3 ヘンななフシギ

3-1

 休みが終わって月曜日。朝から曇っていて、何だか心配な気分がふくらんだ。

 でも、モノノフにいわれた期限は今日。私たちは放課後になるとすぐ行動を始めた。

 帰りの会から時間が過ぎて、廊下を行き来する生徒も少なくなったころ。理科室の前を歩いている男の子がいた。

「今日は人間が悲鳴をあげんな。先程入っていった人間は不思議そうな顔で出てきたが……やつらめ、ななフシギ作りをあきらめたか?」

 モノノフだ。そうは見えないけど。

 私たちは、不満げな姿をこっそりと見ていた。さて、どこからでしょう! 今はまだ秘密!

 理科室はやっぱりカギが開いている。モノノフはため息をつきながら通り過ぎようとした。

「待ってたっシュ!」

 いきなり中からドアを開けた者がいた。モノノフの手をつかんで、理科室に引っ張る。モノノフはそんなことをされると思っていなかったみたいで、文句をいう前に連れていかれた。

「助けてほしいっシュ!」

 ゆーま君だ。モケーズじゃない。モノノフはしばらくゆーま君を見下ろしてから、短く笑った。

「どうして、犬がしゃべっているんだよ」

 ゆーま君を初めて見たような言葉。「自分はモノノフだって気づかれていない。そのせいでななフシギの標的に選ばれた」と思ったんだろう。だから人間のふりを始めた。

 ただ、モノノフは棒読みのセリフ。ゆーま君の話だと、マネがうまいんでしょ? 私たちはただの人間、ゆーま君は弱い妖怪、とか決めつけているからその程度でごまかせると思ってしまう。

「このままだと、この学校はあいつらに支配されるっシュ!」

 ゆーま君、意外と芸達者だったみたい。モノノフだと気づいていないふりがうまい。

 振り返ると、人体模型と骨格標本が動き始めていた。棚を内側から開けて、はい出してくる。

「あ……おお……」

「カタ……カタカタ……」

 うめき声は、そして作り物の歯が立てる音は、「人体模型と骨格標本が動く」なんてななフシギそのもの。

 怖い。それでいい。ヘンななフシギは怖かったらいけない、なんてのも決めつけだった。

「我々ハ、モケー星人……」

「カタカタ……コノ学校ヲ乗ッ取リ、地球侵略基地トスル!」

 もし、モケーズが怖くて当たり前の役柄だったら? お話の敵キャラだったら? 私はお兄ちゃんとのゲームからそうひらめいていた。

「我々ヲ見タカラニハ、生カシテオカナイ!」

 モケーズが目を光らせた。モノノフはまぶしさに目を閉じる。

「危ないっシュ!」

 ゆーま君が叫んで――光が収まったとき、モケーズの姿はなかった。

 モノノフとゆーま君がいるところはどう見ても理科室じゃない。妖怪とは不釣り合いな部屋だ。体育館より広くて、床も壁も金属。ランプを点らせているところがあるのは、私にも意味不明だけど……SF映画か何かで見たそういうものをイメージしただけだし。

「ワープでボックの基地にうまく逃げられてよかったっシュ……自己紹介が遅れたっシュ。ボックはゆーま君。宇宙パトロール隊のロボット犬っシュ」

 ゆーま君は、緑色の毛皮を着ぐるみみたいに脱ぎ捨てた。金属でできた体をさらす。小型犬っぽいことはいつもと変わらないけど、今は自分でいったとおりにロボットだ。

「お願いっシュ! ボックと一緒に戦ってほしいっシュ!」

「わ、わかった」

 モノノフはたじろぎながら答えた。里で一緒に暮らしていた犬妖怪がいきなりロボットになるのはインパクトがあったみたい。

「じゃあ、出発っシュ!」

 ウイーン、ガシャンガシャン!

