青薔薇の歌姫は夜に笑う
細雪きゅくろ
或る魔道士の話
あー、ちょっとちょっとお客さん。
あんた、少しだけでいいんで俺の話を聞いていきません?……うんうん、良かった。断らないと思ってたんだ。
おっと、俺は人を騙せる程人間が出来てないワケじゃあありませんよ。最近わざわざ人を殺してネクロマンスとか言う黒い技術を使う犯罪が横行してますけど、俺はそんなんじゃないので。確かに魔道士は魔道士だけど。
うーん、半信半疑ってところか。まあいいや、本題に移ろう。あんたは話を聞いてくれれば、それでいいんですよ。
俺の小さい頃の話です。まあ今でこそこんな胡散臭い見た目してますがね?それこそ、十にも満たない年齢のうちは天使のように愛らしいってんで有名だったんです。あ、あんた信じてないですね?……あはは、まあいいですよ。
それでだ、俺の親は王様に仕える魔道士だったんですよ。宮廷魔道士のお偉いさんだった。すごいでしょう?俺は見ての通り黒髪だけど、両親は見事な水色の髪の持ち主でしてね。ん、いやいやこんな話はどうでもいいんです。
そんなこんなで、俺は小さい頃王様の家族が住む場所以外ならどこに入ってもよろしかったんです。限られた人しか入れない図書館、手伝うと褒めてくれる料理長がいるキッチン、気の良い王様が執務の合間に遊んでくれた謁見の間……。懐かしいなあ。あっ、ちょっとまだ帰らないでください!ここから、ここからがいいとこなんで!
そうそう、どこまで話したっけ。……ああそうだ、俺が王宮のどこでも入れた話でしたね。今思うと、アレは両親の信頼あってのことでした。俺も幼いながらに理解していましたし、あの経験は本当に良かった。両親に感謝しています。
ところで、あんたは王宮に「監獄の塔」があることをご存知ですかね?ああそうそう、森に一番近い奥まった場所のあの塔です。俺、あのてっぺんに行ったことあるんですよ。嘘じゃないですって!じゃああの塔の童話知ってます?この国の人なら誰でも知ってる「青薔薇の歌姫」の話。
……そうですね。とある代の姫の歌声が美しすぎて、その美貌と声に女は嫉妬し男は魅了され、時の王に国を脅かすと捕えられて「監獄の塔」に入れられたって、そういう話。歌が好きというだけだった姫と、王様の家族愛と国を守る責任が交錯して、俺は童話にするにはちょっと過激だったと思います。誰も報われない悲劇のお話として、国外でも有名になりましたよね。
ところでアレ、いつ頃の話だと思います?……そう、童話の時代背景から、推測されるのは14代の王と15代の姫。俺、その歌姫に会っちゃったんですよ。
その日はすごく暑かった。俺は、そんな中でも元気で遊んでいたんです。城の庭で花摘みをして過ごしていたら、微かな泣き声が聞こえてきたんです。そよ風が吹けば聞こえなくなるし、花を手折る音でも聞こえなくなる。身じろぎひとつせず、風が凪いだ次の瞬間に本当に小さく聞こえたんです。ええ、オバケなんて信じなかった魔道士の息子ですから、もちろん耳をすませてその音の出処を探りました。すると、いつの間にか「監獄の塔」の前まで来ていたんです。
入っちゃいけないなんて言われてなかったんで、入りました。牢獄の鍵なんかガキに預ける馬鹿もいないし、どうせ扉は開いていないだろうと思ったら、なんと入口が開いてしまった。これはいよいよ何かの仕業かと思って、俺は塔を上っていきました。子どもの頃、未知の体験をするスリルってあったでしょう。そんな心持ちでしたよ。
塔の中に入っても、泣き声はそんなに大きくなかった。やっぱり上から聞こえるのは確かで、俺はそこで童話を思い出しました。中腹、いや三分の二くらいまでは上っていたかな。階段の途中で、
「青薔薇の歌姫……?」
って呟いちゃったんです。泣き声がぴたりと止みました。
「……監獄の塔の衛兵ではありませんね。何者です?」
毅然とした女の人の声でした。俺、なんだかその声に気圧されるというか、普通にビビっちゃって。答えたのが、
「僕は、ここの宮廷魔道士の息子です。お邪魔なら、おいとまします!」
って、臆病丸出しの情けない返事でした。返答の声が幼いことに疑問を持ったのか、塔の上から聞こえる声が、
「……そう。ねえあなた、もっと上に来てちょうだい。」
って、俺を呼んだんです。いや、めっちゃ怖かったですよ。でもなんとなく、この人は俺を害するような人ではないと直感で分かったんです。
「……はい、行きます。」
身が縮む思いでした。でも、声に従って上へ上へと階段を上って、ようやく辿り着いたんです。
小部屋がそこにありました。「監獄の塔」なんて名前じゃなかったら、憧れの大きさでしたよ。……その部屋の厳重な封には、子どもながらいささか驚きましたが。俺は、訪ねました。
「あの、あなたは青薔薇の歌姫ですか。」
「ええ、間違いなく私が青薔薇の歌姫。歌うのを禁じられた哀れな姫。」
その方のお声は、とても美しかったです。まあ、童話の通りなら当たり前ですよね。そんな彼女に、俺は突拍子もないことをきいてしまったんです。
