第3話
2月最終週、先週の衝撃は一週間で随分と落ち着いた。
初ダートのサンコウラックを圧倒的一番人気で迎えた春のダート王決定戦"フェブラリーS"ほとんどファンや予想屋は
「まあ、サンコウラックが勝つだろう」
と思っていたが、単勝1.3倍の怪物は着外に沈んだ。
いつものように中団やや後方に位置を取ったラックだったが、いつもの通りなのはそこまでだった。代名詞である"大捲り"もなく、直線でも伸びを欠いた結果は十二着。神戸新聞杯から続いた連勝は十でストップした。
レース後の調教師コメントで林橋は実に苦い表情で応えた。
「この結果を見て方向修正します」
そして何故かコメントを求められた竜野は
「はぁ、アンノックの話ではなくてサンコウラックの話ですか。ならノーコメントで」
それだけ言って立ち去ろうとした竜野を慌てて別記者が止める。
「アンノックは良く走ってくれましたね。でも前2頭が強かったです。今年はこの3頭でダートを盛り上げて行けそうですね」
そのコメントに、初めに質問した馬鹿な記者がまたもや馬鹿な質問を被せてきたので、竜野の呆れた様子で答える。
「あんたレース見てないの? そこにラックが入る訳ないでしょ。あんた競馬記者向いてないんで辞めた方がいいよ」
竜野は思った事は口にする男だ。もちろん、次の日のスポーツ紙は竜野の発言で持ちきりだった。
本人はしれっとしているのだから周りは面白く可笑しく騒ぐが、金曜日にもなれば話は次のレースの事に変わる。もちろん、一部引っ張る奴らもいる。竜野の同期"神里 光"もその一人だ。
二人は日曜日の阪神競馬場で顔を合わせるーーとは言っても先週も東京でいくつも同じレースを走っている。
「よう、相変わらず調子良さそうやん。特に口の方が」
いやらしい表情で竜野に絡む神里だが、二人からしたらお決まりというヤツだ。
「あの場面でしょーもない質問したあいつが悪いだろ」
呆れ顔の竜野だが神里も頷いている。
「せやな。でも、あの記者お前に言われたからかは知らんけど、部署変わるらしいで」
「それがいい。全員平和だ」
「相変わらず変な表現すんな」
「お前の神戸訛りも大概だけどな」
「うっさい。方弁やからしゃーないやろ。関西人の癖にエセ標準語のお前よりマシじゃ」
「それで、天才様は小賢しき私めになんのご用で」
「ただの雑談やんけ。いつも通りのな」
何事も無いように言っているが、竜野も本題はわかっている。
「なんだよ。ミクルミルは譲らないぞ」
「なんやねん。お前、そういう所やで。だから曲者とか言われんねん。腹立つわ――え、ほなキールの鞍空くやん」
子供の様な目で竜野を見ているが、竜野は首を振る。
「今年のキールは大阪杯だよ。高松宮はミクルで出る」
竜野の言葉に神里はがっくり肩を落とす。
「なんやねん。それもお前が言うたんやろ、どーせ。ほんで今日も勝つのは決定事項ですか」
二人は今日のメーンレース「阪急杯」に騎乗予定だ。竜野は復帰から条件戦を連勝したミクルミル。神里は現在一番人気のコンボコンポに乗る。
「何言ってだよ。天才が乗る一番人気の重賞2勝馬がいるんだ、そうそう勝てるかよ」
「あー嫌や嫌や。ホンマに嫌なヤツやで、ってかあんなええ馬にこんな人を嘲笑いながら蹴散らしていく騎手乗せたらアカンっちゅうねん」
「おい、言い方」
「ホンマの事言うて何が悪いねん」
「うーん。顔かな」
「アホ! これでも天才イケメンジョッキーの称号もろとんねん」
「まあ、こないだのイケメン投票で俺のほうが上だったけどな」
「それはアレや。デビューから一回も俺の年間勝ち星抜いた事ないお情け的なヤツやろ」
「まあ、いいよ。決着はレースでだな」
「せやな、ほな今日のトータル着順の数字が低い方が勝ちな」
「それ、人気馬乗りまくってるお前のが有利じゃね」
「俺の方が一鞍多いねんからまけとけ」
