第30話 お仕事やりますかにゃ!



ジンがボス部屋に突入する少し前の十階層入り口では冒険者達が陣形を組んで必死に戦っていた。

「ミニャさん! これヤバイって! 蟻の巣だよ! 絶対無理だって!!」

「うるさいにゃ! 将校クラスにゃらこんくらいで喚くにゃ!」

「いやいや! 普通の冒険者チームなら全滅してるって! この奥にガキどもがいるわけねぇよ!」

「これはもっと大掛かりな討伐編成で来ないと無理だと思いますねぇ」

「七人でここを突破って無理だよぉ!」

「黙るにゃ! よく見ろにゃ! 足元に蟻の甲殻やら牙が落ちてるにゃ! 通路にも削れた痕があるにゃ! これが奥まで続いているってことはまだ生きてるってことにゃ!」


その光景は冒険者達には異様な光景だった。通常一つの階層で手に入る素材は多くても二十個。それが常識であった。

それが自分達の足元に踏み場が無いように散乱しているのだ。しかもその中には希少であるはずの魔石が多数落ちていた。

誰もが拾いたいと思うもその動作をした瞬間陣形が崩れ総崩れとなるのは誰の目にも明らかだった。

そしてこれだけの数の素材が落ちていると言うことはその数十倍の数を倒しているということに他ならない。それが冒険者達の見解であった。


「そんな、ガキ二人でここを突破できるわけねぇだろ! この数を見ろよッ! 数十じゃねぇ、百は超えているぞッ! いるとしても例の魔物だろ! 今の状態じゃ勝てっこねぇよッ!!」

これだけの魔物の群れを突破できる初心者冒険者などいない。まだ可能性があるとしたら件の魔物が暴れていたと言われた方が真実味がある話であった。

冒険者達が判断を誤った理由の一つはジンの持つ山賊王の太刀の能力であるのだが、それでもジン達が将校クラスのチームでさえ進めないでいる蟻の群れを突破した事実には違いがなかった。


「ここは十階層ですね。これを突破できるだけの力があるならボスも倒せるかも?」

「ロンド! バカみてぇなこと言ってねぇで戦え! 戦線が崩壊したら一気に終わるぞ!」

「にゃー、このままじゃジリ貧にゃね。……グロックにゃん、ここは任せるにゃよ。私が先行するから引きつけてにゃ」

「……行け」

「待て待て待て待て! 今ミニャが抜けたら押し潰されるって! 何だかんだ言ってミニャが一番倒してんだぞ!」

「……どうにかしろ」

「にゃっはは、プウロ、ガンバにゃ! すぐに終わらせて来るにゃよ!」


 ミニャ一人であればここを突破することは容易であった。しかし、他の冒険者達にはミニャが切り開いた道を進むことさえ難しいほどの実力差があったのだ。

ここにいる冒険者達は件の魔物を討伐する為に来たガルド支部の上級チームのメンバーであった。リーダーのグロックは中尉ランクであり、ガルド支部のトップ冒険者の一人だった。

それでもミニャに取っては足手まといであり、グロック本人も足手まといになっている自覚があった。

このままここで戦い続ければいずれは戦線は崩壊する。それならミニャをボス部屋に突貫させて自分達が死ぬ前にボスを倒して貰った方が良いと判断したのだ。

「……お前ら、防御陣形。階段を背にして時間を稼ぐ。ロンド、お前が指揮を取れ。俺も前に立つ」

「ひぇぇ、了解です! ミニャさんがボス倒すまで頑張りましょうッ!」



 ミニャはチームを離れて気配を頼りに十階層を爆進していた。

「確かに多いけどここまでの感じからしたらむしろ少ないにゃ。それに奥にも向かっている蟻がいるにゃね」

そしてすれ違いざまに幾十の蟻を斬りながらこの異様なダンジョンの事を考えていた。


(軍曹クラスのチームを上の階層で待たせたのは正解だったみたいね。……ただこの敵の多さじゃ長くは待たせられないわよね。……それにしても本当に凄い数の蟻が殺されているみたいね。上の階まではドロップアイテムは落ちていなかったから戦闘の痕跡が分かりにくかったけど、この階層はドロップアイテムの山だ。恐らく拾う暇すらなかったのだろう。実際私でも悠長に拾っていたら蟻の群れに押し潰される可能性もあるわね)