「青薔薇さまは、寂しいのですか。」
「なっ……。なぜ、そう思うの。」
「青薔薇さまの泣く声がきこえました。僕、それを聞いてこの塔に来たんです。」
なんて呼べばいいのかって、子どものうちは分からないもので。とりあえず、自分より身分が高いので「さま」をつけてお呼びしました。……あ、あんまりピンと来ないですか?まあそうですよね。最近の人は目上を「さま」付けして呼ぶなんてほとんどないですもんね。……それで、青薔薇さまの息をのむような雰囲気が厳重な扉越しに伝わった。
「寂しくは……ないわ。私には、愛する人がいるもの。」
「そう、なんですか。でも、僕には悲しそうに泣いてるのが聞こえました。」
「……。あなた、優しいのね。」
「へ?」
「だって、私はたぶん何百年も昔に死んだ人なのに、そんな幽霊が泣いているさまを聞いてこの塔を上ってくるなんて。勇気と優しさが無ければできないことだわ。」
この時、青薔薇さまは微笑んでいるように思えたんです。俺がそう思いたかっただけかもしれなせんけどね。
「青薔薇さま。」
「なんでしょう。」
「もし、よろしければ、僕は毎日ここに来ます。……あの、青薔薇さまの話し相手になりたいです。」
「あら、いいの?お互い相手の顔も見えないけれど。」
「いいです。僕も一人遊びには飽きてきた所だったんですよ。」
俺がいたずらっぽく笑ったのは、青薔薇さまに伝わったんでしょう。笑い声と、いつでも来なさいという暖かな言葉を貰って私はその日従者が住む屋敷へ帰りました。
なにか質問あります?……ふんふん、この青薔薇さまという幽霊のような存在は一体なにか、ですか。まあ気になりますよね。そのローブを見るに、あんたも魔道士でしょう?もしこれがネクロノミコンだとしたら、その時代の王が関与していたとほぼ裏付けできてしまう。だから気になると言いたいんでしょうね。まあ、種明かしはもうちょっと待っててくださいよ。
青薔薇さまとはずっとべらべら取り留めもなく話していたんです。会う時間が1日2時間もない上に会える日も少ないものでした。「監獄の塔」が閉ざされていたり雨風が酷かったりで物理的に行けない日もありましたね。
一週間ほど、雷雨が轟き外に出られない日々が続きました。一週間と一日経過して、その日は涼しい曇天でした。そう、ちょうど今日みたいでしたよ。久しぶりに外で遊べるのが嬉しくて、休みを取れた両親と庭で楽しく鬼ごっこやかくれんぼをしていました。段々辺りが暗くなってくるのを感じた瞬間に、泣いている声がどこからか聞こえたんです。
両親には平謝りして遊びを切り上げ、走って「監獄の塔」へ向かいました。大急ぎで駆け上がり、戸を叩くと、いつも通りの優しい声がしました。
「あら、ずいぶん遅刻されたのね。」
「お待たせ、してしまいました。」
愉快そうに青薔薇さまは笑いました。そこでふと気付いたんです。俺、青薔薇さまに歌とか歌っていただいてなかったなって。
いや、もったいないじゃないですか!確かに幽閉、衰弱死を辿った歌姫の気持ちを考えればとかあるけれど、その時は小さな子供だったんですからね!だから、きいたんです。
「あの……青薔薇さま、僕と一緒に歌ってはくれませんか。」
「ええ、もちろん。私で良ければ。」
……びっくりしたでしょう。まさかの快諾でした。それで、時間も無いってのに辺りが薄闇に包まれるまで歌ってました。別に魅了されることも無く、ね。
「ありがとうございました。楽しかったです。」
「それならよかった。……あら、外はもう暗いわね?」
夜になって、もう真っ暗で俺は塔から降りることができませんでした。その時、下のほうから、カツンカツンって歩く音が聞こえたんです。俺、その時急に震え上がったんです。で、暗闇の中何もわからずに、青薔薇に必死に声をかけました。
「青薔薇さま、誰か来ます。鎧の音だ、僕が入ってきたことがバレたのかな……。」
「……あの人だわ。」
誰もが心酔する魔性の声。その片鱗を見た気がしました。うっとりと夢見心地な声は、魅了されないまでもとても美しかった。
青薔薇さまは俺に掃除用具を入れる箱に身を隠すように言い、俺はその中でいつの間にか眠ってしまったんです。
何故青薔薇の歌姫っていう童話が生まれたのか、なぜ魅了もできない彼女が幽閉されたのか。……俺は原因究明には至らなかった。なんでか……って?まあ、俺があの後彼女を忘れてしまったのと、青薔薇の姫が塔から消えてしまったことが一番ですかね。
はい、これで俺の話はおしまいです。
え、不満?最後に緊迫感がない、もっと欲しいなんて、あんたも物好きだ。
1つ約束しましょうか。
「この話には、まだまだ語れることがある」
では、今日はさようなら。また来てくださいね。
青薔薇の歌姫は夜に笑う 細雪きゅくろ @kyukuro_sasame
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