第七幕『千一夜の夢』

 その火が消えると、私の一日は終わる。


 それは決して揺らがない、揺るぎない。

 その明るさも暖かさも、すぐに消えてしまう。


 蝋燭が溶けていく様を、漠然と見つめていた。



――成す術もなく、それは消えてゆく。

そんな夜を何千夜と過ごしたのだろう。


 この常夜の世界で、一本のろうそくが舞台照明となる。

暗闇の中で唯一、私を照らしてくれる存在。

凍える指は暖かく、寂しさも幾らか紛れた。


 その光が、影が生んだ物語に、私は幾夜となく癒された。


 自分に与えられた、ただ一つの光。

色々な物語を教えてくれたその光は、一本のろうそくは、

どれほど私の支えとなっただろう。


 しかしそれにも、終わりの時がやってくる。



――



 “レナ・オレリア”――姫と同じ名を名乗った少女は、

最後のその夜、なかなか眠れないようだった。


 あれからさらに夜が更け、すでに火は消えてしまった。


――どうせなら最後に最高の夢を見たい。


 でも。もしかしたら、今日に限って何も見られなかったら?


 暗闇の中で目だけは冴えていて、

もうすぐ自分は死ぬという未来を漠然と見つめていた。


 考えるだけでも恐ろしい。

けれど、それを考えてしまう事からは逃げられない。

それは生きている限り、死ぬまでは。


――命が尽きた後はどうなるのだろう。

永遠に夢の中を彷徨うのだろうか。


 明日は永遠の夢が始まるだけ。

祈るように自分に言い聞かせる。


 どうせ生まれ変われるのなら。

次は、自由に空を飛べる鳥になろう。

それなら命も惜しくはない。


 こんな人生なら、どうせ失っても何も嘆くことはない。

惜しむべき命もどこにもない。


 在っても無くても変わらないじゃないか。


 そんな人生は、一体どんな風に終わるというのだろう。


 果たして私は鳥になれるのだろうか。

こんな世で、亡霊となって縛られるのは嫌だ。

――そう。

在るのか無いのか分からない、

こうして生まれた世への未練など何もないのだから。


 考えるのは最期の瞬間の事ばかり。

明日はどんな結末を強いられるのだろう。


 民衆たちの晒し物にされ、首を胴体から切り離されて。

木の箱に詰められ、無数の剣に刺し貫かれて。

その骸は、見たこともない恐ろしい魔物の餌にされる。


 脳裏が映し出す狂った映像に、

恐怖どころかひきつった笑いさえも沸いてくる。


 少女は膝を抱え、顔をそこに突っ伏した。


死ぬという恐怖を前に、少女は泣くのか。

涙を堪えるのか。

それともそんな感情は消え失せたのか。


感情を殺すのは今に始まったことではない。

少女にとっては造作もない事だろう。


(ああ……私が死んで、誰か悲しんでくれますか?)


――悲しんでくれる?


「誰が……」


――それは一体……誰が。


 祈りとも願いとも言えないような、そんな皮肉を少女は呟く。

誰に言うでもなく、自らを嘲笑うように。


 少女は思う。

望んでもないのに生まれる事を強いられ、

勝手に奪われるというのか。


「何て自分勝手なの?」


 吐き捨てる。


「命とは何ですか?  運命とはどこまで勝手なのですか!?」


 天に嘆き、嘲笑した。


「ああ、神様……。

運命によって私を弄び、掌で命を転がし、そして握りつぶす。

それで満足でしょうか? さぞ滑稽な事でしょう?

こんな姿を見て、お笑いになっているのですか?」


――そうだというなら、それも本望。

それでも、暇つぶしにもならないのだろうけれど。


 そう思う事で自分に暗示をかける。


「せめて――それならせめて、あなた様の涙を下さい」


 心の底にある、何度も殺したはずの感情が、

泥の中から湧き上がってくる。


 彼方の空を仰ぎ、恵みの雨を待ち望む。

勿論雨などは見たこともないのだが。


「一滴ばかりで構いません。

花のように短い人生を演じた私へ、一滴ばかりの憐れみを」


(淡く、優しい。終わりへの夢をください……)


 少女は何かを求めてか、虚空へ手を伸べる。


「お望みとあれば。

今すぐにでも、あなたの元へと飛んでいきたい」


――姿を鳥に変えて。


 生まれ変われるのならば。

何も知らない、不自由や自由さえも知らない、

鳥に生まれ変わりたい。


 少女の手のひらにあったのは、一滴のしずく。







――





 空には赤く燃える日が登ろうとしていた、頃。




 その頃、王宮では――

何やらざわざわと風が吹き始めていた。

「女王様、大変です! ――」

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