2 モケーズ

2-1

 木曜日。授業が終わってから時間がたって、廊下を行き来する人の数も減った。

 足早な男子が一人。私より一つ下の四年生。早く帰りたいんだろうけど、ぴたっと足を止めた。

『今、変な声が聞こえたような』

 視線を動かすと、すぐ横に理科室。四年の子は不安そうな顔をした。

『他の学校では、模型が勝手に動くなんて噂があるらしい。まさかここでも……』

 ふと見たドアは、わずかに開いていた。カギが外れている。

 先生か誰かが中に? そう考えるのが当たり前。四年の子がドアに近づいていったのは、怖いもの見たさのような感覚があるからかもしれない。ドアの隙間から中をのぞく。

『ヨウコソ』

 声をかけてきた人がいた。人? 人じゃない。人っぽく作られたものではある。

 理科室なら当たり前に存在するもの、人体模型と骨格標本。そのはずだけど。

『ボクタチもけーずノでびゅーそんぐ、キイテクダサイ』

『たいとるハ、ナイゾウまーち』

 人体模型と骨格標本の手にはマイク。二体とも小さくて、頭が大きい。二頭身だ。声もかん高い。どこかから聞こえてきた音楽は、やけに明るかった。

『ソウダ! オソレナイーデ、ナーイゾウミヨウ』

『リカノ、ジュギョウダケーノ、トーモダッチッサー』

 反応は、歌い出してからそうたたないうちのこと。

『うわああっ!』

 四年の子は転がるように廊下を駆けていって、モケーズだけが残された。

 私たちは、しっぽだま越しの景色に引きつっていた。こういう状況、初めてのとき以来。

「私、ゆるキャラ的にちっこくしたらかわいいかもって思ったのに」

「むしろ怖いという人もいそうですね。特にあの高い声で」

「歌詞、最後まで考えてたんだよ? カップリング曲はコツソショーショーってタイトルで」

「そこは力を入れるところじゃないだろ!」



 金曜日。授業が終わってから(中略)三年の子がドアの隙間から理科室の中をのぞいた。

 拍手がたくさん聞こえてきた。中に人が大勢いる? 見える姿は二つだけ。

『人体模型と骨格標本が、動いてる?』

 三年の子は首をかしげた。両方ともどこかおかしい。

 人体模型は頭に三角の出っ張りが二つある。動物の耳。

 骨格標本は腰から細長いものが伸びている。しっぽだ。

 二体は立てたマイクの前で名乗る。

『ナイゾーでーす!』

『ホネホネでーす!』

『『二人合わせて、ニンゲンでーす!』』

『ナイゾーはん、皮が足りまへんで』

『それをいうなや!』

 ナイゾーがホネホネに突っ込み。ホネホネがくずれて、笑い声が聞こえた。

『ひぃ……!』

 三年の子も逃げていって、しっぽ玉のそばにいる私は首をひねった。

「私、猫とネズミの模型ってことにすればかわいげがあると思ったのに」

「猫とネズミだと気づいてもらえなかったのではないでしょうか」

「せめて話をもう少し聞いてくれたらよかったんだけど。『暖かくなってきたから花粉症でハナが出る』ってホネホネがボケて」

「どうせ続きは『あんた骨だから鼻ないやんか!』だろ!」

 ホネホネじゃなくて私に突っ込みが入った。



 土曜日。休みだから学校に行かなくてもいい。でも私たちは昼からゆーま君の部屋に集まっていた。ソファーでぐったりしているだけだけど。

「うまくいかない……」

 困っているうちに土日だ。モノノフがいった五日後まで日が残っているように見えるけど、休みだと人がいないから見てもらえる可能性は低い。残るチャンスは休み明けの月曜日だけ。

「どうして人体模型って内臓と筋肉が見えてるのかな。どうして骨格標本って骨だけなのかな」

「人体模型と骨格標本だからに決まってるだろ」

 だよね。見た目が怖くても触れ合ってみるといい人っていう話はよくあって、私はモケーズをそういうキャラとしてイメージしているんだけど。

「ななフシギは『いきなり見た話』ですからね。ファーストインプレッションは大きいです」

 私たちはその第一印象でつまずいている。テーブルに置いたスケッチブックは、この一件だけでかなりページを減らしてしまった。

 いっそ、いわれたとおり七番目は怖くする? でも他のも怖いのに変えろっていわれたら困る。

「うう……やっぱりダメっシュ」

 ゆーま君は、部屋の隅で悲しげにうずくまっていた。

「ボックは弱い妖怪っシュ。だからこんなことで引っかかるっシュ」

「私が怖い話を考えてたらよかったのかな」

「同じっシュ。強い妖怪なら、どういうななフシギでも強い縄張りを作れるっシュ」

 モケーズを作ったことで七枚目の短冊が現れて、ゆーま君の縄張りは完成したらしい。でも、モノノフに破られてしまったとか。

「ボックなんかが自分の縄張りを持とうとしても……」

「……それは違うよ」

 私は、ゆーま君の姿を見ているうちに心の霧が薄くなった。自分より弱々しい人がいると、しっかりしなきゃいけないって気がしてくる。

「モノノフの話だと、ゆーま君は弱い自分が嫌で里を出たんだよね? 里にいる他の妖怪は、ゆーま君がそんなことできないって決めつけてたんじゃない?」

「多分そうっシュ」

「じゃあ、ゆーま君は里を出てみせた時点で弱い子じゃないんだよ」

「え……」

 ゆーま君は呆気に取られたみたい。私はソファーから立ち上がった。

「みんな、お散歩行こ! じっとしててダメなら動いて気分を変えよう!」

 アミちゃんとツキちゃんまできょとんとしたけど、私はにいっと笑ってみせた。

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