第50話 チート精霊の本気


「きゃ! ……こ、ここは」


フィロさんが助けに来てくれたと思ったけど、気が付いたら頭に袋をかぶせられたまま馬車に乗せられていた。

結構な時間揺られていたと思うけど、今度はかなり大きなお屋敷みたい。


「ぶひ、ブヒブヒ! やっと来てくれたね、リムリちゃん。もうなにも心配しなくていいぶひ」

「ひぃ! ぶ、ブリッタ様」


人の姿をした豚が近付いてきた。全身に鳥肌が立つし、悪臭が、うっ吐きそう。


「ぶひぶひ! そんな心配そうな顔しなくてもこれからは我輩が守ってあげるぶひ。あのガキが来ても追い返してやるから安心するぶひ」

「な、なにを! 私はご主、ジン様の奴隷です! 帰して下さい!」

「ぶひぶひ、大丈夫、我輩に任せるぶひ、あぁ結婚式が楽しみぶひ。ぶひぶひ!」

「ッ! な、なにを。っフィロさんはどうしたのですか! さっき確かに」

「ぶひ? あぁ、我輩とリムリちゃんの仲を裂こうとしたみたいでスペルドに切られたみたいぶひね。この前の小娘は死に損なったみたいだけど、次は大丈夫だぶひ」


な、何を言ってるの? 小娘? まさか。


「ふ、フーちゃんを斬った貴族って」


「ぶひ、あの奴隷商がなかなか頷かないからちょっと手を打っただけぶひ。これもリムリちゃんの為ぶひよ。ブヒブヒ!」

頭が真っ白になる。私のせいでフーちゃんが? 私のせいでフィロさんが? 私のせいでご主人様が? 


「ぶひぶひ! ここに居れば我輩が守ってあげるぶひ、安心するブヒよ! ぶひぶひ!」


ッ!……ジンさまぁ!






「ッ! リムリが泣いている。……気がする」

「大変です! 早く助け出さないと!」

大岩を過ぎて牧草地に踏み込んだ時、俺の第六感が囁いた、気がする。


「フーカ、鵜呑みにしないの。ジンも適当言わない。……実際可能性はあるけど」

「大変です!!」

「くそ、あの豚やろう! リムリに何かあったら殺して生き返らせて殺してやる! あぁ!! 考えただけでぇぇ!! 行くぞフーカ!!」

「はいです!!」

ゆっくりなんてしてられねぇ。見つかろうと構うか!


「ちょ、待ちなさい!!」


ルナの声を背後に俺達はクロボロ(ブタ)の脇を駆け牧草地を爆走する。



「――見えた。あの丘だな!」

牧草地を抜けると少し高くなった場所に大きな屋敷が見えた。

三階建ての建物で前方には大きな門も見える。屋敷の両脇には灯台のような塔が立っており、屋敷から渡り廊下が伸びていた。


「ルナ! リムリの居場所は分かるか!」

「ちょっと待ちなさい。……あの右側の塔ね。フーカとリムリはジンの気配が少しするから間違いないわ」

奴隷契約によって俺とフーカ達には繋がりがあるらしい。俺には分からないけど、ルナが言うんだ間違いないだろう。

俺達はそのまま門のそばまでやってきた。


「どうするの? このまま突撃する?」

「いや、それより。すぅぅぅ――リムリィィィ!! 助けに来たぞォォォォォォォ!!!!」





ジンがブリッタの屋敷に付く少し前、ブリッタとスペルドは屋敷と塔を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。


「ぶひぶひ、スペルド良くやった! 報酬は期待しておけ、ぶひ」

「そいつぁどうも。これで俺の役目は終わりだろ。そろそろ別の街に行こうと思っているんだが?」

リムリを塔に押し込めて、ブリッタは上機嫌でスペルドを呼び出していた。


「ぶひ、なにを言うか。お前は役に立つぶひ。このままここで我輩に仕えるがいいぶひ」

「……俺は娘を手に入れるまでの契約だったはずだが? これ以上厄介事はゴメンだぜ? 流石に街でもやり過ぎちまったしな」


スペルドはここに来てからブリッタの命令で既に四人を斬っていた。そして今日、この街の逆鱗の一つにも触れたのだ。この街でフィロを襲うことの危険性は理解していた。しかし、今回に限ればブリッタに全てを押し付けることができると思いフィロと戦ったのだが、フィロのあまりの執念に手加減の余裕はなく、思いの他重症を負わせてしまったのだ。


(あの怪我で生き延びることはありえねぇ。ブリッタに押し付けてさっさとこの街を出ないとな)


