スピリチュアル・クリミナル
渚沙が今まで見た中でもっともおかしなスピリチュアル系の集団、まさに「百鬼夜行」という言葉がぴったりくる西洋人たちを見たことがある。彼らはハルたちのように悪質ではないが、純粋にみんなで狂っていた。そのグループリーダーは、生き神ナータから初めて「スピリチュアル・クリミナル」と呼ばれた人だ。
ドイツ人のヒーラー、ヨアヒムには国内外に三千人の顧客がいるが、ナータは、ヨアヒムは精神病患者であり可哀想な人だという。彼はチャネラーで、宇宙人や大天使と話が出来ると主張し、その他諸々の妄想を作り上げ、徐々に悪化していった。やがて、自分自身が大天使だと宣言し始めたのだ。
これは、渚沙が見てきたスピリチュアル系の人たちの一般的な狂い方である。ヒーラーからチャネラー、チャネラーから神の
間もなく、奇妙な妄想発言についていけなくなった客が、ヨアヒムからごっそり離れていった。
ヨアヒムは過去に繰り返し離婚し、母親の違う子供が何人もいて、私生活はだらしがなかった。女癖の悪さは、ナータからアドバイスをもらいやっと落ち着いた。渚沙の知る九割以上のスピリチュアル系の人の私生活は、何故かわからないがそんなふうに乱れている。
ある時ヨアヒムは、自分のスピリチュアル・セミナーの生徒を二、三十人連れて、ナータの寺院にやって来た。ヨーロッパの数ヶ国の人が混じっていた。ヨアヒムのグループは毎日食堂に集まり、ヨアヒムを神のように讃える自作の歌を歌っていたので、他の滞在者やボランティアスタッフはぎょっとしたものだ。
ヨアヒムの生徒の中には印象深い変人が数人いた。
まず自然に目がいってしまったのは、頭を丸めている五十くらいの女だ。ヨアヒムに頭を
実際に、金を払って頭を剃った人間が大勢いたという。ヨアヒムは、ドイツで自分のセミナーに参加していた二人の若い日本人の女の頭も刈ったと渚沙に話した。その二人が、今度ナータの寺院にやって来るとヨアヒムから聞いて、この種の同国人を見るのはなんともいたたまれないことだと覚悟していたが、結局二人はやって来なかったので胸を撫で下ろした。
同集団の中には特に目立つ奇妙な男がいた。六十歳前後でホテル経営者であるその男は、どこかの世界のなんとか女神に聞いて、彼女にすべてを決めてもらうという。
ボランティア仲間で、売店で書籍などを販売している担当者は、スピリチュアル系の病人たちの相手をするのに慣れていてとても扱いが上手い。彼らのぶっとんだ妄想発言に呆れて噴き出しそうになりながら、にこやかに正直なコメントを柔らかく告げたり、聞き流したりする術を持っている。しかし、このホテル経営者に関しては担当者もついに音を上げた。彼はある日、ナータに「私に忍耐力をください」と懇願したのである。
というのも、このホテル経営者は毎日売店に足を運び、興味がある品物ひとつひとつについて、なんとか女神に買うべきかどうかじっくり聞いたそうだ。その間、担当者はずっと待たされたから気の毒である。渚沙は本人からその話を聞き、心から同情した。実際のところ、彼は忍耐強くない性格であり、最後までよく我慢して付き合ったわとすっかり感心した。
スピリチュアル系のこの種の変人は稀だと思ったら大間違いで、まず、ほぼすべてのスピリチュアル系のお客が、自分で物事を決められない依存症だというのを忘れてはならないだろう。
ナータのメッセージには次のようなものがある。
「何かを決める時は、誰に聞く必要もない。自分で決めなさい。人生に大きく影響するようなことは、独りで静かに座ってよく考えて決めなさい」
真の聖人聖者たちは、不幸や危険が待ち構えている時は、何が起こるかは知らせずに自らアドバイスをくれることはあるが、それ以外の時は、特に依存症の傾向にある人が質問をしたがる場合、自分で決めるように返されてしまう。自分に依存させたい偽者や病人の洗脳者だけが、妄想したり嘘まで吐いたりして適当に答えようとするものだ。
かの、客を発狂させるヒーラー兼チャネラーの
原島克昭は手指の半分ほどの大きさの何の変哲もないプラスチックの板を常に携帯していて、それをこすって物事を判断するのに使っている。その板を指でこすると神が答えを示してくれるという。レストランで自分が何を食べるべきか決める時にも、ポケットからいちいち取り出して使っていた。板をこすって神と交信せずには、どんな小事も決められないようだ。もちろん、人を「霊視」したり、アドバイスをしたりする時にも使う。勝手に霊視された人たちは、稀に見る変人の奇行にニヤついてしまいそうになるのをひたすら耐えたという。一方、彼のお客は全員必須の儀式的行為として信じているのだから、驚きの表現のしようがない。
世界と日本の百鬼夜行の妖怪たち。彼らは、本当なら精神病院に入院していなければいけない患者ではないのか? 先のホテル経営者も、既にヒーラー、ヨアヒムの補佐役を務めるスピリチュアル・セミナーの講師の一人らしい。我々の社会で、このような病人たちが多くの他人を狂わせることを許してしまっていいのだろうか……。
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