2-2
パソコン室は音楽室と同じで、基本的に授業がないときはカギをかけられる。でも今は違って、ドアが外からゆっくりと開けられた。
『桃園さん、いる?』
現われたのは青野先輩。部屋の中に入って辺りを見渡す。
『ここに来てって、手紙があったのに』
スイマセン。手紙を出したのは、今回のヘンななフシギキャラです。一足先に、桃園先輩にも来てもらっている。
パソコン室のドアが勢いよく閉まった。青野先輩は驚いて振り返ったけど、すぐ部屋の中へ顔を戻した。
『よく来たな、小僧』
目を見開く。パソコン室の中央に人影が現われていた。黒いマントとフードで全身をおおっているので、かなり大柄だということしかわからない。少なくとも普通の人じゃないことはたしか。黒マントの男は宙に浮いていた。
『我はトン魔王。貴様が探しておるのはこの娘か?』
マントの下に桃園先輩の姿があった。トン魔王と名乗った怪人が片腕で抱えて、口をふさいでいる。桃園先輩は苦しげにうなることしかできなくて、青野先輩は眉をつり上げる。
『桃園さんを放せ!』
かっこいい……驚いて逃げちゃったらどうしようと思っていたけど、いらない心配だった。
『返してほしくば、我が挑戦を受けよ!』
トン魔王がツメの長い手を開くと、強い光が生まれた。青野先輩は目を閉じて、視力が戻ったときにはもうパソコン室じゃない場所にいた。
空は曇り、地には枯れた草が生えているだけ。さみしげな荒野だった。
すぐそばには黒い建物。形は有名な遊園地にある城と似ているけど、黒いツタがヘビのように絡みついていておどろおどろしい。
トン魔王と桃園先輩の姿はない。ただ――
『我が城を進むがよい。貴様が求める娘と共に、我が玉座にて待とう。もっとも、貴様はたどりつくことなどできぬがな!』
――どこからともなくトン魔王の声だけが響いて、鉄の扉が重々しく開いた。
中にいたのは黒衣の男たち。大人くらいの体型で、覆面にクチバシのような出っ張りがある。
『コケ!』『コッコー!』
奇妙な声を放ちながら出てきて、青野先輩をトリ囲んだ。
『わけわかんないけど、やるしかないのか』
青野先輩は身構えた。いつの間にか自分が普段着じゃなくなっていたと気づく。空手の道着だ。
『やれ! 我がしもべ、コッコマン!』
コッコマンたちが奇声と共に青野先輩へ襲いかかる。
一方、姿を消したトン魔王と桃園先輩はさっきの言葉どおり城の奥にいた。
『これ……何なの?』
石の壁に囲まれた広間で、縛られた状態の桃園先輩が座らされていた。トン魔王は豪華なイスで高笑い。
『見よ、娘。あの者は貴様のために戦っておる。どうせ力つきるであろうに、ムダなことを』
広間には大きなモニターがあって、その向こうで青野先輩が戦っていた。次から次に押し寄せるコッコマンを突きや蹴りで倒し、城の中へ踏み込む。
『桃園さん……!』
青野先輩の呼び声が聞こえた。その調子でお願いしますと、私は願った。
ここは現実世界じゃない。新しく作ったヘンななフシギキャラのトン魔王が、青野先輩と桃園先輩をパソコンの中に引きずり込んでいる。もっというと、ゲームの中にだ。
「ハル、そろそろあたしたちの出番だろ」
「あ、そうだっけ」
アミちゃんにいわれた私は、これからすることを頭の中でもう一回繰り返しておいた。
「緊張しますね!」
ツキちゃん、そういっているわりにわくわくした顔。
私たちがいる部屋は、トン魔王たちがいる広間の隣。ここにもモニターがあって、トン魔王と桃園先輩が映っている。台本どおりなら、もう呼ばれるはず。
『フフ……小僧、間に合うかな?』
トン魔王がニヤリと笑って、桃園先輩は青ざめた。
『どういうこと?』
『貴様にも苦しみを味わわせてやるといっておるのだ。出でよ、ギュー三姉妹!』
私たちはすぐにドアを開けて、トン魔王たちに姿を見せた。もちろん普段の服装じゃない。黒い服を着て、顔は覆面で隠している。頭にはツノの飾り。
「ギュー三姉妹、ここに」
「お呼びですか、トン魔王様」
「何なりとご命令を!」
私とアミちゃんはできるだけ声を低くしたけど、ツキちゃんははしゃいでいるみたいに緊張感がない。トン魔王は構わずに続ける。
「この者に我らが恐怖を与えよ」
「ははっ!」「はっ!」「ははぁ!」
