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 私たちはゆーま君の部屋にいて、四階をしっぽだまで見ていた。ツキちゃんがくすっと笑う。

「ハルさんのひらめきにはいつも驚かされますね。合わせ鏡から出てきたものが怖いなんて決めつけ、ベートーベンが音楽上手なんて決めつけ、ですから」

「そういう問題かって気もするけどな。あと、音楽室ネタが『絵のベートーベンが目を光らせる』に『ピアノが勝手に鳴る』と二つあるからってまとめたのは、無理やりっていうか。ベートーベンがひいてる時点で『勝手に』じゃないし」

 アミちゃんはあきれたように続けた。ゆーま君は相変わらずおろおろしている。

「全然怖くないななフシギがまたできたっシュ。次は少しくらい怖いのに……ハルネ?」

 言葉をかけられた私は、すぐに反応することができなかった。

「あー……そう、かなー……」

 気が入らない……ソファーに座ってぐったりしている。アミちゃんが苦笑いした。

「今朝はカイザー先生の朝礼が短くて、みんな機嫌よかった。はなさんたちはときどき動いてて、話題になってる。でも、作ったお前は悩んでるのか」

「うーん……そうみたい……」

 先週、花子さんのヘンななフシギができた。その後、私たちは〈合わせ鏡から出てきたものが帰れなくなる〉〈音楽室でベートーベンが目を光らせたりピアノをひいたり〉と作っていった。

 でも、そこでアイデアストップ。また月曜日が来たけど、私は次のヘンななフシギをどうするかで悩んでいた。

「何したらいいかわかんない……今までのヘンななフシギに足りないものがある気も……ん?」

 ふと見ると、ゆーま君が口を丸く開けていた。あの形は、『お』?

 次に、大きく開けた。今度の形は『あ』?

 そして、笑っているみたいに横へ広げた。『い』だ。

 お・あ・い? 足りないものが何かいおうとしている? お段、あ段、い段の順といえば。

「モアイ?」

 私がつぶやくなり、ゆーま君がガクッと倒れた。

「『こわい』じゃないでしょうか」

 ツキちゃんは同じように見ていたみたい。ゆーま君は起き上がって、おずおずと告げた。

「……悩む必要なんてないっシュ。普通の怖いななフシギを作ればいいっシュ」

 そうかもしれないけど、やっぱり人をおどかすのはどうかと思う。

 早く七つ作って縄張りを完成させてあげたいとも思う。怖がりなゆーま君のことだから、縄張り荒らしが来たらって不安になっているだろうし。ツキちゃんもゆーま君を心配そうに眺める。

「とりあえず何か作ってななフシギを完成させて、後からヘンななフシギとしてしっかりしたものを作り直す……というのはダメでしょうか」

「だよね。『屋上に透明人間がいて、いつも隅でじっとしてる』とか『幽霊が校内を回ってるけど、絶対見つからないようにがんばる』なら、気づかれないけど怪談自体はあるってことに」

「それは無理っシュ。適当なのだと消えちゃうっシュ。縄張りの印にもならないっシュ」

 ななフシギは噂から生まれるって最初に説明された。つまり、噂されないと存在できない。

「では、ここでななフシギについて整理してみましょう。わたくしなりにまとめてみましたので」

 ツキちゃんはいつものようにスマホを操作して、私たちに見せた。表示させたのはサイトじゃなくてメモアプリ。箇条書きがディスプレイに並ぶ。

「まず、何がメインかによる分け方です。A、普通の学校にあるものがおかしくなっている。B、普通の学校にいないものが出てくる」

 ゆーま君は「いい分析っシュ!」といって喜んでいた。

「次に、見た人がどうなるかによる分け方です。1、変化なし。2、閉じ込められる。3、死ぬ。4、他の状態になる」

 アミちゃんが手を上げた。

「それぞれのななフシギが今の二つを組み合わせてできてるってことか?」

「はい。『ベートーベンの絵が目を光らせるけど、見た人は何もされない』ならA1、『体育館に幽霊が出て、見た人が殺される』ならB3、という具合です」

「『トイレの鏡に悪魔が映って、見た人が閉じ込められる』は、『トイレの鏡に閉じ込められる話』と考えたらA2で、『悪魔が住んでて人を閉じ込める話』と考えたらB2だろ。どっちだ」

「普通の学校にいない人物が登場するなら、AっぽくてもBです。そう考えないと、全部のななフシギがAになってしまいます」

 なるほど。『トイレに花子さんがいる』や『体育館に幽霊がいる』は『トイレや体育館がおかしくなっている話(A)』にも見えるけど、『トイレや体育館に変なものがいる話(B)』だ。

「それでいくと、ヘンななフシギは1と4ばっかりだな」

「ななフシギをヘンななフシギに変えたからそうなった、というものもありますね。ピンクのゾウさんは『鏡に閉じ込められる』を『鏡に戻れなくなる』にすり替えたわけですし」

「それだー!」

 私はソファーから立ち上がった。

「ヘンななフシギ化する前を考えると、体育館の勝負は元々『幽霊に驚かされる』で4! ニノミヤさんは元々『追いかけられる』で4! 花子さんは元々『ノックに返事されるだけ』で1! ゾウさんはツキちゃんがいったみたいに2! ベートーベンは元々『光るだけで何もしてこない』で1! 3は怖すぎなんでさけるとしたら、元2の話がまだ一つ! 閉じ込められる話を元にしたヘンななフシギ作ろう!」

「やっと頭が動いてきたか。どこに閉じ込められる? 閉じ込められることをどう変える?」

 アミちゃんの質問に私は首をかしげようとしたけど、その前にツキちゃんがスマホを差し出してくれた。もうななフシギ関係のサイトを映してあって、私はスクロールさせていく。

「閉じ込められるのは、今まで使ってなかったところ……ここなんてどうかな」

 私が指さしたのは、『パソコン室のモニターに閉じ込められて、出られなくなる』。ゆーま君は、やっぱり知ったふうにうなずく。

「新しいタイプのななフシギっシュ。昔はそんな部屋なかったっシュ」

「それで、パソコン室がどうした」

 アミちゃんが聞いてきて、私はまた考え始めた。

「……パソコンのパソって、ヘソに似てるよね。じゃあコンは? 糸コンのコン? こんにゃく? こんにゃく食べておヘソに穴を開けたら、ところてんみたいににょろっと出てヘソコン?」

「こりゃダメだ。今日はもう考えるのやめとけ」

 アミちゃんがいったとおり、今日は考えがまとまりそうにない。

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