2-3

 私はゆーま君を学校まで送って、アミちゃんとツキちゃんに「また明日」といって別れた。後は家で考えをまとめようと思ったけどうまくいかなくて、日曜日が来た。

「ハル、起きろ。もうすぐ昼飯だぞ」

 ぼうっとした意識の中で、なつかしい声が聞こえた。

(ええっと、どうしたんだっけ。朝起きてご飯を食べて、ヘンななフシギのことを考えて、でもひらめかなくてそのままうとうとしちゃって)

 二人との待ち合わせは昼過ぎだ。目覚ましをかけてあるから寝過ごすことはない。

「休みだからって寝てると、後で損した気分にならねえか? もっと遊べばよかったって」

 話しかけてきている人は、私よりずっと背が高くて、いつもどおり強気そうな表情で……

「お兄ちゃん? ど、どうしてここに?」

 私はベッドから跳ね起きた。お兄ちゃんの方は、平然としたまま。

「部屋にいる理由を聞いてるんなら、ノックしてもお前が返事しなかったからだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと出てて!」

 お兄ちゃんを部屋から押し出して、ドアをしっかり閉じる。鏡を見てあちこち点検。私、よだれ垂らしているところを見られた?

 しばらくかかって、これならいいかなってところまで来た。完全には納得していないけど、早くお兄ちゃんの顔を見たい。ずっと待たせていたら煙みたいに消えちゃうかもって不安もある。

「ど、どうぞ……」

「おう」

 私がドアを開けると、お兄ちゃんは廊下にいた。遠慮なく部屋に入ってくる。少しくらいためらってよ。でも、この感じは間違いなくお兄ちゃん。

「……遠くの高校の、寮に行っちゃったんじゃ」

「俺にもいろいろあってな。急に少しだけ戻ってきたんだ」

「そうだったんだ……」

 さっきの寝ぼけた姿を突っ込まないでくれるのはありがたい。ただでさえ私はお兄ちゃんの顔を見ているだけでドキドキしてくる。イトコ同士でずっと昔から一緒だったのに。

 私は恋愛マンガ気分の自分を止めた。時計を見ると、十一時四十分。待ち合わせは昼の一時。

 一時間ちょっとしたら出かけないといけない。そもそも七番目のヘンななフシギをまだひらめいていない。だから、せっかくお兄ちゃんがいてくれてもおしゃべりしていられない。七番目が決まった後でゆっくり話したい。

「それで、いつまでこっちにいられるの?」

「あと一時間ってところだ」

「何ですと?」

 お兄ちゃんはどのくらいの間私の寝顔を見ていたんだろう。寝なきゃよかった!

「おっと、お前が寝てなくても変わらなかったぞ。俺が寮からこっちに来たのは今さっきだし」

 つまり、本当に一時いっときだけ帰ってきたってわけ。どういう用事なんだろう。

「今、お前の母ちゃんが俺の分も昼飯を作ってくれてる。一緒に食おうぜ」

「う、うん」

「その前によ、しばらくぶりに遊ばねえか?」

「う、うん」

 私ってば、歯切れの悪い返事ばっかり。お兄ちゃんには、にっこーん! と太陽のようにほほ笑みつつ「うんっ!」と答えたい。

(気分転換……って考えて遊んだらダメかな。いや、お兄ちゃんに相談できない? 妖怪のことはうまくごまかして、友だちの話ってことにするとか。怖い顔を気にしてる友だちが、初対面でドン引きされない方法を探してるとか)

「じゃあこれをやろうぜ。〈べちゃうゾーン〉。寮は携帯ゲーム機持ち込み禁止で、誰ともゲームできねえからつまらなくてよ」

「え? そ、そうなんだ」

 お兄ちゃんは前から使っている携帯ゲーム機をリュックから取り出した。

「他のゲームがいいか?」

「お兄ちゃんが〈食べゾー〉をしたいなら、私もそれがいいよ」

 私も携帯ゲーム機とソフトを準備した。お兄ちゃんは前からゲームが好きで、私は一緒にいろいろやっていた。今どきは赤外線通信で二人同時プレイできるソフトもあるし。

(さりげなく相談したいな)

 あせりはある。でも、お兄ちゃんと久しぶりにゲームだからうれしい。お兄ちゃんは私のイスに座って、私はベッドに腰かける。いつものポジションだ。

 お兄ちゃんが協力プレイを選んで、ゲームが始まった。

〈食べちゃうゾーン〉は、「地球人を食べ物と思っている宇宙人が来るのでやっつける」というストーリーのアクションゲーム。はっきりいって女の子向けじゃないけど、私はお兄ちゃんのマネをして始めた。今じゃ結構自信あり。

「お、ガチャピイーター。相変わらずこええ顔してやがるな」

 出てきた敵は緑色の頭が恐竜に似ているけど、首から下はロボットっぽくて動くとガチャガチャピーピー鳴る。お兄ちゃんのキャラはプロテクターを付けた青年で、私のは光線銃を持った少女。

 ガチャピイーターはすぐさまかみついてきた。もちろんかまれたら大ダメージ。私たちのキャラは距離を開けながらかわした。

「いつもどおりに行くか」

 お兄ちゃんのキャラはガチャピイーターにビームサーベルで切りかかった。私のキャラは後ろから光線銃で援護する。

 ダメージが増えたガチャピイーターは、お兄ちゃんのキャラに必殺のかみつき技を出そうとした。でも、私のキャラが先に光線銃を命中させた。タイミングが合えば技を中断させられる。

 続けているうちに、ガチャピイーターは私のキャラが鬱陶しくなったみたい。私のキャラにかみつこうとしてくる。でもお兄ちゃんのキャラが自分に注意を引きつけて、守ってくれる。

 がんばって戦ったかいがあって、ガチャピイーターが倒れた。ファンファーレが鳴り響く。

「やったね!」

「やっぱり楽しいな!」

 私はハイタッチしたところでハッとなった。遊んでいる場合じゃないでしょ?

