第16話 奴隷の少女



部屋に入るとまず、血の匂いが鼻をくすぐった。

部屋は四畳程度で狭く奥に布団が置かれ、そこに獣耳の女の子がぐったりとして寝ており、その横では魔法を使っている小学生ほどの少女がこちらを驚いた表情で見ていた。


「ド、ドリオラ様、えっと、その、今日は……」

「分かっておる。こちらのお客様がお前たちに気付かれて様子をみたいと仰っておるのだ」

「突然すまんな。俺も簡単な治療なら……これは、酷い。――ドリオラさん? 貴方はさっき、このようなことはしないと言っていませんでしたか?」

獣耳少女は肩から腹にかけて斬りつけられているようだった。少女の回復魔法で血止め程度には治療しているみたいだが、このままでは間違いなく助からないだろう。見たところまともな治療は受けていないようだ。少女の回復魔法のお陰で一命を取り留めている感じだ。

「ま、待って下さい! ドリオラ様は悪くないんです! これは私たち、が」

少女は言葉を詰まらせ涙を流していた。それを見て熱くなっていた頭が急激に冷めた。

「すみません。事情も知らずに勝手なことを言いました」

「お気になさらず。私もどうすることもできていないのです。先ほどの発言を守れていないのは真実です」

「(ルナ、治療はできるか?)」

「(出来るけど、いいの? この子を買うことになるかも知れないわよ?)」

「(このままじゃこの子、間違いなく死ぬぞ? それにスキルもある)」


フーカ・クロイム 裂傷(大)

犬人族LV5

奴隷LV2

・料理LV1・剣の極みLV2


探し求めた料理スキルだ。しかも珍しいことにスキル二つ持ち、それも極み系。ルナも魔道の極みを持っているし、名前的にその系統を極めることができるってことか?

「(料理スキルあったのね。ならこの子を買いたいって伝えてからにした方がいいでしょう)」

「(そうだな)――ドリオラさん。この子は幾らですか?」

「……え? でもフーちゃん怪我してて――」

「リムリ黙りなさい。――申し訳ありませんが、見ての通りこの怪我です。……持って今日一日でしょう。そのような者を売り出すことはできません」

「しかし、この店にいる者は全てが商品だと言っていたでしょう? それに俺も無策で言っているわけではありません。俺ならこの子を助けることもできます」

「この怪我を治すとなれば上級の治癒師に依頼する必要があります。金貨数十枚は必要ですよ」

治療ってそんなにかかるのか? 俺はルナがいるからいいけど、普通の人は大変だな。

「問題ありません」

ドリオラはしばらく考えてから指を一本立てた。

「普通なら犬人族の少女の価値は金貨八十枚ほどでしょう」

ぶッ! 奴隷ってそんなにするのか。半額どころか一割程度しか持ってねぇぞ。

「――しかし、この子はハーフ種であり、その上大怪我を負っております」

ハーフ種? この子が? 鑑定には何も書いてないぞ。

「(ハーフ種の見分け方は基本的に種族の特徴が反映されていないこと。犬人族ならもっと獣っぽい顔になるはずよ。この子は人間よりね。あとは絶対じゃないけど瞳の色が黒色になり易いって話よ)」

寝てるから目の色は分からんけど顔は普通の女の子だな。頭の上には犬耳が垂れているけど。

「――そこで、クジョウ様が治療することを考え特別に金貨八枚でどうでしょうか?」

……おいおい、一割になったぞ。え、なんか訳ありなのか? 

「破格の値段になりましたね。いえ、俺としては有難いんですけど――裏を勘ぐってしまいます」

「当然ですな。もちろんお話致します。この子は本日の朝、店の前の清掃をこちらのリムリと行っていたのですが、そこに貴族のご令嬢が通りかかり、気付かなかったリムリがその方の道を遮ってしまったのです」

え? 遮ったって、邪魔だから切り捨てたってこと? あれ? リムリ?

