第51話 リムリの覚悟
――私はとても無力です。一人、部屋に残されて今までのことを考えてきました。
ドリオラ様に守ってもらい、フーちゃん、フィロさんに、そしてご主人様に守ってもらう。守ってもらうだけの存在です。
役に立ちたい。恩返しがしたい。私が皆を守ってあげたい。そう思うのに今の私は冷たい床の上に転がって助けを待つだけの無力な役立たずです。
でも、きっとご主人様はそんな私でも命懸けで助けに来てくれる。そう信じている私がどうしようもなく嫌いです。
「ジンさまぁ」
期待してはダメ。ここにご主人様が来るということはブリッタとの敵対を意味する。即ち貴族との敵対になってしまう。いくらご主人様が強くて、ルナ様も付いているといえ貴族と戦うという事は国と戦うことになってしまいます。私なんかの為にそのような真似は絶対にさせられません。
だから、
――――私はここまでです。
お優しいご主人様はきっと悲しむでしょう。ルナ様も悲しんでしまうかも知れません。フーちゃんはきっと泣きます。ドリオラ様、フィロさん、ミニャさん。たった数日で、私には勿体無いほどの人たちと出会いました。私は幸せ者です。泣いてくれる人がいるのだから。
「ごめんなさい、ご主人様。リムリはご恩を返すことも出来ないダメな奴隷でした」
でも、ご迷惑を掛けるわけにはいきません。こんな私を家族だと言ってくれた貴方にだけは――。
ベット以外何もない部屋だけど一つだけ窓があります。――きっと痛いと思います。でも、私はご主人様の奴隷です。あのような卑怯者に好きにさせるわけにはいかないのです。
『リムリィィィ! 助けに来たぞォォォォォォォ!!!!』
「ッ!!」
待ち望んだ声、聞きたかった声、でも、聞きたくなかった声。この声が聞こえたと言うことはご主人様は貴族であるブリッタ様に敵対したという事を意味します。役立たずな私の為に。
「どうして、どうしてですか、ジンさまぁ」
情けなくて涙が出た。もう覚悟を決めていた。そのはずだったのに、たった一声聞いただけで私の決意は音を立てて崩れて行く。
生きたい、ご主人様と一緒に。こんな場所からすぐに出て、ご主人様の腕の中に飛び込みたいッ。
――死にたく、ないッ!
「助けてぇ、ジンさまぁ」
「ぶひぶひ! 安心するといいぶひ、すぐに合わせてあげるぶひよ。死体と、ぶひ」
扉が開きブタと先ほどの男が入って来ます。
「ぶひ、馬鹿な男ぶひ。実力も分からずにここまで追ってくるなんてぶひ。ぶひ、リムリちゃんが我輩のものになると誓うなら命は助けてやるぶひよ?」
気持ち悪い笑みを浮かべるブタが何かをさえずっています。
私がこのような者のものになる? ――馬鹿にしないで欲しい。ご主人様が助けに来てくれた。私がするべき事はそのような不義では決してない!
「ジン様は必ずここまで来ます。そして私を抱き締めてくれるでしょう。なら私はそれをただ待つだけです。ブリッタ様、私のご主人様を侮らない方がいいです」
私も覚悟を決めます。ご主人様は必ず来ます。ならご主人様の奴隷である私が惨めな姿を晒すわけにはいきません! 例えどれだけの仕打ちを受けようと私はもう屈しません。
「ぶ、ぶひ」
「くっくっく。こりゃ傑作だ。さっきまで泣きべそかいてたお嬢ちゃんがいっちょ前に言うじゃねぇか。ふん――いい目だ。あの小僧を信じきってるって目だな。フィロのヤツも似た様な目をして何度も掛かって来たぜ」
やはりフィロさんは助けてくれようとしたんだ。フィロさんは無事なんだろうか。
「ぶ、ぶひ! リムリ! 我輩のものにならんと言うなら後悔することになるぞ! 我輩は貴族ぶひ! あの男を抹殺することも容易ぶひ!」
興奮した様子でぶひぶひ言ってますが、もう先ほどまでの不安はありません。
「どうぞご自由に。ご主人様はその全てを敵にまわす覚悟でここまで来たのです。ならば奴隷の私はただ付いて行くだけです」
「ぶひ! このッ!!」
ブタが振り上げた手が私に伸びて来た時、その声は響きました。
『ジンを悲しませるんじゃないわよォッ!!! デス・グラビトン!!!!!』
ブタの腕は空を切り私達はとても立っていられないほどの衝撃に皆床に転げました。
「ぶ、ぶひ! な、なんだぶひ!」
「つぁ、こりゃ、やばそうだぞ。一体、ッ!! こ、これ、は?」
男は素早く体勢を整え窓のそばに向かい外を見ました。するとこの世のものではない者でも見たかのような表情で固まっていました。
「ぶひ、これ、は、いったい? 我輩のやしきはどこへ?」
ブタもまた窓から外を見て絶望していました。流石はご主人様です。遠くに居ながら私のことを守ってくれたのです!
「これが、私のご主人様の力です!」
ルナ様の声が聞こえたので、恐らくルナ様のお力だとは思うけど、ルナ様のことは秘密なのでご主人様の力で間違っていないでしょう。
窓には二人がいるので私は覗くことが出来ないのですが、二人が絶望しているようなので相当な景色が広がっていることでしょう。
ご主人様のことです。きっと向かって来た兵士の方々を圧倒しているのでしょう。
「は、ははは。ブリッタさん、どうも踏んじゃいけねぇ尻尾を踏んじまったみたいだな。絶対に起こしちゃならねぇ獅子を目覚めさせたんだよ」
…………なんだか私が思っているより凄いことになっていそうです。
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