第19話 服従のポーズ
ドリオラさんに見送られて奴隷商を後にして宿屋に向かうことにしたのだが、
「フーカ本当に大丈夫か? おぶってやってもいいんだぞ?」
「だ、大丈夫です! 一人で歩けます。それよりご主人様の荷物があるなら貸して下さい。私が運びます」
え、肩口からザックリ斬られた少女に荷物を持たせろと? それが普通みたいな眼差しで見てくるんだが、この世界の住民は全員鬼畜なのか?
「見ての通り荷物はないよ。フーカが荷物持ってたなら俺が持ってやったんだがな」
もちろん、アイテムボックスに入れるだけだ。しかし、フーカは本当にその身一つで来たので、二人して何も荷物を持たず歩いていた。
「ご主人様に荷物を持たせるなんてありえません! 荷物がある時は必ず私が持ちます!」
早く何か買えっと言わんばかりのフーカの様子に思わずルナと笑ってしまった。
「(ほら、ルナの方見てたら変に思われるわよ)」
「(いいさ。どうせパーティーメンバーなんだし宿に着いたら説明しよう)」
ここで騒がれてもマズイしな。それに気丈に振舞っているがあの怪我はほっといていいものではない。さっさと宿で治療してやるとしよう。
ルナからフーカに視線を戻すが、ルナと話している様子を見ても何も言わず待っている。良く躾けられているのか? いや、ただこの子がいい子なだけか。
「フーカは頑張り屋だな。だけどあまり無理するな、どうせこれから嫌でも俺の世話をすることになるよ」
主に食事だが、こんな子供に料理を作れと言っていいのだろうか? いや、作って貰わないと俺もルナも死ぬことになるが。
「嫌だなんて事有り得ません! ご主人様のお役に立てることが私の喜びです!」
うん。真剣な眼差しでそんなこと言われるとちょっとキュンキュンしますよ。なにこの子、健気。
フーカの頭を撫でなでしながら歩いていると宿っぽい建物が見えて来た。
「フーカは文字の読み書きはできるのか?」
「えっと、ある程度は商会で勉強しました。でも、難しい物は間違ってしまうかも知れません」
フーカの垂れ耳が更に元気なく下に下がってしまった。垂れ耳って実は少しふっくらしているのか?
「気にするな。俺は全く読めない。でもそんな俺たちの為に翻訳してくれるヤツがいる。だから安心しろ」
「あ、その、もしかして精霊様ですか? 先程から少し話していますよね?」
バレてました。あれ? ルナは見えないんじゃなかったの? いや、見えてはいないか。俺がブツブツ言っているからな。
「(ジンの声が大きいのよ。あんなブツブツ言っていると誰でも気付くわよ)」
「あ、精霊様ですよね? その、私耳がいいんです。精霊様の声も聞こえています。あ! もちろんお二人が話していることは聞かない様にしていますよ!」
「ちょっとフーカ落ち着け、声がデカイ」
まだ宿に入ってないのだ。通行人がチラチラとこちらを伺いながら歩いている。
「申し訳ございません」
フーカが項垂れていた。そう言えば尻尾が見えないが服の中に隠しているのか? ……あとで確認しなくては。もちろん合意の上ですよ? 変な意味はないですよ?