「ご令嬢はハーフ種に道を遮られたことに大層ご立腹だったらしく、従者に命じてリムリを切り捨てようとしました。それにフーカが気付き、リムリを庇って怪我を負ったのです」

そっちの子もハーフなのね。涙目になりながら一生懸命回復魔法を使っている。ふむ、つまりその貴族のアバズレが悪だってことだな。

「それはこの辺りではよくある出来事なんですか?」

「そうですね。他人の奴隷を傷付けてはならない、と定められていたとしても貴族の方に苦言が言えるわけもなく、黙殺されていますね。一応今回は商品代金として多少のお金は置いて行かれました。ですからクジョウ様にお安く提供することが出来る訳ですが」

どこの異世界でも腐った貴族が蔓延しているみたいだな。関わり合いにはなりたくないが、この子は助けてやりたいしな。料理も作れるし。

「概ね理解しました。この子を買い取ることでその貴族と何か問題が発生するといったことはありますか?」

「恐らくこの子の顔も覚えていないでしょうね。従者の方は元は名の知れた冒険者だったらしいので殺し損ねたこの子を覚えているかも知れませんが」

それくらいなら問題ないかな? 貴族を越えてその従者がこちらに攻撃してくることはないだろう。

「(ルナ、この子で良いだろ?)」

「(そうね。この子が居ないとご飯食べれないしね)」※料理にスキルは必要ありません。

「分かりました。一応注意はします。それじゃこの子を買わせて貰いますね」

「はい。ありがとうございます。この子もお優しい主人の元へ行けて幸せでしょう。ではすぐに手続きを致しましょう。リムリ、もうしばらく任せるぞ」

「は、はい。あ、あの、フーちゃんをよろしくお願いします」

リムリは顔をくしゃくしゃにしながら俺に懇願していた。責任を感じているのだろう。この子が泣く必要なんてなかったはずなのだ。


「(ルナ、ある程度でいいから回復魔法掛けてくれるか?)」

いきなり全力で回復魔法を使って俺の時みたいになるとマズイ。やるなら人目のつかない場所でだ。

「(了解。ならジンがヒールって唱えて、それに合わせてルナが魔法を使うから)」

「(了解)ドリオラさん。先にちょっと回復魔法使わせて貰っていいですか? このまま置いて行くのは忍びないですし」

「もちろんです。よろしくお願いします」

「では、――ヒール!」

「(癒しの光よ。ヒール)」

あ、詠唱っているのか? でもルナは詠唱言わない時もあるよな?

俺の手の下でルナがヒールを使いフーカの傷口が多少塞がった。とりあえず止血にはなっただろう。

「……無詠唱。それにこの力、すごいです」

「クジョウ様は治癒師の方でしたか。それにしてもその年で無詠唱までとは。さぞ名の知れた治癒師なのでしょうが、自分の無知が恥ずかしいです」

……やっぱりマズったかな? でもルナの魔法も俺のみたいなものだしいいだろ。魔法剣士ってことにしよう。


「う、うう。リムリン? あ、ドリオラ様、と?」

「フーちゃん! 目が覚めたの大丈夫!?」 

「これリムリ、お客様の前ではしたないぞ」

「も、申し訳ございません。 あ、フーちゃんを助けてくれてありがとうございます!」

リムリは土下座するように地面に頭を当てて泣いていた。フーカもそのやり取りで自分の状況を理解したようだった。

「ドリオラさん。手続きがいるんですよね? ならその間にリムリちゃんからフーカに説明をして貰っていていいですか? 恐らくフーカも現状が分からないと思いますし」

「はい。お心使いありがとうございます。それじゃリムリ、フーカに説明をしてから準備が整ったら応接間に来なさい」

「は、はい! ありがとうございます」

これで最後に話もできるだろう。最後と言ってもここに来るときにフーカを連れて来ればいいんだけど。


「あ、あの、助けて頂きありがとうございます」

フーカが律儀に体を起こそうとするのを手で止めて軽く頭を撫でた後、ドリオラさんと始めに案内された応接間に戻ることにした。

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