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 学校が終わったときの私は、いつもならホッとしているのが半分で早く遊びたいのがもう半分。今日は遊びたいのが多めかも。

「今朝の子、覚えてる?」

 私はゲタ箱から出るときアミちゃんとツキちゃんにいった。周りには帰る生徒がたくさん。

「変な犬のことか?」

 答えたアミちゃんに、私はうなずいた。

「うん。絶対に普通じゃなかったよね、あのブロッコ玉犬!」

「何だよそれ。名前? ただ色をぬられただけだろ」

「じゃあ、玉が付いたしっぽは? 変な鳴き声は?」

「しっぽは変な飾りを付けられてただけ。鳴き声はカゼ気味だったとか」

UMAユーマです!」

 ツキちゃんがいきなりの大きな声で間に入った。大抵大人しいのに。

「ツキちゃん……ゆーまって、誰かの名前?」

「ゆーま君じゃなくて、アルファベットでユーエムエーと書いてユーマと読むんです!」

 アミちゃんが首をかしげた。

「ゆー、えむ、えー……UMAウマか。犬だろ」

「お馬さんも関係ありません! 雪男とかネッシーとか、未確認動物のことです!」

「つまり、不思議な生き物ってこと?」

 尋ねた私に、ツキちゃんは「そのとおりです!」と勢いよく返した。

「昔からいろいろな土地にそういうお話があるんです。昔話に出てくる妖怪にも、UMAに含まれるものがあるんじゃないでしょうか。カッパとか」

「ツキちゃん、やけに語るね。またスマホでいろいろ調べた?」

 トイレに行ったとき、なかなか出てこないと思ったけど……先生に怒られるよ?

 アミちゃんは、鼻で笑った。

「昔っていっても、ここは何十年か前まで海だったんだろ」

 大抵の人が住んでいる土地は、何百年も何千年も前からそこにあったんだと思う。

 私たちが住んでいるひかりしまシティは、二十五年前に海を埋め立てて作られた。

 この学校だって、できてから十年ちょっとしかたっていない。校舎も体育館もきれい。

 グラウンドも珍しい形で、帰りがけに横切るところだから見渡してみると、丸くて外側におしゃれな遊歩道がある。面白いけど、先生たちは「普通の四角じゃないから授業をやりにくい」といっている。

「よそのUMAがここに引っ越してきたのかもしれません」

「そんなのが本当にいたとしても、山の中とかさびれた村とか隠れられそうな場所に行くだろ。きれいな学校なんて住みそうにない」

 ツキちゃんはUMA説を捨てたくなさそう。アミちゃんは反対みたい。私としては、そんなのがいたら面白いだろうなって気分。

「正体が何かはわからないけど、ブロッコ玉犬はまだこの辺りにいるかも。一緒に……」

 探してみない? と話す前に口を止めた。足もストップ。

「どうした?」

「忘れ物でもしたんですか?」

 私は二人に答えず、人さし指を伸ばした。二人も私が指さしたものに気づいて目を丸くした。

 裏門の横。植え込みの中。そこから丸い玉が飛び出している。ときどき、様子をうかがうように顔も出る。緑色でモコモコしていて、間違いなく今朝の!

「ブロッコ玉犬のゆーま君!」

「馬!」

「どっちも違います! UMAです!」

 私たちの声が大きかったせいか、ブロッコ玉犬はビクッとして植え込みに引っ込んだ。でもしばらくするとまた顔を出して、前足をくいくいと動かし始めた。

「何あれ、招き猫みたい。犬だけど」

「あんなふうにするなんて、やっぱり普通の動物じゃありません!」

「お招きにあずかってみるか?」

 アミちゃんが私たちの顔をのぞき込んできた。私はうなずいて、ブロッコ玉犬にゆっくりと近づいていった。アミちゃんとツキちゃんも後に続く。

「怖くないよ……あ、そうだ。給食のパンを残しておいたんだっけ」

 私はそっとランドセルを下ろして、パンを取り出した。いつもお代わりしたいくらいなのに食べる分を減らしちゃったから、今日はおなかがすくの早いかも。

「ほら、ゆーま君。おいしいよ」

 そう呼んだのは、ブロッコ玉犬より名前っぽくて気に入るかなって思ったから。

 野良犬ならおなかがすいているはず。パンに目の色を変えそう。でも、ゆーま君は違った。

「ブロッコ玉犬? ゆーま君? それがこの土地でのボックの名前っシュ? 馬はちょっと違う気がするっシュ」

 高い声で、私に尋ねてきた。

「犬がしゃべった?」

「賢い犬だから……って、そんなわけあるか!」

「やっぱり、犬っぽい姿をしたUMAです!」

 私たちが騒ぎ始めると、ゆーま君はまた驚いて植え込みに隠れた。ビクビクしながら顔を出すまでには、やっぱり時間がかかった。

「ボック、犬でも馬でもないっシュ」

 口調は何だか特徴的。

「妖怪、物の怪、化生のもの……土地によっていろんな名前で呼ばれるっシュ。妖怪っていえばどういうものかわかってもらいやすいって、聞いたことがあるっシュ」

 誰から聞いたんだろう。やっぱり妖怪仲間?

「妖怪って、本当にいるの?」

「マンガや小説なら、よくいますけど……」

 私とツキちゃんがいい合っているなか、アミちゃんは辺りを見渡していた。

「嘘ってわけじゃないかもな」

 周りに注意してみると、何人かの生徒が私たちに目を向けている。騒いでいるからだ。

 でも、それだけ。普通に通り抜けていく。変な生き物に気づいて立ち止まったりはしない。

「みんなゆーま君が見えてないみたい」

「今、ボックはこの三人だけにしか見えないようにしてるっシュ。人間の目をさける術くらいなら簡単っシュ。今朝は、うっかり術が解けちゃってあんなことになったっシュけど」

 ゆーま君は、やっと植え込みから出てきた。今朝は前足と後ろ足を使って立っていたけど、今は後ろ足だけで歩いている。

「三人は優しい人間みたいっシュ。それにボックを見ても怖がらないっシュ。妖怪は嫌われることも多いのに」

 怖がらないのは、そういう見た目じゃないからっていうのが大きいけど。

「だから、お願いしたいことがあるっシュ。この学校のことっシュ」

「それはいいんだが」

 アミちゃんは視線だけを辺りにやった。何をいっているのか、私にもわかった。

「私たちにしか見えない相手と話してたら、心配しちゃう人もいるかもしれないね」

「それなら、こっそり話すのにいいところがあるっシュ」

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