第四幕『王宮』
舞台はとある、『花の都』と呼ばれる国。
王宮の一室、重厚な扉で閉ざされた部屋。
「姫様、お食事の準備が整いました」
扉の外から、幼げだが落ち着きのある少女が
「すぐ行きますから、先に行っておいて」
扉を隔てたまま、姫はこもった声で返事をする。
しかし侍女は毅然とした様子で姫の注意を引く。
「レナ姫様、お言葉を返すようですが。
それでは女王様が姫様を心配なさいます。
姫様のお側を離れようものなら、私は覚悟を決めて参ります」
姫を独りで食事に出向かせるということは、
少女にとって一体どんな覚悟が必要なのだろう。
おそらくは、その侍女が咎められることに対しての意味。
「………………」
――その意を数秒で汲んだ後、
姫は寝起きのような顔を重い扉からのぞかせた。
――
「レナ姫よ。明日はそなたの誕生日じゃ。
パーティのスケジュールはわかっておるな?」
赤いテーブルクロスが敷かれた長机の先に、
いかにも王族であることを象徴するかのような、
小太りの女王が座っている。(いや、結構大柄である)
その姿は欲の塊のような印象を与えられなくもない。
「はい。わかっています、お母様……」
姫の瞳は雨に濡れた土のように暗く、顔を曇らせていた。
その背丈ほどに長い栗色の髪は、
地面を引きずりそうなほど重たく感じられた。
どうやら二人はこの国の姫と女王であるらしい。
王の姿がない事から、現在この国は女王の国であることがうかがえる。
女王が座っているのは、象牙色を基調とした食堂の奥、
入り口から一番遠く。
姫は、心ここにあらずといった様子だ。
遠くを見るような目で返事をし、食堂の入り口の近く、
女王の席から対となる席に座った。
双方に挟まれたテーブルの上には、
灯のともった燭台がいくつか並べられている。
そして、3つ4つと並べられた大皿料理は、
通常の二人前より何倍かは多かった。
それが姫の食欲を余計に失わせたかどうかは、
元々虚ろであった表情からはあまり伺えない。
「おお、そうじゃ――」
食事の時間は鈍くも進むが、女王は何を思ったのか、
わざとらしく笑みを浮かべている。
「明日の式典では、あるお方が余興をしてくれるそうじゃ」
「?」
――姫はその意味ありげな言葉と微笑みが気になった。
不気味で、嫌な感覚がある。
(あるお方?)
「自らの命をそなたに、捧げたいのじゃそうな」
その言葉に潜むのは、禍々しい悪魔。
「!!?」
姫は突如告げられた言葉に、背筋が凍りついた。
――それがそのままを意味するならば、何とも無意味で、
悪趣味な余興であるというのだろうか。
女王はレナ姫の顔色をよそに、一方的に語る。
「そなたと同じ顔を貼り付けた悪魔よ」
女王は悪趣味な紫色の唇で、通常の一人前を超えた夕飯を食す。
「そなたはただ、明日のパーティを楽しむだけでよいのじゃ。
のう……?」
明日、何が起こるというのか。
訳も分からず、姫はその場に凍りついている事しかできなかった。
女王の悪の言葉は、徐々に思考を侵食していく。
そうしてさらに得意げに、悪魔は微笑んだ。
「あれは、そなたの仮面を被った魔女じゃ。
同じ人間など二人もいらぬ」
――
仮面。それをつけると、普段とは違う自分になれる。
普段の自分の姿を作っているものは、内面である。
だが仮面をつけたとしも、内面が変わらなければ、
その本質は変わらない。
自分の姿を形作っているのは、自分の内面や、
“心”ということである。
それは一人のなかでいくつか存在し、
表情に、姿に、顔に現れる。
人によっては、時と場所、場合に応じてその仮面を使い分けることも出来る。
だが、それはとれない仮面――“呪いの仮面”となると、話は別だ。
――永遠にはがれない偽りの仮面。
見る者をおぞましい気持ちにさせ、
つけた者の“心”までも変える。
そして誰も、その人がその人であることに気づかなくなる。
素顔が見えないとあれば、自分が自分だと言っても皆疑うだろう。
そもそも恐ろしいことに、自分さえもが自分を認識できなくなってしまう。
そうして富や名誉、信頼や愛する者――持っていたものは全て失ってしまう。
その呪いは、死ぬまで消えない。
それは夢の中で何度も見た、体中がこわばるほどの悪夢。
「そう――仮面に呪われてるのは、私のほう」
私の方こそは偽りの姫なのではないだろうか。
夢で言われた事はきっと本当で、私は姫ではない。
私こそが『レナ姫』という名を語る、全くの偽物なのだ。
「誰かが私のために‥‥‥死ぬ? 私は、こんなこと望んでいない……」
魔女――女王が呼ぶ者は、私と同じ顔をしているらしい。
(では、なぜ?! その人物と私は同じ顔なの?!)
自室の姿見に、青ざめた『レナ姫』の顔が映る。
――どちらの存在が“偽物”なのだろう。
心の奥で、黒い思惑が密かに顔をのぞかせる。
願わくば、自分がそうではないという事を。
今まで自分の存在を、信じて疑わずに生きてきたのだから。
「あぁ……顔の皮を剥がれて、別の顔を貼り付けるという罰なのですか?!
そんな、むごいこと!」
(私は何の罪を犯したというの? いえ、罪を犯したのはその者……!?)
その人物が全くの赤の他人であるなら、この顔、またはその人の顔は人工的に作られたもの――想像するだけで身の毛もよだつ、おぞましい物だった。
「なぜなの?」
もしかすると全くの赤の他人ではないという事もあるのだろうか。
「全く同じ顔の人間が存在するなんて……
そんなこと、聞いたことないわ」
生まれたこと自体が罪たる所以であるならば。
「それならば、私も同罪」
――自問自答を繰り返した末、姫は両の手で短剣を握りしめた。
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