私たち、返事がバラバラ。やっぱりぶっつけ本番だし。桃園先輩が細かいことを気にするどころじゃないから助かった。
「覚悟せよ、娘。トン魔王様の命により、貴様に死よりつらい苦しみを刻み込む」
「妹よ、あれをここへ持て!」
「はい! お姉様!」
一応、身長順にアミちゃん→長女、私→次女、ツキちゃん→三女って設定。ツキちゃんがさっきの部屋に戻って、手押し車に乗せて運んできたものは。
トンカツ。ハンバーグ。から揚げ。エビ天。ピザ。その他、肉っけ油っけのある食べ物ばっかり。どう反応したらいいかわからない様子の桃園先輩に、私とアミちゃんが含み笑いした。
「さあ、これを全て食べるがいい!」
「いずれも大量のカロリーを含む。それを食べ続ければ、体重が……わかるな?」
ツキちゃんは、おはしを手に取った。
「まずはトンカツです! 揚げたときの油をあまり切らず、ソースもたぷたぷです!」
「ちょっと、それ……!」
あきれていた桃園先輩だったけど、そんな料理を食べさせられるのはさすがに嫌みたい。
「はい、あーん」
ツキちゃんがトンカツを口に運んだとき、桃園先輩は唇をしっかり閉めていた。そうするのは私だって予想済み。
「トン魔王様! あなた様の恐るべき魔力をお見せください!」
「よかろう」
トン魔王が指を動かすなり、桃園先輩は目を白黒させた。口が開いている。
「それでは今度こそどうぞ! あーん」
ツキちゃんがトンカツを口に入れると、桃園先輩はもぐもぐかんで飲み込んだ。
「これ、すごく油っぽい……もたれそう」
「次はハンバーグです! タマネギなどの野菜を使わずに作ってあります! デミグラスソースも結構カロリー高いんですよ?」
「そんな……やめて!」
「ダメです。あーん」
桃園先輩はハンバーグも食べた。トン魔王の魔力に操られてしまっている。
「もう、嫌……こんなにお肉ばっかり食べたら……」
「仕方ありませんね。それなら、このアボガドとマンゴーにしましょう」
ツキちゃんはおはしをフォークに持ち替えて、切った果物を桃園先輩の口に運んだ。
桃園先輩は他の食べ物よりマシと思ったみたいで、自分から食べた。でも、飲み込んだ後でツキちゃんがクスッと笑った。
「引っかかりましたね! アボガドやマンゴーは、果物の中でもカロリー高めなんです!」
「だましたのね! ひどい……」
涙ぐんだ桃園先輩に、私は持っていたものを見せつけた。
「どうだ恐ろしいだろう。私たちはローカロリーなこんにゃくを食べる!」
刺身状のこんにゃくにしょうゆを付けて、ぱくり。ワサビやめとけばよかった。ツーンと来た。
「こんにゃくネタをいつまで引きずるつもりなんだ」
アミちゃんが耳打ちしてきた。
「よく考えたら、トン魔王は人を操れるならもっとひどいことだってさせられるよな。そもそもトンマ王って名前がマヌケすぎる」
そんなこといっているアミちゃんも、しっかりお芝居してくれているじゃん。
「トンマな王っぽい名前は仕方ないよ。よく食べられる動物を強そうな順に並べたら、牛・ブタ・ニワトリだよね。そのまま魔王・幹部・ザコに当てはめたら、私たちブタ三姉妹だよ?」
「それはさすがにあたしも嫌だ」
こそこそ話している間も、ツキちゃんは桃園先輩に食べさせ続けている。覆面で自分じゃない誰かになるのが楽しいのかも。女の子らしくしている分だけストレスたまっていたんだね……
「次はから揚げです! 繊維の少ない食べ物で、おなかイライラになっちゃってください!」
あんなふうにいっているけど、ここはパソコン内の世界だから何を食べても体には影響ない。それなら私もハンバーグを一口……ダメダメ、桃園先輩に見つかったらお芝居が台なしだ。
変なことをやっているようにしか見えない? 私なりにはひらめいた結果。
パソコンの中に閉じ込められる――それが怖いんじゃなくて楽しかったりすると面白い。
じゃあ、どんな世界をパソコンの中に作るべきだろう。私はずっとそう考えていた。脱線してこんにゃくやカロリーのことを調べちゃったけど。
パソコンの中に遊園地があったら? 考え方によっては、現実の遊園地と同じことをするだけ。
現実じゃありえないことがパソコンの中で起きたら? 私はそこまで考えたところでつまずいて、お邪魔虫にたかられる青野先輩たちを見てやっとひらめいた。
ヘンななフシギに足りなかったものは、恋愛!
