3-2

 理科室に戻ったときの私は、ロボット化も爆発もしていなくて普通の姿だった。

 さっきの宇宙は、パソコンの中にトン魔王の城を作ったときと同じ。理科室の水槽内に作った別の世界で、夢の中みたいなものだった。それなら私は自爆できるし、ゆーま君もロボットや戦闘機になれる。〈理科室で人体模型と骨格標本が宇宙戦争〉なんて無茶苦茶なヘンななフシギを作ることもできる。

「自爆って何? そうするっていつ決まってたの? 私の華麗な技は?」

 アミちゃんもツキちゃんもゆーま君もいて、みんなごまかし笑いしていた。

「悪かったって。お前の絵、急いで描くと汚くなるだろ?」

「ロボットやUFOがいることはわかりましたけど、『華麗な技』というものまでは……」

「噂にならないもの、つまり人に伝わらないものは再現できないっシュ」

 さいですか……がんばってヘンななフシギを作ってきたのに、まさか最後の最後で自爆させられるとは思ってもみなかったよ。

「そういうことか」

 振り返ると、坊主頭の男の子が私たちをじっとりと見つめていた。ふくらむように姿が変わって、クマ顔のお侍さんに戻る。

 やっぱりモノノフはこっちの方が鋭い視線。ゆーま君がひるむ。私たちだって怖い。

「わしとしたことが、お前たちにうまく付き合わされたようだな……!」

 怒りにあふれている。でも、私たちは逃げたりできない。

「いわれたとおり、理科室で不思議なことを起こしたよ。人体模型と骨格標本も怖がられるようにした。で、どうだった? 感想を聞かせてほしいんだけど」

「ふざけるな! あのようなもの、ななフシギと認めん!」

「そんなこと聞いてないよ」

 私はほほ笑みかけた。モノノフは怖いけど、戦闘機ゆーま君での様子を思い出すとそうできた。

「私たちと遊んだ感想を聞いてるんだよ」

「何だと?」

 私が七番目のヘンななフシギでやりたかったことは二つ。


 一つ目。ゆーま君を参加させて、自信の元にすること。

 二つ目。モノノフを参加させて、楽しさをわからせること。


 そして、モノノフのななフシギ採点には意味不明な部分があった。

 ベートーベンとトン魔王は不気味さがあるから少しマシってことで△。それなら、ニノミヤさんも×じゃなくて△でよくない? 古い銅像が動くなんて、結構怖いし。

 ニノミヤさんが一つ下なのは、人間と普通にしゃべるからじゃないだろうか。

 モノノフはゆーま君の部屋に来たときも、人間と協力することを怒ったり人間の私を無視したりしていた。つまり人間が嫌いってこと。きっとそこを変えないとモノノフはヘンななフシギを認めてくれない。

