第7話 合格

 ナチとマオが酒場の裏庭に出ると、サリスは裏庭の中心に立っていた。傍らには、昨日厨房で働いていた赤い髪の女性と、先程までラミルに一方的に暴力を振るわれていた茶髪の少年が立っていた。


「あなた達は? それに」


「私はシャミアよ」


 赤髪をポニーテールにしている美しい女性が、朗らかな笑みを浮かべながら言った。


 長い前髪から覗く濃い緑の瞳は、凛々しさを感じさせ、思わず背筋を伸ばした。スタイルが良く、それを強調させるかの様に体に密着した服は、溢れんばかりの色気という属性を彼女に付加させていた。


 豊満な胸の膨らみに思わず視線が行く。



「僕はナチよろしく」


 シャミアと握手を交わすと、ナチは茶髪の少年へと体を向ける。止血は既にしている様だが、頬に巻かれた包帯が痛々しい。他にも、腕や足にも包帯が巻かれている。


 やはり、この少年は先程までラミルに一方的な展開を強いられていた少年だ。見間違いではない。


「君はさっきラミルと戦ってた子だよね?:


「はい。リルって言います。よろしくお願いします」


「うん、よろしく



 リルとも握手を交わす。細い腕だ。自分の腕も細い方だと思うが、リルはそれ以上に細かった。それに中性的な顔をしているせいか、一見女の子に見えない事も無かった。



「体は大丈夫?」


 リルは首を縦に頷かせた。


「そっか。なら良かった」



 ナチが笑顔を浮かべると、リルも笑顔を浮かべた。笑うと本当に女の子の様だ。ナチはリルの手を離すと、サリスへと向き直った。


「サリス。遅刻したけど実は」


「ナチ、合格だ」


「は?」



 今、何と言ったのだろうか。合格と言わなかっただろうか。聞き間違いか、ナチは一度マオに視線を向ける。



「合格だって。良かったね」


「入団テストなんて、今までした事なかったんだけどね」



 シャミアが呆れを含ませた笑いを浮かべながら、サリスを見た。



「どういう事?」


「ほら、説明しなさい」


 シャミアが肘でサリスの左腕を小突く。



「お前が生意気な事を言うから、少し試練を与えただけだ」


「え? 僕のせいなの?」


「お前のせいだ」


「サリスのせい、でしょ?」



 シャミアが笑顔でサリスを下から覗き込んだ。笑顔だが、目が全くと言っていいほどに笑っていない。


 サリスは冷や汗を浮かべながら、すぐにシャミアから視線を外した。逃げた、とも取れる様な視線の動き方だった。



「だが、お前は俺の試練を乗り越えた。よくやったと褒めてやろう」



 シャミアが溜息を盛大に吐く。



 試練を乗り越えたという事は、テスト自体は行われていたという事になるが、テストに該当する様な出来事に心当たりがない。



 ナチは首を傾げながら、サリスへと目を向け、次にリルへと視線を向けた。ここにリルが居る事と今朝の出来事は、本当に偶然なのか、とようやく疑問が脳内に浮かび上がる。


 そんな偶然がある訳が無い。偶然助けたのがウォルフ・サリの人間というのは、出来過ぎている気がしてならない。


「まさか試練って」


「そう、そのまさかだ。お前は俺の期待通り、リルを助けた。まさか、ラミルに喧嘩を吹っ掛けるとは思っていなかったが、結果オーライだ。入団おめでとう



 やはり、リルがあの場で行っていた戦闘行為は仕組まれた事だったのだ。目の前で高笑いしながら、握手を求めて来るサリスの手を手の甲で弾き飛ばした。



「入団取り消してもいい?」


「駄目だ」


「何で?」


「合格した以上は、働いてもらう。簡単に辞める事は出来ない」


「そんな無茶苦茶な」


「どうせ、行く宛ても無いんだろ? ウォルフ・サリに居る間は宿を提供してやるぞ? 飯も食わしてやる。どうだ?」



 悪くは無い提案だ。サリルが悪代官みたいな笑顔を浮かべてなければ。だが、ここで話を断ればナチは野宿確定。この世界の通貨も持っていない以上は、満足に食事もできない。


 この提案は、異世界人のナチにとって最高の提案だ。拠点があれば、世界を救う方法も調べやすい。それが、無料かつ食事も提供してくれるというのだ。


 普通なら断る理由は無い。


 だが、サリスの悪徳商法に上手く乗せられている気がしてならない。


「こんな美人な女が二人も居る空間で働いてみたくないというのか? お前はそれでも男なのか? どうなんだ、言ってみろ?」


 ナチは奥歯を噛み締めながら、拳を握りしめた。何という究極な選択だ。無料で宿と食事が付き、更に美人と働けるこの環境。控えめに言って最高だ。


 ナチは気が付けば首を縦に振っていた。


「仕方が無い。入団するよ」


「最低」


「見損なったわ」



 軽蔑の眼差しをナチへと向ける女性陣。リルは終始黙っていた。ナチが視線を向けると、気まずそうに視線を外す為、余計に気まずくなった。


「……ウォルフ・サリってそもそも何なの?」



 苦し紛れに呟いた質問を拾ってくれたのはサリスだけだった。


「まあ、商会みたいなものだ。身を寄せ合わなければ生きていけない事もある」


「弱者は身を寄せ合わなければ、強い人に守って貰わないとこの街では生きてはいけないんです」


 リルがすかさず、補足説明を加える。


「常に物騒な訳でもないけどな。そういう事もあるって話だ。基本的には街の便利屋みたいな事をして生計を立ててる」


「これで全員なの?」


「後、八人いるわ。今は八人とも違う街に行っているから、ウォルケンには私達しかいないわ」


「そっか。それは寂しいね」


「そうでもないさ」


「たまに手紙も送られてくるしね」


 全員が朗らかな笑みを浮かべている。



「なら、良かったよ」


 ナチも四人につられて笑顔を浮かべる。裏庭に吹く風が、ウォルフ・サリに入った新入りを祝福する様に、嘶いた。



「よろしくね、お兄さん」


「うん、よろしく」


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