イチイチ細かい天才に肩を竦めるが、竜野も承知の上だ。
「わかったよ。ってかボチボチ昼終わりだな」
「ほな、とりあえず次のレースで勝負やな」
「1番人気で飛ばすなよ」
「アホ、お前には言われた無いわ」
仲良く肩を並べてパドックに向かうが、そのレースを勝ったのは6番人気の馬だった。鞍上は二人が可愛がっている若手騎手だった事実はそっとしておこう。
レースは順調に消化され、メーンレース阪急杯の出走馬達がパドックを回り始める。
1番人気は変わらずコンボコンポ、スプリンターズS3着の後、マイルCS4着、阪神カップを勝ちこの舞台、圧倒的人気になっている。
続いて2番人気はミクルミルである。昼時点では5番人気だったのだが、パドックの気配が抜群だったのと、竜野の好調もあり支持が増えた。
離れた3番人気以下の単勝オッズは二桁になっている。
1強VS2番手VS3着争いの図だが、当の本人達はそう思っていない。停止の合図が、かかるのを待つ二人の騎手は相も変わらず雑談している。
「おい。ここは流すんやろ」
「バカ言え。高松に出れるかかってんだ勝つに決まってるだろ」
「うわー、いやいや。弱いモンいじめや」
「重賞馬がようやくOPに上がってきた馬を捕まえて何言ってんだよ」
「そんなん関係ないがな。そっちのが強いねんから」
「まあな」
否定はしない竜野だが、神里も当たり前のように言う。
「ほな少しは花もたせて」
「無理だな」
「チッ」
二人のやり取りに両隣の騎手は困惑している。竜野の今日の騎乗馬はキールロックじゃ無いよなと、出走馬を確認した程だ。
そんな二人の会話をよそに、コンボコンポの支持がジリジリとあがり数字を睨む神里の表情が苦々しいモノになって行く。
「クソ、なんでいっつもこういう時はお前やねん」
「それはお互い様だ」
二人が臨戦態勢に入ったのと同時に、停止の号令がかかる。
「それじゃあ、ゴールの前で」
「俺が先やからな」
ふてぶてしく笑う二人はそれぞれの相棒の元に向かう。
スターターが旗を振り、各馬がゲートに収まる。
小気味良いゲート音と共に各馬が一斉にスタートする。目立った出遅れは無いが、若干ばらついたスタートだった。
人気馬2頭は難なくスタートを決めて、それぞれ得意のポジションにつける。ミクルミルは後方へ、コンボコンポは二番手へ。
一度しかコーナーのない短距離戦の展開は早い。コーナー入り口に差しかたった時にはコンボコンポは3番手に下がり、ミクルミルは大外を周り加速を始めている。4角を曲がるころにはミクルミルは中段までポジションを上げ、コンボコンポは変わらず三番手から力を温存している。
迎えた直線。一鞭入ったコンボコンポがあっという間に加速して前の二頭を捕らえ先頭に躍り出るが、その後方大外から馬郡を飲み込みそれに迫ってくる一頭のサラブレッド。脚色は衰えることがなく先頭で伸び続けているはずのコンボコンポをも上回っている。
残り一ハロンを過ぎた頃、その鼻を捕らえ先頭に立つとさらに突き放しにかかる。それに食らいつこうとするも、抵抗は長くは続かなかった。圧倒的人気馬に2馬身差の快勝。さらに三着馬は3馬身後方。強さが際立つレースだった。
レース後に馬を流していると、後ろから声がかかる。
「待たんかい和義、そいつキールより強いんちゃうんかい」
「かもな」
「ほんまお前は――まあ、ええわ。おめでとさん」
神里から祝福されて、勝ち馬を誘導した竜野は林橋とがっちりと握手をしている。
「ここまで来れて一安心ですよ」
「何を言ってるんだ。次からが本番なんだから、この調子で頼むぞ」
「ええ、春はこのまま行かせて貰いますよ。でも、その後は――」
「今はいい。今は次の事だけ考えよう」
二人は黙って頷きあって、記念撮影に向かった。
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