「私たちとの戦争ごっこはどうだった? モノノフたち人形も、ごっこ遊びっていうかおままごとを人間とするよね?」

 私たちがロボットになって参加したのも、私たち人間と遊んだことにしたかったからだ。

「話したのはお前か!」

 モノノフがゆーま君をギロッとにらむ。ゆーま君はふるえて私の後ろに隠れてしまった。

 前とは違った。ゆーま君は、おぼつかない足取りだけど私の後ろから出る。

「ボック、モノノフが楽しんでくれたのわかるっシュ。本当は、モノノフも認めたいっシュ」

「お前……」

「普通じゃないことの何が悪いっシュ! ヘンななフシギは変だけど、ボックには自分の縄張りだって示す大事なものっシュ!」

 こんなゆーま君、私は初めて見た。もしかすると、同じ里で暮らしていたモノノフだってそうかもしれない。

 モノノフはキツネにつままれた顔でしばらくゆーま君を見下ろして――

「お前のいうとおりだ! 郷にれば郷に従え、とはこのこと!」

 窓が揺れるくらい大きな声で笑い始めた。

「ここはお前の縄張り。よそから来たわしに口を出す資格などなかったな!」

「じゃあ、私たちとゆーま君が作ったヘンななフシギを壊したりとか……」

 私は歩み出ようとしたけど、モノノフは大きな手を広げて踏み留まらせてきた。

「勘違いするな。わしは人間を受け入れたわけではない。ただ、人間がわしらの手足となって働くことを反対するのはやめた……それだけのことに過ぎん」

 そういういい方をされると、正直に喜べないんですけど。

「かわいくないな。ヘンななフシギであたしたちと遊んで楽しかったからOKって正直にいえ」

「あの……そういってしまうと身もフタもないと思います」

 私はアミちゃんと同感。でもツキちゃんに賛成。せっかくきれいにまとまりそうなんだし。

「わしが楽しんだ、か。お前たちもそうだったとしても、今だけのことだろう」

 モノノフは怒り出したりしなかったけど、その瞳はさみしげだった。

「人間は心変わりする。子どものころ好いていたものであろうと、いずれ気にも留めなくなる」

 なるほど、と私はいいそうになった。

 人形はいつまでもかわいがられるわけじゃない。成長した持ち主に捨てられることもある。

「たしかにそうだよ。私たちは大人になる」

 ただのイトコと思っていた人を違う目で見始めたことも、その証拠かもしれない。

「ていうか、大人になるとかそれ以前の話かも。あと二年もしないうちにここを卒業だし」

 二年って、私たちにしてみればかなり長い。でも、妖怪には? 何百年も生きるんだとしたら、あっという間じゃないだろうか。

「私たちはいなくなる。でも次の生徒が来て、学校は受け入れてくれるよ」

 私が学校のことを語るか、なんて自分で思った。

 ちょっと前の私には、学校なんて面倒くさいだけのもの。ゆーま君がモノノフの指示どおり怖いななフシギを作って学校に怖いものがあふれても同じ。

 今の私にとって、学校はどうでもいいものじゃない。私たちのヘンななフシギがある場所だ。

「ななフシギだって、学校で新しい子を楽しませてくれるものじゃないかな」

「作り手であるわしらもまた、人間を迎えて見送る役だというのか? もしななフシギがわしらと人間を近づけるものだとするのなら、楽しげなものの方がよい……か」

「それにね、この学校で暮らすのはこの学校に入った人だけなんだよ。それなのにななフシギって思い出が他の学校にいる人と同じなんてつまらなくない?」

「ふむ。ならばヘンななフシギとやらも悪くないのかもしれん」

 モノノフは私たちに背中を向けた。

「重ね重ねわびよう。お前たちの縄張りを荒らし、本当にすまなかった」

 今までモノノフは私たち人間を認めていなかった。でもこれからは違う。『お前たち』って、ゆーま君だけじゃなくて私もアミちゃんもツキちゃんもってことでしょ?

「もう一ついっておくことがあったな」

 モノノフは少しだけゆーま君に振り返った。

「里にはお前がいないことをさみしがる者もいる。お前への仕打ちをわびたがる者もいる。機会があれば里帰りしてくれ」

「モノノフ……ありがとうっシュ!」

 答えたゆーま君に手を振って、モノノフはこの学校から去っていった。わらじの足取りは、きっとグラウンドの土を鳴らすこともない。

「あの方は、ゆーま君のことを心配して追ってきたのかもしれませんね。でも、ゆーま君が強い態度を取ったから見直して……」

 ツキちゃんが小さな声でいった。ありえる話かも。縄張り荒らしが目的なら、五日も待つとかいったりせず速攻で荒らすはず。

「もしかして、モノノフってゆーま君の友だちなの?」

「そこまでじゃないっシュ。でも、里ではいろいろ世話を焼いてくれたっシュ。一緒にお月見とかお花見とかしたことくらいはあったっシュね」

 海にいたのは、ゆーま君と同じで里にない景色を楽しむためだったんじゃないだろうか。

「まさかとは思うけど、一人目のメル友ってモノノフ?」

「違うっシュ。モノノフは里の外で拾われた懐中電灯のつけ方がわからなかったくらいっシュ」

 果てしないほどの機械オンチ。メールなんかできない。戦闘機ゆーま君の中でコントローラーの操作法がすごくシンプルだったのは、そんなモノノフでも使えるようにするためだ。

(じゃあ、一人目のメル友ってどんな相手?)

「そんなことより、行くっシュ! ボックの縄張り、リハーサルの時点で完成してるっシュ!」

 ゆーま君は理科室から駆け出した。廊下の窓辺へ。先にはグラウンドが見える。

「ボックの部屋に入るときの折り紙があれば見えるっシュよ」

 何が? 後に続いた私たちはポケットから折り紙を取り出して、目の前の景色に息をのんだ。

 ずっと向こうには、いつもの町並み。そして、朝からずっと曇っている空。

 今、それらと学校の間に不思議なものがあった。

 クリスマスのイルミネーション? それともプラネタリウム? 小さくて輝くものが、学校を包むようにいくつもただよっている。

「きれい……!」

「写真……には写らないみたいですね。見られるのはわたくしたちだけです」

「これ、縄張りができた印なのか?」

「そうっシュけど、やけにキラキラっシュ。普通の縄張りだと、もっと暗い光になるっシュ」

 普通がどうかなんて、私たちには関係ない。だって私たちの学校にあるものは、世にも珍しいヘンななフシギなんだし!

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