春嵐の山小屋 二

 まだ風が轟々と吹き荒れている音がする。つっかえ棒をしているだけの戸がごとごとと鳴っている。

 旗の話しを山科やましなは笑顔で興味深そうに聴いていた。

 和やかな空気の二人に反し、ハジメは気を張り詰めていた。頭を預けているツギの着物はハジメの汗でじっとりと湿っているに違いない。

 こんな雨風のある日でなければ、この小屋を訪ねることなど決してしなかった。

 どうか、夕刻になる前に嵐が過ぎ去り、この小屋から逃れられるようにと、朦朧とした意識の中でただひたすら願っていた。

 旗の話しが一区切りつくと、山科が茶を淹れ直そうと席を立った。

「あれ? その柄、菖蒲あやめですか?」

 背を向けた山科に、その頭の布に花の模様があったことに気づいた旗が尋ねた。旗にはなんとなくそれだけがこの小屋に在って浮いて見えた。

「ええ。姉に貰った物なんですよ」

 山科は手を動かしながらなんてことなく答えた。

「ああ、お姉さんが」贈った物だから浮いて見えたのかと、旗は納得した。

「数年前に生き別れになって、今はどうしているのか……」

 その手拭いに、ハジメは寺子屋のある集落に住んでいた女――綾部あやべのことを思い出した。

 尋ねたことはないため定かではないが、二十そこそこといった年頃の女で、いつも菖蒲柄の手拭いをしていた。

 愛想がいいほうではなかったが働き者で、器量もよく、ずっと独り身であるというのを不思議に思ったものだ。

 綾部と会話した記憶は数えるほどしかないが、生き別れになった弟を捜していると言っていた憶えがある。まさか……。

 山科が空になっていた湯吞みに茶を注ぎ、再び腰を下ろすと旗の話しが再開した。ここ最近で、最も印象深い話だと言って――。

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