第48話 重傷

ジン達がダンジョンを制覇した頃、ガルドの街にある医療院には冒険者が集まり大騒ぎになっていた。


「フィロさんがやられたって本当かッ!!」

「重体だって聞いたぞ! 誰がやったんだ!」

「ボロトのヤツが見たらしいぞ、あいつ何処いった!」

「おい! 俺も病室に入れてくれ! フィロさんは無事なのか!!」


「み、皆さん、お、お静かに! 他にも患者さんがいます。どうかお静かに」


「くそッ! 誰が犯人だ! ぜってぇタダじゃおかねぇぞ!」

「街の封鎖は出来ねぇのか! 逃がしちまうぞ!」

「冒険者がどうやって街の封鎖なんて要請できんだよ。冷静に考えろ」

「あぁ? なにが冷静だッ! フィロがやられてんだぞ! ふざけてんのかテメェッ!!!」



「――全員ッ!! 黙れッ!!!!!!」



「「「「「ッッ!?」」」」」



街中に響くんじゃないかと思うほどの声量で一人の青年が全員の前で叫んだ。その声を聞き、その姿を見て、全員が口をつぐんだ。


「皆さん、お静かに。他の方の迷惑です。騒ぐなら僕が黙らせますよ?」

その青年、冒険者ギルド副ギルド長カム・クロートの姿を見て。


「……カムさん。全員を代表して聞きたい。フィロさんの容態は?」

カムの近くにいた冒険者の男が一歩前に出て静かに問う。


「……僕は医者じゃありません。なので確かなことは言えません。ですが、――――あまり良くないです」


静かに語るカムの姿に冒険者達は歯を噛み締め、拳を握り込む。ここに集まっている冒険者はかつてフィロに命を救ってもらった者や冒険者のノウハウを師事した者、その強さに憧れを抱いている者などだ。その憤りはカム自身も痛いほど分かっていた。


「なら、犯人の目星は?」

「今、ミニャさんが話を聞いています。だけど、………………簡単に喋れる状態じゃないんです」


搾り出すように言ったカムの一言は全員の頭を震わせた。

血が滴るほど握り締めた拳、叫ばぬよう噛み締め口から血が流れる者もいた。

しかし、全員が騒ぐことなく、黙ってそのやり取りを見ていた。ここで叫んではこの場にいられなくなる。何かあった時に傍にいられず、手助けが出来ないなんてことになれば、それは一生後悔することになる。

例え何の役にも立たなかったとしても近くで祈ることはしたい。恩義に報いたい。それがこの場に集まった荒くれ者達の総意だった。


「ッ! お、俺達にできることは?」

「今は、ありません」

「分かった。皆、聞いての通りだ。今はまだ、だ」


男の言葉に全員が頷き、各々がその時を静かに待った。




「下手人は分かってるの?」

ぐったりとベットに横たわるフィロの姿を見つめたままミニャは声を絞り出した。


「は、はい! たぶん、ですけど、帝都で問題起こしたって噂になってたスペルドって元少尉冒険者の野郎だと」

「そう」

「ミニャ、馬鹿な真似はするなよ。お前の立場を忘れるな」


病室にはフィロとミニャの他に五人の姿があった。二人はフィロを治療し続けている医療魔法師。一人はフィロとスペルドの戦いを目撃してミニャに伝えた上等兵ランクの冒険者ボロト。

そしてかつてフィロとミニャとチームを組んでいた将校クラス冒険者の二人だ。


「……立場? たちば? …………ふ――るな、ッふざけんなっ!!! フィロ姉がやられて黙っていろなんて言う肩書きなんざクソ食らえだ!! ギルドから手配されてでもその野郎共ぶち殺すッ!!!」 

「ヒィィィィィ!」


将校クラスそれも上位の少佐ランク冒険者の本気の殺意を浴び、ボロトは情けなく床に座り込み涙を浮かべた。医療魔法師は動揺して魔法が止まってしまっていた。


「落ち着け! すまんな、あんたらは続けてくれ。どうかフィロを救って欲しい」

将校クラス冒険者に頭を下げられ落ち着かない様子の二人だったが、何とか気を取り直してフィロの治療を続行した。

しかし、その容態は決していいものではなかった。


ボロトから知らせを聞いたミニャは街中でも構わず全力で走り抜け裏通りへと入った。入って少しすると濃厚な血の匂いを嗅ぎとり向かうとそこには、血の海に倒れるフィロの姿があった。


他に誰もおらず、ミニャはすぐさま持っていた治療用のアイテムを使ったが傷口がまるで塞がらず、遅れて到着したカムの指示ですぐさま医療院へと担ぎ込まれ現在まで治療が続いている。


「できる限りのことはします。ですが、この傷はかなり特殊なものです。傷口が全然塞がらないのです。今、応援の治癒師を手配していますが、どうなることか」


一緒に付いて来たボロトもフィロの怪我の状況を見たが、ボロトは正直なんで生きているのか分からないと思っていた。自分なら間違いなく即死するほど大怪我だと。


フィロの全身を三十箇所以上の刀傷が覆い、左腕など防御にでも使ったのか複数の切り傷があり、深い部分で腕の半分以上が切れていた。致命傷になっているのが肩から腹に掛けての傷だ。内蔵まで到達しかねないほどの傷をフィロがまともに受けたことがミニャ達には信じられなかった。


「フィロさんは誰かを守っていたはずだ。そうじゃなきゃ勝てないまでも逃げ出すことぐらいできるはずだ」

「ミニャ、心当たりないの?」


「……ボロト、外の連中に今すぐジンの家を見に行くように伝えて」

「は、はいっす!」


ボロトが慌てて病室を出て大声で叫び、誰かに殴られた音が病室に響いた。



「失礼します。ジン君の家には足の速いヤツを二人やってます。すぐに戻るでしょう」

ボロトと入れ替わりにカムが入ってきてそう報告した。


「分かったわ。あと、ジン達も呼び戻して。たぶん間違いないか――」



「――ミニャ? い、るの?」



力なく囁かれるその言葉に全員が驚き、ミニャが顔を寄せた。


「いるよ。大丈夫、いま治療しているからすぐに良くなるから」

「いぃ、から、聞きなさい。リムリが――連れて、行かれた。すぐに、ジンをっゴホッゴホッ、ジンを!」

血を吐き出しながらもその瞳から力が失われることはなくミニャを見つめていた。


「わかったから! わかったから、安静にしてぇ。お願いだからぁ」

ミニャの様子に自分の状況を理解したのかフィロは僅かに笑った。


「ミニャ、任せるわよ。ジンを連れてきて」

ミニャを安心させる為なのか、その言葉は普段のフィロのものだった。


「……俺が行こう。ミニャはフィロに付いててやれ」

声を上げたのは元チームメイトの冒険者だった。彼もまた、フィロには返しきれないほどの恩義を受けていた。


「ジン君はガリラ十階層に向かってます。彼の実力なら既に六階層まで行ってるかも知れません」

「わかった。幾つか規則に抵触するかもしれんが、構わんな?」

「お願い」

「分かった。すぐに連れ戻る」


それだけ言うと窓を開けそのまま飛び去って行った。しかし、そのことに誰も反応することはなかった。当然だ。最短距離で行くのは当たり前のこと。例え彼が民家を破壊してダンジョンまで向かったとしてもこの場にいる者達は一切非難しないだろう。


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