第46話 神風のフィロ
「ふぅー、やっと終わったぁー」
昼を過ぎてようやく家の掃除が終わった。意外とミニャさんが綺麗に掃除をしていたので、思ったより早く終わることができた。
「ミニャさんはメイドの素質がありそうだなぁ。なんで元冒険者の貴族様がお掃除上手いの?」
普通なら見逃してしまいそうな場所も綺麗に掃除してあったし、大方の部分は終わっていた。残ったのは少し手間のかかる部分だけだったので私一人でも十分に終わらせることができた。
「まだ使っていない部屋の掃除が残ってるけど、そっちはまた時間がある時でいいかな。ご主人様たちが夕方に帰って来るならそろそろ買物に行かないと。今日はご馳走を用意して皆を驚かせないと! ふふ、喜んでくれるかな?」
とりあえず市場に行って、あ、フィロさんにも声を掛けとこうかな。さっきも少し様子を見に来てくれたし、いつもお世話になってるもんね。
「それじゃ先ずは市場に行ってみよう」
銀貨をたくさん入れて買物に行くのは怖いので、麻袋に銀貨は一枚にして残りは大銅貨と銅貨を全部入れて家を出ることにした。
「戸締りはしなくても勝手に閉まるんだよね?」
流石に奴隷商でもこんな装置は付いていなかったので不安だけど、ご主人様の言葉を信じるしかない。
「魔力を出さないなら、開かない。で、魔力を出したら、わ! 開いた! 凄い凄い! 流石はご主人様!」
ついついご主人様を称えてしまったけど、誰も聞いていないだろうから大丈夫。
「それじゃ早速しゅっぱーつ!」
家を出て少し歩き出すと背後に気配を感じる。裏通りは密集していて隠れる場所は多いし、意外と住んでいる人も多いから勘違いかも知れないけど。
「……付いて来てる、よね? どうしよう。フィロさんのお店まで戻るのも大変だ――か、ぁぁ」
「ほい。捕獲完了」
背後に気を取られていると小道から大きな手が伸びてきて私の首を掴み持ち上げられた。
「ぁ、かぁ、ぁぁ」
い、息ができない。手を引っ掻くけど鉄みたい硬くて私の指の方が折れそう。
「スペルドさん、締めすぎですよ! 殺したらヤバイですって!」
「ああぁ? っち、これだから小人は、くそ弱っちぃな。お前が管理してろ」
「ぁぁ、ッ! ゃぁ、ッごほごほ!」
完全に宙に浮いていた体が左右に振られて次の瞬間、首の圧が消えてどうにか息をすることができたけど、床に転がされていた。頭がフラフラして意識が途切れそうな中、誰かに腕を後ろに縛られているみたいだった。
「さっさとしろ。これから戻って飲み直すんだからな。グズグズしてたらお前を切り飛ばすからな」
「は、はい! すぐに」
私捕まったの? 誰に? この声は聞き覚えがあるけど、頭が回らないし、体が動かない。どうしたら――ご主人様。
「――何してるの?」
薄れいく意識の中、昨日からよく聞くようになった声が聞こえた。でも、その声は怒りに震えているようだった。
ジンに頼まれてからちょくちょく店を抜けてはリムリの様子を見に行っている。あまり声を掛けてもリムリの邪魔になるから一応気配だけ探って戻っていたのだけど、昼に来ると気配がなかった。
「……買物かしら? んー。私も必要な物あるし。買物行こうかな」
店の扉に休みの札をぶら下げて、少し急ぎ足で裏路地を抜けて行く。何か嫌な気配を感じ通路を出ると少し開けた路地の向こうに倒れ込むリムリとリムリに寄る男が二人。一人はリムリを縄で縛ろうとしていた。
「――何してるの?」
自分でも驚くほど、声が震えていた。私は怒っているようだ。だけど冷静に、怒りは視界を狭くする。
「っち。お前がチンタラしてるから大物が来ちまっただろうが」
「す、すみません」
どうやら私の顔を知っているようだ。ならそれなりの冒険者だろう。大人しく引くのであればここはリムリの安全を優先しよう。
「その子を置いて行きなさい。今なら追わないわ」
「ハ! 随分とお優しいこって! だけど置いて行く理由がねぇな」
ゴロツキのような男だけど、それなりの実力者だろう。この辺りでは見ない顔だし、帝都の方の人間?