ミニャは走りながら魔物を見る。軍隊蟻と呼ばれる、仲間を集める習性がある魔物だ。一匹一匹はそれほど強いわけではないが、これほどの数がいると話は変わって来る。ミニャでさえ、足を止めて戦いを始めれば数分持たずに囲まれ死ななくとも怪我を負い、それが一時間続いたならもはや命の保証はない。

 

(この大群を本当に素人冒険者が突き抜けたというの? 私はこの宝具(デュランダル)があるからできるけど、これをただの武具でやったとしたらもう将校クラスを凌駕するわね)

 ミニャは頬が緩むのを感じ嬉しくなる。

(もうすぐ答えが出る)

 ミニャの脳裏にはある文章が浮かんでいた。

 冒険者ギルドでジンに渡されたフィロの手紙に書かれていた最後の一文。


 ――彼は使徒様かも知れない―― 


「ッ! ダンジョン停止! 制覇したのかにゃ!」 

 蟻たちの動きが止まり崩れていく、ダンジョンの生命線であるダンジョンボスが殺られるとダンジョン内の魔物も死んでしまうのだ。

 しかし、ミニャの足は止まらない。この先――ボス部屋にはまだ強い気配があったのだ。それも飛び切り厄介な気配が。

「最悪にゃ。今の装備で寄生種と戦うにゃか。フー! 急がないと死んじゃいそうにゃね!」

 魔物もいなくなったので気兼ねなく本気で走ることにする。そして近づくにつれ話し声が聞こえて来る。


「――――逃げてくれッ!」

「ルナより先に死なせるもんですか」

「元より私の全てはジン様に捧げています」

「くそ、ヤメろ! がぁぁ、うごけ、殺させねぇぇ! 絶対にッ!」


(これはかなり切迫してないかなー。いそげ、いそげ!)

 人族の常識を超えた脚力で部屋に飛び込むミニャの視線には倒れたジンとそれを庇うフーカとルナの姿があった。 

(ヤバッ!? やっぱり寄生種じゃんッ! ってもう攻撃態勢に入ってるし!)

王蟻に向け殺気を飛ばし自分に注意を向けさせながらその背を切り裂く。

当然ながら王蟻は殺気に反応して回避した為、攻撃は当たらないがミニャの思惑は成功していた。



「どうにか、間に合ったみたいね。……にゃー」



(本当にギリギリ、間一髪ね。もし王蟻が私を無視して攻撃をしていたら子犬ちゃんは危なかったわ)

ミニャが見たジンとフーカの様子は想像以上だった。服や肌に付着した大量の砂や血の量。血は乾いて更に沁み込んだように赤黒く変色している上、装備は原型がわからないほどボロボロだった。不思議と怪我を負った様には見えなかったが、満身創痍なのは間違いがなかった。

(ジンも子犬ちゃんもボロボロでとても戦える状態じゃない。ここまで来るのにどれだけの死線くぐり抜けて来たのか。本当に新米なのかねぇ)

ミニャの見解から言えば二人はすでに戦闘不能。ここまでの蟻の群れを突破したのが間違いなくジン達だと理解できた。まさに死線をくぐり抜けてここまで辿り着いたのだと理解した。


「――な、なんでお前がここに」


 (わぁー、せっかく絶対絶命のピンチを救ってあげたのに凄い疑った目で見てくるわー。まぁ、仕方ないけど。私が行かせたわけだし)

「にゃはは、新米の尻拭いは長の努めにゃよ。っと、先ずはコイツを倒してからにゃ。詳しくは後で話すにゃよ」


「ギギギギギギ!」

(獲物を奪われて怒ってるみたいね。この状況、ダンジョンボスから寄生種が生まれたか。災害ランクA級、成長したらA+級までは行きそうね。ここで仕留めないと。さっきの一撃を躱した動きから言ってかなり苦労しそうね。でもやるしかないか!)

「――それじゃ、お仕事やりますかにゃ!」

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