第一話 体育館の異変

1 ブロッコ玉犬

1-1

 私は、学校に行く途中で大きなため息をついた。

「月曜……今日からまた学校かぁ」

 先週から五年生。新しい教科書を何冊ももらったけど、うれしさなんて全然ない。ハーフパンツにポニーテールが私のトレードマークだけど、今日はだらけてポニーテールなし&パジャマのままにしてやろうかと思ったくらい。

「みんなと会うのは楽しいけど、そんなの学校以外でもできるし。学校へ行くくらいなら、家で絵を描いてた方がいいし」

「ハルの絵、面白いもんな。〈はる作品集〉みたいな感じで並べたらよさそうだ」

 隣から聞こえたその言葉は、高い声じゃなかったら男の子としか思えない。姿を見ても、背が高めで髪が短くてジーパンばきだから「男です」っていえば疑われないかも。

「この前ハルさんが描いてくれた絵、わたくしも気に入りました」

 次に聞こえたのは、女の子そのものの声。背は私よりもちょっと低い。サラサラの髪を長く伸ばしていて、スカートは落ち着いたデザイン。かけたメガネが賢そうなイメージを強めている。

 男の子っぽいのがちゃんで、女の子そのものなのがはらつきちゃん。私はアミちゃんツキちゃんって呼んでいる。どっちも同じクラス、というか一年のころからずっとそう。家も近くて、いつもこんなふうに並んで学校へ行く。

「あたしのノートにも描いたもんな。ほら、これ」

 アミちゃんはわざわざランドセルからノートを取り出して、開いてみせた。

「寒いからってたき火を背負って歩くおっさん? カチカチ山かよ! 思いつきで描くっていつもいってるけど、よくこんなのひらめくな」

 私の気分を盛り上げようとしてくれているみたい。やっぱり持つべきものは友だち! 一方、ツキちゃんはスマホを取り出していた。

「ただ、今日は月曜日ですから朝礼があります。新しい年度が始まったばかりの今は校長先生もやる気いっぱいで、去年までと同じなら長々話すパターンですね」

 映して私たちに見せたのはメモアプリ。

「去年の平均は十一分二十三秒です。四月だと長めで十六分四十二秒になります」

 そんな平均取らないで……今その話題は勘弁してほしかったよ。またぐでーっとなってしまう。

(せめてお兄ちゃんがいてくれたらよかったのに)

 お兄ちゃんは今年から高校生。遠い学校で寮生活をする。中学生になってから始めた演劇部の特待生だとかでいそがしいから、こっちに帰ってくることもほとんどできないらしい。お兄ちゃんが引っ越していった日、私はわんわん泣いてしまった。

 私はともかくお兄ちゃんは携帯電話を持っているから、親に頼めばメール交換くらいさせてもらえる。でも、いくら親でも私とお兄ちゃんのメールを見られたら嫌だ。それに、もし「高校で彼女ができた」なんて世間話が書いてあったらと思うと怖い。

「お、ハル。さてはまた兄ちゃんのことを考えてるな?」

「ち、違うよ!」

 いきなりいってきたアミちゃんに、私はあわてて答えた。アミちゃんはニヤニヤしっぱなし。

「どうせバレバレだ。ハル、兄ちゃんのことを考えてるときは頭の後ろをさするんだよな」

「え、本当?」

 私がギョッとすると、ツキちゃんはにこにこしながらうなずいた。

「入り込み方が大きいと、両手で触り始めますね」

 気づいていなかった……今度から注意しよう。お兄ちゃんのことを考えないのは無理だけど。

(この際、お兄ちゃんどこかに落ちてないかな。拾ってそのまま学校に連れていったりして)

 だらけた気分だったせいか、今朝はポニーテールをゆるくしてしまった気がする。指先にそんなことを感じながら歩いていても、迷子のお兄ちゃんなんていない。他のものはいたけど。

「……何あれ。犬?」

 プードルみたいな生き物がいる。ただし、モコモコの毛は緑色。まるでブロッコリーだ。

 しっぽもおかしい。ひもみたいに細長くて、先に丸い玉がくっついている。ガラス玉? 占いで使う水晶玉っていった方が正確かも。結構大きくて、メロンくらい。

 ブロッコたまいぬ(今命名)は、何人かの子どもに囲まれていた。私と同じ学校の二年生みたい。

「何だこの犬!」

「変な声で鳴くぞ」

 棒切れでつつかれたり、蹴られたり。ブロッコ玉犬はそのたびに鳴く。あんまり犬の鳴き声っぽくないような。どうだろうと、いじめていいなんて私には思えない。

「あんたたち、いじめたらかわいそうでしょ」

 私はそういいながら近づいた。子どもたちは生意気そうな目で私を見上げる。

「おばちゃん、邪魔」

 あんたたち……年上で女ならとりあえずおばちゃんっていってるでしょ?

 私がムカッとしていると、子どもたちはひるんだ。でも私が怒った顔をしているからじゃない。

 私の左右にアミちゃんとツキちゃんが並んでいた。アミちゃんは指をボキボキいわせながら。ツキちゃんはスマホでネットの検索機能を使いながら。

「お前らが犬をボコっていいんなら、あたしがお前らをボコってもいいってことだな」

「いじめた犬のタタリ、という怪談があるみたいですね」

 どっちが怖かったのかはわからないけど、二年の子たちはブロッコ玉犬を置いて逃げていった。「覚えてろよ!」って、マンガの悪役かあんたたちは。

「まったくもう……さあ、もう大丈夫だからね」

 私はブロッコ玉犬を見下ろした。そのつもりだったけど、もうそこには何もいなかった。

「さっきまでいたのに」

「恩知らずなやつだな」

「見た目といい去り際といい、ミステリーですね」

 学校に向かいながら辺りを見渡しても、ブロッコ玉犬は見つからなかった。

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