第十二幕『幕開け』
舞台は花の都・オレリアの城下町。
町はオレリア王国の姫の誕生日を祝して、
メッセージの書かれた旗や嬉しげに飾られた店が軒を連ねるなどと、
お祝いムードで賑わっていた。
普段は店開きが始まったばかりという時間だというのに、
飲食店や屋台は早くも人々で賑わい始めていた。
城下町に住む者、それ以外は隣町から来た者たちだろう。
オレリア城は小さな丘の山頂付近に位置する。
そこより下、丘の中腹から放射状に広がるように設計された城下町。
オレリアは豊かな自然に囲まれており、
山頂からはその恩恵を受けた河が海へと流れている。
その河から井戸が人の手で引かれ、この町は発展してきた。
人々はその水で植物や花を育て、楽しむことを日々の生活に取り入れている。
町のいたるところには花瓶や鉢植えの花があり、
色とりどりの華やかな景観をつくっていた。
それが花の都の名の由来である。
城下町の特徴としてはもう一つ、町全体を囲む外堀だ。
この辺りには魔物が出る。
この世界ではさほど珍しいことではないのだが。
その姿は獣の姿だったり、巨大な虫の姿だったりと様々だ。
町と外との境界は、石の壁と警備により厳重に守られている。
そういった事もあり、この町から出入りするのは魔物だけでなく、
人であっても容易ではなかった。
城に行くのには許可を取らなければならないし、
町の外に出ることさえも許可を貰えるような理由がなければならない。
出入りができる場所も限られており、
通行人の場合、町の中心に位置する広場が一番大きな出入り口だ。
船や飛行機などの乗り物の場合は、
田舎にしてはそこそこ大きな港が出入りの手段となっていた。
その要所には警備の門番が配備されている。
その厳重な守りは、
民の安心を得られるがやりすぎだの閉鎖的だのと言われ、賛否両論だった。
しかしそんな町も、お祝いムードのせいか侵入者を許してしまった。
その者を一字で表そうというものなら『黒』だろう。
まだ裏通りには人気のない頃。
黒髪に黒いマントをなびかせ、
ひょいと、数メートルはある町の塀をいとも簡単に飛び越える。
規則的に敷き詰められた石畳の道をひとり、
悪の化身のような黒づくめの男が歩いて行った。
「ちょろいもんだぜ」
口の端を片方あげて、ニヤリと笑みを浮かべる。
町を行き交う人々は、ボロぐつを履いた青年、
日傘を差し上品なドレスを身にまとう貴婦人などと様々だ。
ビニール屋根の喫茶テラスにはテーブルとイスが設置されており、
様々な者たちが休憩に使っていた。
そんな祭りを楽しみながら、“黒い男”はその風景に溶け込む。
町には仮装をした者や大道芸人たちがいたのだから、
誰も男の異質な存在に気が付かなかったのだろう。
それでも子供たちは、野菜売りが木の実や穀物を売っている傍ら、
怯えた表情で男を見上げる。
「あれ、絶対魔王だ」
「ドラキュラ伯爵の仮装かな?」
「悪魔ってあんな感じなのかな」
こそこそと口々に言い合う。
そんな子供たちに男は、鋭い眼光で見下し舌打ちをした。
「面倒なクソガキどもが。黙ってろ」
憎悪に満ちた声で冷血な男は威圧する。
「お、お、お芝居みに行こうぜ」
「ああ、そうだな!」
男に悟られないよう子供たちは焦る気持ちを抑え、そこから逃げ出した。
睨んだ者を瞬時に石に変えてしまうような、悪魔の瞳の男はひとり呟く。
「そろそろ観劇の時間か」
太陽は空に高く上ろうとしていた。
――
息をのむような静けさの中。
幕が開がる寸前のナレーションが入る。
「歯車と歯車が噛み合うように人々は出会い、
物語は動き始める。
一体この物語の、悲劇の始まりはいつなのだろう。」
昔話の語り部のようなモノローグ。
「気が付いた時は既に遅く、
知らないうちに歯車は狂いだす。
――それに気付くことが出来たのならば、
この惨劇は回避できたのかもしれない」
観客席から歓声が沸きあがる。
劇『エリオとジュリエッタ』の幕は上がった。
ジャックの姿は舞台裏にも、どこにもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます