スピ系テロリストのハーレム その1

(このエピソードは、本編「渚沙の恋と捕まらない大量殺人事件」を読んでいただければ、登場人物について理解することが可能ですので、よろしければそちらもどうぞ)


  都内でエステサロンを経営している伯母は、美容やファッション、カラーに関する書籍を出版し、よく雑誌の取材を受けていた。


 ある帰国時、気まぐれに店に顔を出した時に、大手出版社、冗談社の編集長たちに会った。すると、是非トラタ共和国の話を渚沙に執筆して欲しいという。渚沙が生き神ナータの身近にいる唯一の日本人で珍しいからだそうだ。しかし、まだトラタ共和国に来て間もない頃だった。冗談社から出版できたらたいへん名誉なことだが、渚沙は公表できるような十分な体験もなく、無理だとずっと断っていた。その時の縁で、冗談社とは随分長い付き合いをしていた。


 ある時、彼らが実に日本人らしい質問をしてきた。好奇心に目を輝かせ、ナータは信者たちと肉体関係を持つのかと聞くのだ。まるで当然のことで、あってもおかしくないというように。渚沙は失笑し、あるわけがないと答えた。スピリチュアル系の人間ならともかく、一般人でもそのような発想を持つということは、今の世の中がいかに偽者であふれかえっているかを物語っている。


 渚沙は数年前の帰国時に、日本の本屋での本がずらりと並んでいたのを見て愕然とした。その危険人物はトラタ共和国出身だが、生前から日本人の支持者が多く、世界中で本名よりシンニョという日本名で知られている。


  日本は太平楽すぎる――。


   西洋の訪問者たちが不思議なくらい決まって渚沙に話すことがある。

「シンニョのお陰で、西洋諸国ではトラタ共和国の聖者たちすべてがカルトに見られている」と。それで、彼らの国の政府はキリスト教以外の宗教家を認めず、大半の人々もその傾向にあり警戒されるそうだ。今まで何度聞いたかわからない。



 さて、ボランティア仲間である永住者、ドイツ出身のイレーヌは、渚沙より少し前に寺院にやって来た先輩だ。イレーヌと親しくしていた友達に起こった小事件を紹介したい。

 シンニョという聖者は九十年代に他界しているが、今でも世界中のスピリチュアル系にたいへん人気がある。しかし、シンニョは、大人になってから自分自身で神宣言をしている偽者だ。現在、政府から認められている生き神たちは、誕生前から複数の聖者たちに予言されて生まれており、誕生時からすでに非凡な力を見せるので周囲が否定できなかった。

 そのため、成人してから名乗り出る者は国内では相手にされず、シンニョのスピリチュアル施設には外国人と、現地の映画俳優たちだけが足を運ぶという。


 イレーヌがまだ聖ナータのことを知らず、シャンタムの聖地に同郷の女友達と滞在していた時のこと。自称神の偽聖者シンニョはまだ存命していた。

 イレーヌの同国出身の友達が、シンニョのスピリチュアル施設に行ってみたいといい出した。イレーヌは興味がなかったので、その友達はある日、独りで出掛けて行った。シンニョのスピリチュアル施設でもっとも有名なのは、「HIV検査」をしてから中に入れてもらえることだ。これが驚いたことに秘密でもなんでもないのだ。シンニョの哲学には「自分の欲望を抑えるのはよくない、やりたいことを思う存分やれ」というものがあり、性行為が特に賞賛されている。そのせいで、シンニョはトラタ共和国では大変な反感を買っていた。


 イレーヌの友達は、HIV検査に合格してシンニョのスピリチュアル施設の中に入ることができた。そして最初に個室に通され、真っ裸になって寝台の上に横になるように言われた。そのようにして待っていた。このこと自体がトラタ共和国ではありえない。女性は肌を見せないように教育されるからだ。

 案内された部屋にはカメラがあり、少しするとシンニョ本人がやって来てイレーヌの友達に襲いかかり乱暴しようとした。友達は抵抗しシンニョの手から上手く逃れると、泣きながらシャンタムの聖地に帰ってきた。彼女は容姿端麗だったので、カメラの映像を見たシンニョから気に入られたのだろうとイレーヌはいう。極最近、恐怖におののく表情の女にシンニョが乱暴しているようなビデオをネットで見たことがあると知人から聞いた。こうなると偽聖者どころか単なる変態、性犯罪者である。エイズ検査不可欠のシンニョのスピリチュアル施設はまさに「ハーレム」だ。


 実は、イレーヌの友達が襲われそうになった小事件が起こる少し前に、シンニョは相当悪質な国際的有名人になっている。シンニョが、米国に長期滞在して私腹を肥やし、百台近くの高級車を所有していたのは有名な話だ。


 彼らが我が国の無差別テロを起こしたカルト組織の国際版と言われているのは、シンニョが米国で細菌テロを起こしたからである。国際テロリストとしてマークされていたとんでも自称神なのだ。

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