「ぶひ、そんなこと我輩は知らんぶひ、このまま去るなどと言うなら我輩を敵に回すことになるぶひよ? ブヒブヒ」


スペルドの思惑を読んでなのかブリッタの言葉でスペルドは顔をしかめた。このまま自分が去れば全ての責任をスペルドに押し付けるのは間違いないのだ。


「ッチ! これだから貴族ってやつぁ。……しばらくは我慢するしかないか」

ブリッタに聞こえないように囁くスペルドのつぶやきをかき消すようにブリッタの従者が駆け寄ってきた。


「た、大変です! ブリッタ様! 例の男が来ました!」

「ぶひ、なにを慌てる必要がある? あの程度の男に何ができ――」


『リムリィィィ! 助けに来たぞォォォォォォォ!!!!』


屋敷の窓を震わせるほどの大声量にブリッタ達は耳を押さえた。


「ぶ、ぶひ。なんだぶひ、ぶひ」

「っるせぇ。どんな声してんだよ。……来たのはガキ一人か?」

「い、いえ、少女が一緒です」

思わぬ攻撃に戸惑うが、ブリッタの反応は早かった。


「ぶひ! 我輩のリムリを! 傭兵達を全て出すぶひ! リムリにまとわり付く虫は息の根を止めるぶひ!」

「……ッチ。ブリッタさん、俺は念の為に娘の護衛につくぜ?」

「ぶひ、そうだぶひ、リムリが心配してるぶひ、早くそばに行かなくてはぶひ!」

ドスドス体を揺らしながら走るブリッタの後ろをスペルドが付いて行く。


「……ここまでやって来れるかねぇ」


スペルドが窓の外を眺め門の前に立ちすくむジンとフーカを視界に捉えていた。





「……ジン。うるさいわ」

「耳がキーンってしますぅ」

「すまん」


つい本気で叫んだが思った以上の声量だった。レベルが上がり身体能力が上がっているとは思ったけど、まさか声量まで増すとは。


「だけど、これならリムリにも聞こえただろ?」

「ええ。他の者にもね。なんかぞろぞろ出てくるわよ」


俺の視線の先はルナ同様、門の先にある屋敷の玄関に向けていた。そして玄関からは統一性の無いバラバラの装備をした男達がゾロゾロと出て来ていた。


「あぁ。手間が省けただろ?」

どうせ、ここを突破してリムリを助け出すのだ。傭兵の百や二百で俺達を止めれると思うな。


「ルナ、これを使ってくれ」

アイテムボックスから取り出した野球ボールほどの魔石をルナに渡す。


「これ、さっきのダンジョンボスの魔石。……ここで使うのね?」

魔石は魔力の代わりになる。そしてこの魔石には元々の魔力以外にダンジョンで集めた小魔石三十個分の魔力、俺とフーカの魔力を試しで入れた分が貯め込まれている。女王蟻の魔石には届かないがかなりの魔力が保有されているだろう。これと俺の魔力を合わせればルナが魔法を使えるはずだ。


「あぁ。思いっきりやってくれ。リムリを一秒でも早く助ける! 今回は出し惜しみ無しだ。俺の持てる力の全てを使って俺の家族に手を出した事を後悔させてやるッ!!」

俺の言葉に目を瞑り、スっと目を開けたルナは神妙な眼差しで俺を見た。俺は黙って頷く。


「――そう。……分かったわ。なら、ここはルナに任せてもらうわね」

ルナが魔石を両手で抱きしめるように持ち俺達の前に出て傭兵達と対峙した。


「――――ルナが怒りに任せたら誰もジンを止められないと思って我慢してたのよ? でも、ルナが間違えていたみたいね。ルナはジンの本気を読み違えていた。パートナー失格よ。だからここで挽回させてもらうわ」


なんだかルナが随分と落ち込んでいる。そしてすごく怒っている。ここまで怒りを露わにしたことは今までなかった。

――ヤバい。これはきっとマズイやばさだ。とりあえずフーカを後ろに庇う。フーカもルナの怒りを感じているのか俺の服をギュッと握り震えていた。  


「――ルナだって! 本当はすっごくッ!! 怒ってるんだからねぇ!!!」


ルナの怒りを表すかのように魔石が緑色の光を放ち輝き出し、その光がルナを包みルナの体が大きくなっていく。

俺でも分かるほどの超濃密な魔力、ルナの姿が歪むほどの魔力量に傭兵達からも悲鳴のようなものが聞こえる。


そして、ルナの姿がフーカぐらいまで大きくなった時、ルナの声が響く――



「ジンを悲しませるんじゃないわよォッ!!! デス・グラビトン!!!!!」




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