「気にするな。それよりあの建物は宿屋でいいのか?」
「あ、はい。宿屋さんです。あの位の文字なら読めます」
フーカが嬉しそうに指差すが、適当に筆を走らせた様な文字にしか見えない。
「あれが読めるならいいだろう。よし、それじゃフーカに宿での手続きを任せよう。出来るか?」
「はい! 大丈夫です。任せて下さい」
良かった。帳簿に名前書けとか言われてもこの世界の文字なんて書けないからな。最悪ルナに書かせるつもりだったが。
「いらっしゃい。……お一人様ですか?」
宿に入ると正面のカウンターに獣人のお姉さんが座っていた。
フーカは先に進み俺の顔を見てからお姉さんに話しかけた。
「あ、あの、お一人で「二人だ。ベッドが二つある部屋はあるか?」え、あの私は」
フーカがオドオドしているので頭をポンポンしつつ、店員を見る。
「空いてますよ。前払いで一人大銅貨四枚になります。夕食は一人銅貨五枚です」
「なら夕食付きで二人だ。大銅貨九枚でいいよな?」
フーカを金貨八枚で買ったので現在、金貨二枚、銀貨十五枚、大銅貨三枚、銅貨五枚になる。まだしばらくは大丈夫だが、ダンジョンの準備にどれくらいかかることか。
とりあえず一度ダンジョンに行って実力を試し、金を稼ぐ必要がありそうだ。
「はい。大丈夫です。長期で泊まる場合はまとめてお支払いした方がお得になりますけど?」
長期割引もあるのか? でもそれも前払いだろ? 今は金もないし、ダンジョンに潜ったら何日掛かるのか分からんしな。転移のスキルってないのかな? 次のスキルはそれがいいけどな。
「いや、とりあえずその日毎に払うよ」
「あ、あのご主人様! 私は納屋で大丈夫です。ご主人様と同じ部屋なんて恐れ多いです!」
「ん? 一緒の部屋嫌か? 別々の部屋でもいいけど。とりあえず今日は一緒の部屋で我慢しろ」
治療をするし、一緒の部屋の方がいいだろう。嫌がるなら明日からは別の部屋にした方がいいのかな?
「嫌だなんて事ありえません! えっと、分かりました。一生懸命お世話させて頂きます」
お世話はいらんが……とりあえず納得したフーカを連れて部屋に向かうことにする。
お金を払うと番号付きのカギを渡して「階段を登って右側にその番号の部屋があります」っと案内する気もないようなので勝手に行かせてもらうことにした。
「ここか。思ったより広いな。ベットも想像より綺麗だ」
とは言え、日本のビジネスホテルのように綺麗に掃除がされているわけでもなく、ベットのシーツも結構傷んでいる。
それでもここ数日はルナと被る物もなく野宿していたので、それと比べれば雲泥の差だ。
部屋の広さは十畳ぐらいかな。ベットと小さなテーブルと椅子があるだけのシンプルな物だ。
もちろん風呂はなく、トイレも共同が部屋の外にある。
「清掃は私がしますので、ご主人様はゆっくりしていて下さい」
「いやいや、それよりフーカはベットの上に横になれ」
「え? あ、で、でもまだ昼間ですよ?」
「ん? いいだろ別に? 早い方がいいし」
「で、でも、その、まだ心の準備が……いえ、分かりました」
顔を赤くしたフーカが意を決してベットに寝転がった。ほんのり潤んだ瞳で俺を見てくるんだが、これはどうしたものだろうか?
「あーも! 何やってるのよ! フーカも! なに、優しくしてくださいオーラ出してるの! 服が乱れてるわよ! 正しなさい!」
「す、すみません! 精霊様が居られることを失念しておりました! あ、えっと、その、三人で?」
「なにバカなこと言ってるの! いいからフーカそこにうつ伏せに寝なさい! 伏せよ! 伏せ!」
「は、はい!」
ルナに怒られ恐縮したフーカが飛び上がるようにベットにうつ伏せに寝た。足を曲げ、肘をたたみ顎を付けた、まさに伏せの状態で。
「おいルナ、いくら犬人族とは言えこれは酷くないか?」
「分かってるわよ! フーカ、普通にうつ伏せで寝なさい。……ちょっと待って、フーカの怪我は前でしょ! 仰向けで寝ないとダメでしょ!」
「は、はい! 申し訳ございません!」
フーカはルナに言われ、ささっと仰向けになり手を胸の前に持って来ていた。
「服従のポーズか?」
「ジンは黙ってなさい! フーカ普通にしてていいのよ。今から傷口をもう少し治してあげるわ。完治まで出来るかは分からないけどね」
さっき奴隷商でヒールを使った時に魔力を消費したが、それでも最初と比べればかなり増えている。
