2-2
私たちは学校を出た。三人だけじゃなくて、ゆーま君も一緒だ。ただ、緑色でしっぽ玉つきの姿は目立ちすぎる。毛布でくるんで、私たちが交代で抱えることにした。最初はアミちゃん。
「ボック、他の人間から見つからないように術で隠れなくて大丈夫っシュ?」
ゆーま君は裏門の外にある住宅街をきょろきょろ見た。この辺りはにぎやかじゃないけど、ときどき人が歩いている。ゆーま君が妖怪だとばれたら大騒ぎだ。
「術なんて使ったらのんびりできないんじゃない? ゆーま君は犬のふりをしてね。知り合いに会ったら、拾ったって話すから」
「で、どこに行くんだ」
アミちゃんに尋ねられたけど、私には決まった答えなんてない。
「どこでもいいよ。ゆーま君、行きたいところある?」
ゆーま君はあの部屋で生活し始めてから閉じこもっていた。しっぽ玉で校内が見えても、実際に見るのとは違う。学校の中と外も違う。動かないでいたら行きづまったときどんどん暗くなる。
外に出ればいろんな景色が目に入って、自然と気分が変わる。新しいことを思いつくかもしれない。お兄ちゃんは考えごとがあればそうするらしい。
「……海を見たいっシュ」
「そんなのでいいの? ここは元々海だから、ちょっと歩けば着くよ」
私たちはさっそく歩き始めた。
「もしかして、ゆーま君の里は海の近くにあるの?」
「山の中で、海なんか見えないっシュ。旅に出て初めて海を見たとき、大きな池と思ったっシュ」
「私たち人間だったら、山沿いに住んでてもテレビで海を見られるけど……」
ツキちゃんとアミちゃんも付け加える。
「スマホがあればネットで海の写真を見ることもできます」
「妖怪の里にはテレビもスマホもなさそうだな」
ゆーま君は、ほっぺたをふくらませた。
「ケータイなら持ってるっシュよ?」
私たちが耳を疑っているうちに、ゆーま君は毛布からしっぽを出した。しっぽ玉に前足を突っ込んで、引っ張り出したものは二つ折りにできる携帯電話。紫色で、あちこち傷が付いて古そう。
「メル友もいるっシュ。たまたま話した相手と気が合ってそうなっただけっシュけど」
「ちょ……ここで出すのは……」
しっぽの玉から道具を取り出すなんて、普通の犬じゃありえない。通りすがった人がいて、私はごまかし笑いしながら自分の体でゆーま君を隠した。その人が遠ざかってから話しかける。
「……メル友っていっても、通話料とか払わないといけないんだけど」
「払ってないっシュよ。さっきのケータイは妖怪になりかけてるっシュ。まだ歩いたりしゃべったりできないっシュけど妖力は持ってて、メールできるっシュ」
「ありえる話かもしれませんね」
ツキちゃんはスマホを操作していた。妖怪の種類について調べたみたい。
「品物が妖怪化した付喪神、というものがあるそうです。昔の絵を見ると、カサやちょうちんの妖怪がいますね。そういう道具しかなかった時代はともかく、今なら……」
携帯電話が妖怪になる可能性もありってこと? 一反もめんが飛ぶ力を持っているみたいに、メールする力(代金オフ)を持っていると。
「とりあえず、ゆーま君。後でわたくしとアドレス交換しましょう」
「やったっシュ! メル友二人目っシュ!」
「いつもどういうメールをやり取りしているんですか?」
「簡単にいうと……日ごろの困ったこととかっシュ」
一人目ってどんな相手なんだろう。やっぱり妖怪?
