スピリチュアル・クリミナル 2
自分のセミナーの生徒である奇妙な集団を連れて来たヒーラー、ヨアヒムは、この滞在時に、ナータからささやかなエゴ崩しの「げんこつギフト」を何度ももらっていた。
たとえば、ナータと交信をしていると主張し自分の生徒たちにそう宣伝してきたが、トラタ共和国ではいつもそれと正反対のことが起こったのだ。ナータはなかなかヨアヒムの思ったようには動いてくれず、ヨアヒムの「予言」に反して、彼らと会う機会もほとんど与えなかった。自称チャネラー、自称聖人にとって「予言」が外れることはとても恥ずかしいだろうし、いつも宣伝している手前面目丸つぶれだ。
この滞在時の終わりに、ヨアヒムは真剣な表情で首を振りながら「今回のナータはとても厳しいよ」と渚沙に漏らしたのである。小さな「げんこつギフト」の連打はけっこう強力だったらしく、それ以来ヨアヒムはトラタ共和国にやって来ない。
しかし彼は、日本の問題児、ハルや
ナータは、新たにスピリチュアル・ビジネスを始めたがる人や、今の仕事を辞めてヒーラーになりたいという人に、緩やかにアドバイスして止めていた。ナータは決して強制しなかったが、彼らはたいてい素直にその通りにしたため、スピリチュアル系狂人の連鎖的大量生産があちらこちらで食い止められたのである。
こんなこともあった。
ある時、ヨアヒムの元生徒であるセレナというスペイン人女性が次のように質問した。
「もっと神と心の中で強くつながりを持つためには、どうしたらいいでしょうか?」
すると、ナータはこう答えた。
「そんなことをする必要はない。今の世の中には、狂った人たちが大勢いるのだから、あなたまで狂う必要はない」
意外だ……通常なら神と心の中でつながることは勧められるべきことなのに。しかし、渚沙はすぐにあることに気づいた。会社勤めなどで多忙であり、地に足がついていて健全な人には勧められることでも、既に精神的に病んでいるスピリチュアル系には別問題が発生するからに違いない。
「精神的な問題を抱えている人たちは、スピリチュアルをやってはいけない」という精神科医はいうが、それと似ている。
妄想癖のせいでさらに症状が悪化し、神と交信していると主張し始め、やがて聖人や神そのものになり切ってしまうからだろう。重度のスピリチュアル系患者は、大概そのような課程を経て誕生している。
当初、妄想としか思えない奇妙な発言ばかりをしていたセレナ。だが、頻繁にナータに会いにやって来て、時には厳しい精神治療、げんこつギフトをもらったお陰だろう、正常な「人間」に近づいてきている。
さて、ヨアヒムが連れて来た生徒たちは、ほぼ全員、ヒーリングのセミナーの他に、光だけを食べて生きるセミナーをヨアヒムのところで受けていた。そのコースだけで、一人約八十万円の受講料を支払ったというから目が飛び出た。既に物を食べずに生きられるようになった人がその集団の中にいたかどうかは、誰も興味がなくて尋ねなかったので不明だ。
ヨアヒムが、ナータからスピリチュアル・クリミナルと呼ばれたのも、そうやって人を洗脳して支配した上、大儲けしていたからだろう。数年後には、ヨアヒムは妻と共謀して客の土地や家を売却するように説得し、全額寄付させていると聞いた。こうなると、なにかしらとチャネリングをしているという類のアピールも妄想ではなく、もしかすると単なる嘘ではないかと思ってしまう。
光だけを食べて生きるセミナーの話を聞いてから間もない頃。ナータを二十年近く訪ねている人で、俳優並の甘いマスクの元牧師がいるが、彼が食堂で渚沙たちにこう話した。
「最近ヨーロッパで、光だけ食べるとかいって餓死してる人たちがけっこういるんだよ」
そうそう、と他の西洋人たちも頷いている。彼らは貧困者ではない。ただのスピリチュアル系なのだ。今の時代、先進国に生まれ、そんなマヌケなことをして死ぬ人がいるなんてとても信じられないとみんなで呆れたものだ。
世界のとある
世の中にはもっとやらなくてはいけないこと、努力しなくてはいけないことがたくさんある。それは、地に足をつけて人間らしくしっかり生きて行うことばかりのはずなのに。
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