 ゆーま君は機械的な音を立てながら手足を引っ込めた。胴体があちこちスライドしたり部品が飛び出したりしながら変形して、戦闘機が完成。

 小型犬サイズのゆーま君が全長何メートルもある姿になれるのはおかしい。でもゆーま君自身は気にしない。

『さあ、ボックに乗るっシュ!』

 ゆーま君の声が戦闘機から聞こえて、操縦席の扉が開いた。ハシゴも伸びる。モノノフは驚いたままハシゴを登って、操縦席に座った。

『発進っシュ!』

 操縦席の扉が閉じて、ハシゴも引っ込んで、部屋の壁が一ヶ所開いた。外は夜のように暗い。夜そのものというべきか。

 ネオンサインのごとき星々がきらめくそこは、宇宙! 戦闘機ゆーま君は飛び立っていった。

 飛んでいるのはゆーま君だけじゃない。戦闘機と同じくらいの大きさをしたものが無数にいる。

 どれもこれも目玉だのガイコツだのおどろおどろしい姿。モノノフがそれを見渡していると、操縦席の前にゆーま君が現れた。ロボット姿の頭が生えただけだけど。

「操縦はボックに任せるっシュ! キミはミサイルを撃つっシュ!」

 モノノフの手もとに伸びたものは、ゲーム機のコントローラーに似ていた。モノノフはそうだって知らないだろうけど。

「緑色のボタンでミサイルが出るっシュ! どんどん押すっシュ!」

「こう?」

 モノノフは緑色のボタンを繰り返し押した。戦闘機ゆーま君からミサイルが次々に出て、目玉やドクロを撃ち落としていく。

 さっきゆーま君が『一緒に戦って』と頼んだけど、答えがノーでもこうしてもらう予定だった。基地が敵に囲まれたので、脱出するために戦わないといけない……ということにして。

 目玉やドクロはミサイルで減っていった。戦闘機ゆーま君は敵のミサイルや体当たりをかわす。

「その調子っシュ! うまいっシュ!」

 シューティングゲームもする私にいわせると、敵の動きを読みながら撃つのが当たり前。モノノフはタイミングもわからずミサイルのボタンを押しているだけって感じ。それでも敵が減っていくのは、あっちの方がミサイルへ当たりに来てくれているからだ。

 モノノフはテレビゲームどころかお祭りの射的すらやったことがないのかも。敵のお陰で勝っていると気づいていないみたいだった。

「そ、そうか。うまいか。うむ、また当たったではないか」

 声は子どものままだけど、口調がお侍さん姿のときっぽかったりする。この状況を楽しんでいるせいで、地が出ちゃった? なら、そろそろ次の段階に行くべき!

「あれを見るっシュ!」

 目玉もドクロももういない。その代わり、マカロンみたいな形のUFOが二つ。

 そのままの姿ではいなかった。あっちが開いたりこっちが回転したりとさっきのゆーま君みたいに変形して、途中で合体。不気味で巨大な姿を完成させた。

「モケー星人のボスが操るロボット、ジャアクリカシツっシュ!」

 胴体は内臓と筋肉むき出し。頭と手足は骨だけ。人体模型と骨格標本を合わせたような巨大ロボットだった。どうすれば最初の状態からこれに? イメージした私にも不思議だ。

「ロボットで対抗するっシュ! キミ、コントローラーの横にあるボタンを押すっシュ!」

「これか?」

 モノノフがそれを押すと、戦闘機ゆーま君の下が開いた。卵みたいなものが三つ飛び出す。

 卵もありえない変形を始めた。できあがったのはジャアクリカシツくらい大きなロボット三体。

「これこそボックの秘密兵器! ハルシオンオメガ、アミレットアルファ、そしてツキヤードデルタっシュ!」

 ロボットは私たち三人! 私たちの居場所はゆーま君の中、というかしっぽ玉の中でした!