「……私は怒っているの。今すぐにその子を放しなさい。その子は貴方達が触れていい子じゃないわよ」
殺気を漲らせて睨みつけるが男はまるで動じていない。リムリを縛っている後ろの男は情けない声を出して震えているのに。
「けッ、小人風情がいきがるなよ。テメェの武勇は聞いてるけどそりゃ過去のモンだろうが。知ってるんだぜ? 神風のフィロ」
「私はそんな名前を名乗ったことはないわよ。……なるほど、貴方が最近帝都からやって来た問題児ね? 貴族の犬に落ちぶれた中尉冒険者の話は聞いてるわよ」
先日、ミニャが一応注意するようにと言っていたわね。帝都で問題起こして今は貴族に雇われてるって言ってたけど。
「黙れ、殺すぞ。いや、殺す。邪魔してんだ、旦那も文句言わねぇだろ」
「ふーん。あんたの主人はブリッタ氏ね。……なるほどその剣でフーカを斬ったわけね。つまり全部ブリッタとあんたの仕業だったわけだ」
男が抜いた剣を見てフーカの傷を思い出した。見た時にはほとんど癒えていたけど、あの傷はかなり独特なものだった。フーカの話とミニャから聞かされた話で一連の騒動がブリッタのものだと確信した。
「リムリを執拗に追い回してるって話も聞いてたし、リムリ、もしくはドリオラを追い詰める為にフーカを斬ったのね。……許さないわよ」
現在の装備は護身用のナイフが一本あるだけだ。正直、現役の中尉冒険者相手はキツいけど。こいつの装備も大した物はないみたいだし、隙を付いてリムリを助けましょう。
「ハッ! 俺とやる気かよ。いいぜ、掛かってき――ッ」
油断し過ぎね。構える前に背後に回り込んで後頭部にナイフの柄を叩きつけた。しばらくは起きれないでしょう。
私の通り名を知っていた癖に油断するなんて本当に中尉冒険者かしら?
「さてあとはそっちの、つぅ! くっ! なんで動けるのよ」
男は倒れ落ちるフリをしていたのか、地面に倒れる前に姿勢を反転させて剣を振るってきた。とっさに下がったけど、右足を少し斬られてしまった。
「テメェのことは知ってるって言っただろが。戦術も知られてんだよ。それだけじゃねぇぜ、テメェが引退したきっかけの怪我のことも知ってるんだぜ? 左半身がほとんど動かないんだろ?」
「な、なんでそれを! く、ブリッタか、これだから貴族は! っ!」
「動かない方がいいぜ、この剣は威力がない代わりに傷口が治らないんだよ。その辺の治療師じゃ治せないぜ?」
通りで血が止まらないわけだ。この程度の傷なら魔力を集中するればすぐに血止めぐらいできるのに。
「テメェはこの辺りの顔役だ。冒険者ギルドにも顔が聞くし、俺としても殺すのは忍びない。黙って帰れば見逃すぜ?」
「馬鹿らしい。私がこの程度で引き下がると思ってるの?」
「昔は凄腕の冒険者だったんだろうが、今の状況で俺に勝てると思ってるのか? 死ぬぜ? このガキにそんな価値ねぇだろ」
確かに今の状況は最悪だ。大した防具もないし、掠るだけで致命傷になり兼ねない。それなのに頼みの足を負傷してしまった。全く、どっちが油断してんだか。でも、それでも!
「勝てる勝てないじゃない、私にはその子を守る義務がある! あの子達の家族を見捨てるなんてできるわけないでしょ!!!」
勝てないならせめてリムリを。どうにか表通りまで行けば!
「バカが。だが、テメェならそう来ると思ってたぜ。せいぜい俺を楽しませろ」
「――――た、大変だ。や、ヤバイヤバいやばい! ミニャさんに知らせないと!」
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