嵐ノ幕
春嵐の山小屋 一
荒れ狂う風雨に、先日見頃を迎えた桜も多くの花弁を散らせることだろう。
斜めから叩きつける雨に打たれながら、山の細道を駆け抜ける一行がいた。
一行は道の先にあった小屋の戸を叩いた。
「ずみませーん」
コト、と、つっかえ棒を外す音がして、戸が開けられた。窓にはしっかりと外から板が打ち付けられているが、戸は簡単に開くようにしていたようだ。
顔を出したのは頭を布で包んだ……男……だった。
「ずみません。嵐が
「ええ、どうぞどうぞ。この嵐の中大変だったでしょう」
男はにっこりと笑顔で一行を迎え入れた。
一行は次々と小屋へ入っていく。一人目は先程から「す」が濁る癖のある少年――成人している故、不適当な表現かもしれないが少年と言わせてもらおう――。雨避けに被っていた毛皮に付いていた雨粒を外で払い落としてから敷居を跨いだ。すると不思議なことに漆黒の毛皮は般若面にしゅるしゅると吸い込まれてなくなってしまった。よくよく見ればその姿も奇異なもので、纏っているのは狩衣のような奇抜な着物。腰には
二人目は笠を被った糸目の男。ハジメのような奇抜な着物ではないが、背中の紋が揃いの羽織を着ている。旗振る語り手こと
三人目は戸口を屈んで入ってきた男。こちらは一人目の少年以上に奇異な様相だ。日ノ本の民とは思えぬほどの長身もそうだが、縮んで猫の尻尾のようになった毛皮。それと同じ茶トラ柄の髪に黄色い目。少年と揃いの着物に、背には金棒を挿している。平凡なところを探す方が難しいだろうこの男は、御察しの通りツギである。
そして四人目。黒と白の斑模様の髪に、漆黒の薙刀を持った少年と、五人目に袖頭巾を被った少女と、さらに黒い犬を加えた以上が一行の顔ぶれだ。
小屋に入った途端、ハジメは眉間に皺を寄せた。
「あ、犬も入ってもええですか?」
「ええ。土間までならいいですよ。この嵐の中、外に放り出すのは可哀想だ」
旗が尋ねると男は快く受け入れた。
全員が中に入り戸が閉められると、ハジメはうっと口を覆い、よろけて倒れそうになった。それをツギが素早く支えた。
「おい、大丈夫か」
ハジメは微かに首を振ることもない。顔は蒼白で、嫌な汗まで噴き出していた。つい先程までは元気だったというのにどうしたことだろう。
一方で犬が男に吠えたてる。牙を剥きだし唸るような声で。快く迎え入れてくれた男に対してあんまりではないだろうか。
「
意識を保つのもやっとという様子だが、それでもハジメは一喝した。すると黒犬の一は従順に口を閉じた。
男は気を悪くした様子もなく、
「賢い犬ですね。――さ、早く上がって。早くその人を横にしたほうがいい」
枕にと男が座布団を出してくれたが、ハジメは頑としてそれを拒んだ。本人は丁重な御断りをしたつもりだったに違いないが、その形相はまるで壺いっぱいに入った臭虫を突きつけられているかのようだった。
するとツギが半ば強引に膝枕をして断りを入れた。男は今回も気を悪くした素振りはなく、納得したようだ。ハジメは余所の家の座布団が使えない性分なのだと勘違いしてくれたのかもしれない。
横になって尚ハジメは頑なに目を閉じようとしない。必死に意識を保とうとしているようだった。
男は囲炉裏に火を入れ、湯を沸かせると一行に茶を出してくれた。
そして自身も腰を落ち着けると、自分は
「みなさんはどうしてこんな嵐の日に山の中を?」
「わたくしたち旅をしておりまして。『鬼』を退治して廻っとる最中なんです」
「『鬼』を?」
「ええ。〈『鬼』を斬る少年〉って聞いたことないですか?」
「ありますよ。何年か前に流行った噂ですよね」
「なにを隠そう、こちらのハジメくんこそがその少年なんです」
「それはそれは……驚きました。作り話ではなかったんですね。――ということは、まさかこの辺りにも『鬼』が……?」
「いえ、最近は『鬼』の情報もめっきりで。地道に足で探しとります」
「そうでしたか。旅はいつから?」
「一年ほど前からになります。初めはハジメ少年と、そちらのツギさんとわたしの三人だけやったんですけど、オワリ少年と
「へぇ。よければ旅のお話きかせてくれませんか?」
「もちろんです。そうですねぇ……ではまずはオワリ少年と空真ちゃんと出会ったときの話から――」
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