付き合っている二人で入って、現実じゃありえないくらい仲よくできる場所……なんてどうだろう。片想いしている人が告白したい相手と一緒に入るのもいいかもしれない。
片方が捕まって、もう片方が助けるためにがんばるとか。助ける方は大変だけど、助けられる方はハラハラドキドキ。この部屋で桃園先輩にやっている高カロリー攻撃も、助けてほしいって気分を強くさせて青野先輩をより頼もしく思わせるため。
桃園先輩は、食べさせられる合間ごとにモニターの青野先輩を見ている。うれし泣きしそうだ。トン魔王は台本どおりに高笑いする。
「小僧、急がねば愛しい者が」
トン魔王が声をストップ。私とアミちゃんも「あ」って小さな声が出て、ツキちゃんもギトギトエビ天を桃園先輩の手前で止めた。桃園先輩だけがつらそうな顔になった。
(やばっ! 青野先輩、負けちゃいそう)
モニターの向こうで、城を進む途中の青野先輩がコッコマンからボコボコにされていた。
(ちょっと、コッコマン? ある程度苦戦した方が危機感出ていいけど、加減しないと)
「お、倒れた」
アミちゃんがつぶやいたとおり、青野先輩は床に崩れ落ちた。コッコマンに蹴りを入れられる。
「いやぁ! 青野君にひどいことしないで!」
桃園先輩の悲鳴と共に、映像が消えた。
「これ以上見せる必要はあるまい!」
トン魔王が大きな声で笑う。私は自分を落ち着かせるので一生懸命。ここで動揺していたら、トン魔王の手下としておかしい。
(まだフォローできる! 万が一やられちゃったときのことは考えてた!)
モニターを消したのもその一つだ。トン魔王は笑い声を反響させていたけど、急に黙った。
部屋の中で一番大きな扉が、重い音を立てながら開き始めた。扉の向こうにいたのは。
「青野君……!」
「桃園さん……絶対に、きみを助ける……」
青野先輩はうなされるように告げた。一歩一歩進んで部屋に入ってくる。ふらついているのに足を止めたりしない。トン魔王が立ち上がって、戸惑いをあふれさせる。
「何だと……意識を失いながらもここを目指すとは……!」
今の青野先輩は気絶中。トン魔王に操られている! 言葉もトン魔王がいわせただけ!
前、お兄ちゃんから見せてもらったマンガにこんなシーンがあった。仲間を助けに来た主人公が敵に倒されてしまうけど、無意識の状態で戦って敵に勝つ――という流れ。私がこのフォロー法をひらめいたのはお兄ちゃんのお陰! ありがとうお兄ちゃん!
『ハルネ様!』
いきなりの声。私は飛び上がってしまった。桃園先輩の目が青野先輩に集中していてよかった。
(今、トン魔王が私を呼んだ? 変な聞こえ方だったような)
『あなた様の心へ直接話しかけております』
トン魔王は私をチラチラ見ている。私が考えたことも伝わっているみたい。ハルネ様っていう呼び方は……ニノミヤさんや花子さんは私と話したとき呼び捨てだったけど、ヘンななフシギキャラにもそれぞれ個性があるみたい。
(早く終わらせようよ。後は青野先輩が私たちをやっつけるだけだよ?)
『それはよいのですが、カラテとはいかなる技術でございましょう』
しまった! 私は空手なんて知らない。私のイメージから生まれたトン魔王も……
(さっきまで青野先輩が空手で戦ってたじゃない? あんな感じで操ってよ)
『それは可能ですが、まね事ではボロが出るかもしれませぬ』
(そっか。アミちゃんとツキちゃんは知らないかな?)
しばらくの間をあけて、また心の声が伝わってきた。
『アミ様はご存じないとのこと。ツキコ様はスマホがあれば調べられるそうです』
今から調べるなんて無理! 私たちが固まっていて、青野先輩も中途半端に立ち止まっているから、桃園先輩はだんだん違和感のある目になりつつある。これ以上待たせることはできない。
(こうなったら……)
私のひらめきはトン魔王に流れて、青野先輩が動き始めた。
「はあああ……っ!」
両腕を胸の前でクロスさせて、左右に勢いよく広げる。ゆっくりと、右腕は上へ、左腕は下へ。
真上と真下まで来たところで、胴の横に引く。一気に前へ突き出して、怒号のように告げた。
「青野流最終奥義、カラテビーム!」
ズギュゥゥゥンババババ!
青野先輩の手から走った稲妻がトン魔王を貫く!
「空手とビーム関係ないだろ!」
アミちゃんがたまらず放った突っ込みは、カラテビームの激しい音にかき消されてくれた。
「これが……愛の力か……」
トン魔王はよろめきながら倒れた。愛の力で。
「そんな! トン魔王様が亡くなられては、わたくしたちまで……!」
ツキちゃんがバタッと倒れた。この状況で台本を覚えておくなんて、私には無理です。
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