ルナは魔力の量を調整して通常より強く魔法を発動させることが出来るらしく、最初に盗賊に襲われた時も魔力を最大限使用して通常ちょっとした灯りでしかないライトの魔法を目くらましの魔法にまで強化したということだ。
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。この位の怪我でしたらどうにか――」
「フーカ、いいから黙って怪我を治せ。俺たちは今後ダンジョンに潜るって言ったろ? 怪我人は連れて行けないぞ」
「ッ! 分かりました。精霊様、どうか治療をお願いします」
「ルナでいいわ。それじゃ治療するわよ。力を抜いて楽にしてなさい。――癒せ精霊の息吹、リカバリー!」
ルナの魔法が発動して体が怠く、いや精神の疲れのようなものを感じた。前は何も感じてなかったのにレベルが上がって魔力が増えたことで疲れを感じるようになったみたいだ。
魔力をかなり使ったみたいだが、フーカの傷は殆ど塞がり、一番酷かった肩口の傷が少しだけ残ったみたいだ。生活をする分には何の問題もないレベルだ。明日にでももう一度治療すれば傷痕すら残らず完治するだろう。
「す、凄いです。……いえ、ご主人様とせい、ルナ様を疑っていたわけではないのですが。その、凄いです」
フーカは傷口を触りお腹辺りに傷痕一つないことにルナと俺を交互に見ていた。
「何とか上手くいったわね。ちょっと危なかったけど」
「危なかったのかよ。フーカ、調子はどうだ? 正直に言えよ? 痛みとかがあるならちゃんと報告しろ」
「大丈夫です! 肩の傷が少し痛みますけど、これならナイフを振ることもちゃんとできます!」
フーカは立ち上がって肩を回したり、ジャンプしたりして体の調子を確かめていた。
ふむ。動きを見る限りは問題なさそうだ。今の動き方を見ているとやはりさっきまではかなり無理をしていたようだ。
「それだけ動けるなら大丈夫だな。一応ルナも気に掛けてやってくれよ?」
「分かってるわよ。――それじゃ改めて、私はルナ、精霊神ルナよ。今はジンの守護精霊をやっているわ。これからよろしくね」
「…………え? 精霊神様? ですか? え? でも、え?」
ルナの名乗りにフーカは困惑して俺を見て来るので頷いておく。
「ちなみに俺は「東方の勇者よ。そして私が守るに値する人物よ」……は?」
ルナを見るとキッと睨まれたので話を合わせておこうと思う。
「勇者かは分からんけど、ま、東方から来たってことだ。九条仁だ。ジンでいいぞ」
ご主人様も捨て難いが街中でご主人様と呼ばれるのは思ったより恥ずかしかったのだ。
「東方の、勇者。精霊使いの英雄。クジョウ、ジン様」
フーカがポツリポツリと呟き、頭を整理しているようだが、聞き覚えのない言葉が混ざっているぞ?
ルナのことに驚いているみたいだし、やっぱりハーフ種にとって精霊は偉大なのかね。
「――分かりました。ジン様! 私のこの命に代えましてもお役に立たせて頂きます! 何なりとお命じ下さいませ!」
俺の前で膝を付いて平伏したフーカ。見つめ合う俺とルナ。ぐぅーっと音を立てるフーカのお腹。……寝込んでたし何も食べてないのか?
「あー、何か腹減ったな。夕食まで待てそうにないや。そうだ軽く飯、作ってくれないか?」
「うぅ。申し訳ございません」
「気にしないで。ジンがお腹減ったって言ってるんだからフーカは準備したらいいのよ。……私はまだ大丈夫だからね」
あ、逃げやがった。俺だってさっき飯食ったんだぞ。って、食材も調理場もないよな?
「食材は買ってきてもいいけど、調理場がないな。宿のを借りるのは流石にマズイよな? いいや、フーカ次いでに街を見て回るから付いて来い。途中に屋台ぐらいあるだろ」
どうせだし素材と魔石を売ってフーカの装備を見てみるかな。俺もいい加減制服脱ぎたいしな。
「あぅ。ありがとうございます。……荷物持ちは任せて下さい!」
意気込んでるしアイテムボックスのことは内緒にした方がいいかな? あ、偽装用のバック買わないとな。それ持たせるか。
「よし、なら行くぞ。外ではルナに話かけるなよ? ルナの存在は俺たちだけの秘密だぞ?」
「はい、もちろん分かっています。ルナ様がこんなところにいる何て知られたら大騒ぎになります。絶対に話しかけません」
ちょっとルナが落ち込んでる。まぁ、何かある時は今まで通り俺が話そう。それにしても大騒ぎになる、か。精霊ってやっぱり珍しいのかね。
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