけど、かなりの美少女だったと思う。


「ふ、ふふふふふ。ジンがお願いするならあの姿になってあげてもいいのよ。ちょっと燃費悪くなるけど」

ルナの話では、あの姿を維持するだけで俺の魔力は常に空になると言う。それでも俺がこれだけ強くなったから可能になったことらしいが。


「却下。ルナは今の姿が一番いいよ」

「……まぁ、ジンがそう言うならいいけどね。――それじゃ、リムリはっと、……まだリムリ以外に反応があるわね。あの塔に逃げ込んだわね」

「ならまだリムリは! フーカ! 呆けてる場合じゃないぞ! まだ終わってない、リムリを助けるまで気を抜くな!」


フーカは予想外の出来事にポカーンっとしていた。まぁ、誰でもそうなるよな。俺も人のことは言えないが、リムリを助けるまで気を抜くわけにはいかない。


「ッ! は、はい! 申し訳ありません!」

「それじゃ、あとは任せるわよ。ちょっと疲れたわ」

「あぁ、任せろ」


ルナを肩に乗せ俺達は塔を目指して走り出す。


「あの塔、入口がありません。三階部分からしか出入り出来ないのでは?」

塔は三階部分に屋敷と繋がっていた通路を残し、あとは窓が一つあるだけだった。一階、二階部分には窓も扉もないようだ。


「あそこに転移して――リムリ!!」


俺達が塔に近付くと通路があった場所からリムリと冒険者の様な男が俺達を覗き込んでいた。


「ご主人様! フーちゃん! え、きゃッ! え、えええぇぇぇぇぇ!」


リムリが俺達の姿を認識するとほぼ同時に男が右手にリムリを抱え、左手でブタの胸ぐらを掴み上げ、塔から飛び降りたのだ。


「――って、おいおいおいおい!!! リムリ!!」

「リムリン!!」


俺達が慌てて駆け寄るが男は軽々と着地してブタを放り投げ、リムリは自分の足元に降ろした。

三階の高さからリムリと自分の二倍はありそうなブタを抱えた状態で何事もなく着地しやがった。


「……人の家族に随分な扱いだな、おい。助けに来た冒険者ってわけじゃねぇだろ?」

「あ、あなたは!」

俺の後ろを付いて来ていたフーカが男の顔を見て驚愕に震えていた。


「久しぶりだな、小娘。あの傷で生きてたってか、驚きだぜ。それどころか新しい主人までか。まったく、自信なくすぜ」

なるほど、こいつが先日フーカを斬った護衛ってことか。そして、フィロをあんな目に合わせた犯人かッ!


「お前がフィロを! リムリをどうするつもりだ! 人質なんて抜かした時点でお前を殺すッ!!」

ルナの壮絶な一撃で怒りがぶっ飛んでいたが、いざ犯人二人を目の前に怒りが再点火した。


「おいおい、人質とは失礼だな。俺はこうしてそこのブタからこの娘を救ってやったんだぜ? 感謝して欲しいぐらいだぜ?」

「なら先ずはリムリを離せ。話はそこからだ」

「嫌だね。今離せば、俺は自分を守ることができそうにねぇ。だから交渉だ。俺はそこのブタに雇われていただけだ。つまり元凶はそこのブタだ。そのブタを差し出すし、この娘も返す、それで俺を見逃して欲しい」


ブタは足を斬られているようでぶひぶひ言いながら地面を転がっていた。自分が助かる為に雇い主を差し出すか。


「言っとくが、俺は好きでそこのブタに雇われていたわけじゃねぇ。俺も弱み、握られててな。そっちの奴隷娘を斬ったのだってブタの指示だぜ?」

「……例え命令だったとしても、フィロをあんな目に合わせたのはお前だ。そんなお前を俺が見逃すとでも?」

「思わねぇな。だからこその交渉だろ。この娘の無事、これがお前の望みなんだろ? 先ずはそこ目指せよ。過去を振り返っても事態は進まねぇよ?」


この野郎。言うに事欠いて。了承したフリしてリムリを取り返すか。


「もちろんただの口約束を信じるほど、人間できてねぇからな。これを使わせてもらう。契約を守らせる為の魔法がかかっている。破ることは不可能な超レアアイテムだ」


指輪を見せつける男の言葉に人物鑑定をしていなかったことに気付いた。相手の力量は元より、所持装備すらも確認していなかったとは、俺は思ったより冷静じゃないのかもしれないな。


スペルド・クルース

人族LV41

冒険者LV29

階級「中尉」

死者の剣(神)

盟約の指輪(神)

・先読みLV5


レベルもさる事ながら神具二つを所持。そしてスペルドが見せる指輪は神具だ。契約を守らせるか。所有者が使わない神具はかなり性能が落ちる。この指輪にどの程度の力があるのやら。


「(ジン、神具相手に迂闊な真似はしてはダメよ)」

分かっているけど、この男をどうにかしないとリムリが――

「どうした? 受けないって言うならこの娘の命は保証しねぇぜ?」


スペルドはあろう事かリムリの首筋へ死者の剣を当てた。薄れつつあった俺の怒りのボルテージが最高になってしまった。


「ッ! ば、バカな真似するんじゃねぇぞ!! この剣に切られた傷はぜってぇ治らねぇんだ! お前が動くより俺がこの娘を斬る方が早いぞ!!」


「(じ、ジン、落ち着きなさい! 心を静めなさい!)」

安心しろよ、俺は冷静だぞ? ちょっと奥歯が割れたし、握り締めた拳から滴るものがあるけど、リムリが危険になるような真似をするつもりはない。  


「(――ルナ、あの剣を送れるか?)」

「(っ! ええ。やってみるわ)」

ルナの姿は俺にしか見えていない。スペルドは近づくルナに気付かずルナは死者の剣に触れ一言。


「(天送)」


「あ? なんで剣が光って、うおッ!! なんだぁ!! ッが!」

輝き出した剣は一瞬でスペルドの手を離れ神様の元に送られ、その隙を逃さず俺はスペルドの顔面を全力で殴り飛ばした。


「大丈夫か? リムリ」

「ご主人様ぁ!」

俺の全力の拳を食らいぶっ飛びながらも受身を取るスペルドに警戒しつつ、ぎゅっと抱きついてくるリムリの背中を抱きしめる。


「ごめんな。遅くなった」

「ううん。凄く早かった。ありがとうございます。ご主人様」

やはり不安だったのか、俺に抱きつき涙を流すリムリを撫でてフーカに視線を向ける。


「フーカ、リムリを頼む」

俺の言葉に即答せずフーカはスペルドを見て言った。


「……ジン様、私にやらせて頂けませんか?」



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