「そろそろ海が見えるぞ」
アミちゃんが進行方向を指さした。本当に学校を出てすぐのところだ。
リゾートな砂浜なんかじゃなくて港の一角って雰囲気だけど、海に出た。まだ春なので泳ぎたくはならない。でもゆーま君は瞳をキラキラと輝かせた。
「海っシュ!」
「あたしたちには珍しくも何ともないぞ」
アミちゃんは苦笑いしたけど、悪い気はしていないみたい。喜んでもらえたからだ。
「海って、本当にでっかいっシュ……!」
「もっと遊べる海に連れていけばよかったかもな。フリスビーとか持っていってさ」
「楽しいものっシュ?」
最初のころ、アミちゃんはゆーま君を疑いの目で見ていた。変わったのはいつだったんだろう。ゆーま君は、そんなアミちゃんと明るく話す。落ち込んだ気分は引いてくれたみたいだ。
(ゆーま君は旅立った後で初めて海を見たんだから、これで最初の「やるぞ!」って気持ちを取り戻してくれたらいいんだけど)
ゆーま君は鼻をひくひくと動かし始めた。潮のにおいをかいでいるんだろうか。
「隠れるっシュ!」
急にゆーま君が叫んだ。意味がわからないけど、私はとっさに辺りを見渡した。
「どこか、隠れるところ……あっちだよ!」
とりあえず、路地に駆け込んだ。一度みんなして黙り込む。
「……どうしたの?」
「モノノフがいるっシュ」
私たちはギクッとした。おっかない感じをはっきり覚えている。私、よくあんなのに怒鳴ったりしたよ。
「どこにいやがる……いるか?」
アミちゃんは路地から顔を出して、辺りを見渡した。私とツキちゃんもそうしたけど、モノノフを見つけられない。クマでお侍さんなんて目立つから、そうそう見落とさないはずなのに。
「半ズボンの子、見えるっシュ? あれがモノノフっシュ」
たしかに、いわれたとおりの男の子がいる。背が低くて、坊主頭。
「化けてやがるってことか。あの方が目立たないしな」
「元の姿と全然違いますね」
モノノフ? はしばらく海を眺めていた。でもフラッと歩き始めて、どこかに行ってしまった。ゆーま君が次に口を開いたのは、男の子が完全に見えなくなってから。
「モノノフは姉様人形の妖怪とクマ妖怪の血を引いてるっシュ。人形妖怪は人間のマネが上手で、妖怪でも
「アネ……モノノフって、女なの?」
私が驚くと、またツキちゃんがスマホで検索した。
「そういう名前の伝統的な人形があるみたいですね。名前は女性的でも、男の人の姿をしたものがあります。江戸時代とかの子どもは、それでおままごとをしたとか」
モノノフが姉様人形なんて名前で、おままごとに使われる。私がピンと来ないでいると、ツキちゃんがスマホを見せてくれた。
「こういうものだそうです。材料は紙だとか」
「ふうん……ああっ!」
映っていたものは何種類かの姉様人形。私はそのうちの一つに見覚えがあった。細長くて、ちょんまげが付いていて……
「何日か前、こんな感じのが裏門に落ちてた! そういえば、男の子の姿してるところも見た!」
「あたしも、さっきの男の子は理科室の前で何回かすれ違ったな。あたしはそこにヘンななフシギがあると思うと気になってうろついてたんだが、あっちも同じだったか」
「アミちゃん、それ本当?」
モノノフは、男の子の姿になったり人形の姿になったりしながら私たちを見張っていたんだろう。今は逆に私たちから見られていたけど。
「よし。人形のときに見つけたら、たき火にでも突っ込んでやるか」
アミちゃんはサラッといった。それはちょっと怖いかも。
「でも、ゆーま君。どうしてさっきの子がモノノフだってわかったの?」
「ボックが犬妖怪の血を引いてるからっシュ。においで気づくっシュ」
昨日ギョウザを食べたとかもわかるんだろうか。私はそんなふうに考えてしまってモヤモヤしたけど、無理やり追い払った。ゆーま君にほほ笑みかけてみる。
「モノノフが強くてゆーま君が弱いって話、必ずそうとは限らないね。今はゆーま君が勝ったよ」
「勝ったなんてほどじゃないっシュ。ボックには当たり前のことっシュ」
ゆーま君はそういいながらもてれているみたいだった。ずっと弱々しい姿ばっかりだけど、自信が付いたら何か変わるだろうか。私はゆーま君と男の子姿のモノノフを頭の中で並べて――
「あ」
「ひらめいたか?」
アミちゃんがいったとおり。私はリュックからスケッチブックを取り出そうとした。
「……ううん。まだ何か足りない」
ジッパーを開ける寸前で手を止める。でも、間違いなく何かが見えた。この切羽詰まった状況を変える手は必ずある!
そういえば、モノノフは海で何をしていたんだろう。気になったけど、今はわからなかった。
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