 本来、ロボット役は私たちがやることじゃない。生徒の誰かがターゲットなら、有名人やアニメキャラを元にしたロボットが出る。

 実はモノノフが来る前にリハーサルとして生徒を一人ここに引き込んだんだけど、そのときはそうした。

 私たちがやっているのにはいくつか理由がある。ゆーま君は一人にしない方が落ち着くはずだし、他にも――

「さあ、どれに乗って戦うっシュ?」

 モノノフは窓の外に見える私たちを見比べていた。

「できれば、ひととおりためしてみたいのだが」

「おっけーっシュ! じゃあ、まず……」

 戦闘機ゆーま君はツキヤードデルタに近づいた。頭の後ろが開いて、その中に入る。

『行きます!』

 ツキヤードデルタは威勢よく告げて、胸に付けていたものを外した。

「ツキヤードデルタは黄色いボタンを押せば動くっシュ!」

 ゆーま君のいったとおりにモノノフが黄色いボタンを押すと、ツキヤードデルタは外したものを操作し始めた。平たくて長四角。

『検索、ファイアー!』

 四角いものはスマホだった。ツキヤードデルタがスマホを突き出すと、先から炎が生まれてジャアクリカシツに飛んでいった。命中して、爆発を起こす。

 ジャアクリカシツはいらついた様子でツキヤードデルタに襲いかかる。モノノフがボタンを押して、ツキヤードデルタはスマホを操作。

『検索、サンダー!』

 スマホから雷が出た。貫かれたジャアクリカシツは電流にまとわりつかれながらもがく。

「次行ってみるっシュ!」

 戦闘機ゆーま君はツキヤードデルタから離れて、今度はアミレットアルファの頭に入った。

『行くぞ! アミレットアルファ!』

 アミレットアルファはヒーロー番組みたいにかっこいいポーズを取った。そこまでやってって頼んだ覚えはないよ? 私はアミちゃんとゆーま君が仲よくなっていたと思ったけど、それって結局アミちゃんがヘンななフシギを楽しんでいるからじゃないだろうか。

 ジャアクリカシツは私たちから離れて、体中のあちこちからミサイルを撃った。数えきれないくらいあって、どれもアミレットアルファに狙いを定めている。

 アミレットアルファは素早く飛んでかわした。ミサイルはミサイル同士で当たって爆発する。

「アミレットアルファのすごいところはスピードっシュ! 青いボタンで命令を出すっシュ!」

 モノノフが青いボタンを押すと、アミレットアルファはジャアクリカシツに突進していった。またミサイルが飛んできたけど、アミレットアルファは軽くかわす。敵の間近まで迫って――

『どうして模型どもがミサイルなんか撃つんだクラッシュ!』

 パンチがジャアクリカシツの頭にヒット。骨だけでできたそこを半分以上砕く。アミレットアルファ最大の武器は突っ込み、もとい強烈な一撃だ。

「トドメいくっシュ!」

 戦闘機ゆーま君がアミレットアルファから離れて、ついに私の頭へ。

(やっと出番! 私は華麗な技で敵を惑わして、やっつける! そうイメージしておいたし!)

『ああ、そうそうハル』

『ゆーま君から聞いたことを話し忘れていました』

 アミちゃんとツキちゃんの声が聞こえた。直接話しているんじゃなくて、通信だ。

『ゆーま君にも再現できないことがあるらしい』

『そういう場合は別のことを付け足すそうです』

 何それ。初めて聞いたよ? モノノフは、ゆーま君から指示されて赤いボタンを押す。

「ハルシオンオメガは、誰にも想像できない行動で敵を惑わしてやっつけるっシュ!」

 私、ハルシオンオメガはジャアクリカシツに飛んでいった。体が勝手に動いて……?

 ちょっと、戦闘機ゆーま君? どうして合体したばっかりなのに私から離れたの? 操縦席の中で赤いランプを救急車みたいに光らせていたし。

 私はジャアクリカシツにしがみついた。相手が暴れても放さない。体と同じように、口も自動的にセリフを出した。

『ハルシオン自爆ボンバー!』

 ドカーーーーン!

 私は盛大に爆発した。敵を自分ごと宇宙のもずく……じゃなくてもくずに変えた。

『尊い犠牲だったな』

『でも、ハルシオンオメガのお陰で学校の平和が守られました』

 宇宙の景色が薄れていく。

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