「〈食べゾー〉はこのくらいにしない?」

「そうだな。いろいろやりてえし。次はこれでどうだ」

 お兄ちゃんが持ち運び用ケースから取り出したソフトは、〈かくにんこう メルカンドラぶっぱ!〉というタイトル。

 メルカンドラっていうのは舞台となる都市の名前。巨大化したお菓子がどんどん飛んできて、プレイヤーは戦闘機でミサイルをぶっぱなして対抗する。つまりシューティングゲームだ。

 やっぱり女の子向けじゃないけど、私は結構うまい。私の趣味は、かなりお兄ちゃんから影響されている。でもやっぱり今は実力を発揮しているどころじゃない。

「その前に、あの」

 お兄ちゃんはもうソフトを交換させていた。私も仕方なく準備した。

 ゲームスタート! 選んだのは協力モード。

「お、来やがったな」

 最初に飛んできたのはマシュマロ。たくさんいて、ミサイルを雨のようにばらまいてくる。こっちは一発でも受ければ終わりだ。お兄ちゃんは戦闘機を動かす役で、ミサイルをかわしていく。私はミサイルを撃つ役で、マシュマロを次々撃ち落とした。

 マシュマロがいなくなると、次はポップコーン。跳ね回るような動きで体当たりしてきて、よけるのが難しい。お兄ちゃんはそれを軽くかわして、私は一つずつ確実に撃ち抜いた。

 その後もいろんなお菓子が出てきて、最後はボス。ピンク色のマカロンで、戦闘機よりもずっと大きい。ワープで出たり消えたりするから、体当たりをよけるのもミサイルを当てるのも大変。でも、しばらく戦っているとマカロンは爆発し始めた。

「どうしてマカロンなのに爆発するんだろ。お菓子が大きくなっただけでしょ?」

「でかくなっただけじゃなくてUFOに変化してるんじゃねえか? 俺はそう思ってる」

「機械なら爆発もするか……」

 私はもう一度ハッとした。またゲームに熱中しちゃっていた!

「あの、お兄ちゃん!」

 部屋の外から声が聞こえた。「そろそろご飯よー」って。

(もうできたの? お母さん、もっとゆっくり作ればいいのに!)

「今日はシチューらしいぞ」

 お兄ちゃんが腰を上げて――私はそのそでをつかんだ。

「どうした、ハル。そういえば、何かいおうとしてたな」

「私、相談したいことがあるの!」

「なるほどな。おっかねえ宇宙人やUFOと戦ってる場合じゃなかったか」

「そうなの! 私の……」

 友だちが、と私はいいかけてストップ。

(宇宙人? UFO?)

 そして、昨日見たものや感じたこと。バラバラだったものが頭の中で整列していく。

「ああああ! わかった! そうすればよかったんだ!」

「結論が出たか。俺に相談する必要はなくなったみてえだな」

 お兄ちゃんは筆立てのエンピツを手渡してくれた。

「絵、描くだろ? おばさんは俺がしゃべって間を持たせておくから、さっさとまとめちまえ」

「うんっ! ありがと!」

 お兄ちゃんは「がんばれよ」といって部屋から出た。私はお兄ちゃんと入れ替わりでイスに座って、スケッチブックを開いた。

(私はお兄ちゃんに相談できなかった。でも、お兄ちゃんとしたことがヒントになった)

 イメージをどんどん絵にしていく。

(お兄ちゃんが来たのは偶然じゃない。私のピンチを感じて、少しだけ戻ってきてくれたんだ)

 そんなふうに考えてみると、胸がはち切れそうだった。

(モケーズは怖くしよう! モノノフがいったとおりに!)

 私はページをめくりながら描き進めて、何枚目かが終わったところで顔を上げた。

「できた!」

 時計を見てショック。かなりの時間がたっていた。お兄ちゃんは一時間しかいられないといっていたけど、今はそのセリフを聞いたときから一時間ちょっと過ぎている。

「お兄ちゃん?」

 あわてて部屋を出たけど、本当はわかっていた。お兄ちゃんはもう行っちゃっているって。

(行ってらっしゃいっていいたかったのに)

 私はリビングへ行く前に立ち止まった。私の部屋、ドアにはり紙をされている。小さなメモ用紙に書いてあるのは、お兄ちゃんの字!

〈邪魔したくねえから帰るぞ。今日は短い時間だったけど楽しかった。ハルもやってることがあるならしっかりな〉

 私は手紙をはがして抱きしめた。一声かけてほしかったよ……

 でもお兄ちゃんがそうせずお母さんを長々と足止めしたのは、私を応援してくれているから。それはそれで心の中が温かくなった。

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